19 鬼の市の赤い鬼
「時間もまだちょっとあるし、獲ってきたやつお金に換えよっか。素材のまんまじゃお腹は膨れないもんね。さっさと換金して、夕飯のお買い物しましょ。きょうはちょっと奮発しちゃうんだから!」
そう言ってレイアは歩きだしていった。なんでも冒険者ギルドの裏手に素材の買い取り専門の店があるそうだ。当然と言えば当然かもしれないが、そこは冒険者ギルドと提携していて、お互いにいろいろ融通し合っているらしい。
ミナミは素材の相場はよくわからないが、あの森は危険なところらしいし、お金稼ぎには最適とのことだからきっといい値段になっているだろうと考える。
最後のほうに狩ったラピッドラビットだけで孤児院の一カ月分くらいにはなるというのだ。数えるのも面倒なくらいのウルリンの毛皮や爪や牙、それにあのオウルグリフィンの素材は一体いくらの値段になるのだろう。今から楽しみではある。
「あ、できればでいいんだけど、オウルグリフィンとウルリンの毛皮はちょっと残しておいてくれる? あれで冬用の毛布とか作ってもらいたいの。オウルグリフィンの毛皮は加工すれば防具にもなるだろうし、お金は他のものでも稼げるしね」
「ん、りょーかい」
すっかり失念していたが、素材は有効に活用することもできる。今度から使い道を考えて獲物を選ぶべきかもしれないとミナミはいくらか認識を改めた。
それにしても、牙や爪はどういった風に使われるのだろうか。ゲームなんかではそのまま武器の素材になるが、現実的(?)に考えるとそれはなかなか難しいものがある。
「とーちゃく!」
「ホントに裏手だったな」
そんなことを考えているうちに買取所の前まで来てしまった。どこか魚市場を彷彿とする広い造りになっていて、入口には龍の頭のような古びた剥製が掲げられている。
ギルドとは打って変わってこちらはそれなりの活気があり、今現在も業者と何人かの冒険者が交渉していた。
冒険者が持ち込んだのだろうか、見たことのない鳥がシメられてつるされていたり、籠の中いっぱいに特徴的な芳香をもつ草──薬草の類だろう──が詰められていたり、なんだかよくわからない触手のようなものまで置いてある。
あっちにあるのは……茸の傘だろうか? 赤紫色のそれはどうみても毒キノコで、傘の直径が1メートル近くもある。あきらかに普通のキノコではない。
なかなか品ぞろえは豊富のようだが、置いてあるものはぱっと見ただけでも魔物、動物、草、魚、薬品の類、はたまた古書やがらくた、材木にアクセサリーといった小物など、統一性がまるでない。見習いらしき若い男達が必死になって運搬して整理しているが、あまり効果はなさそうだ。
「買い取りはあっちよ、ミナミ。ここで驚いているようじゃ、このさきもっと驚くことになるわよ?」
ぽかんと見ていたらレイアに声をかけられた。思った以上に見入ってしまっていたようだ。
「そういえばさ。おれ、こっちの相場とか通貨とか全然わかんないけどどうしよう?」
「ん、交渉はまかせなさい。これでも結構自信あるんだから。通貨とかはあとでまとめて教えてあげる」
ミナミとレイアは買取所──通称【鬼の市】の奥の部屋にいる。受付を呼んでレイアがこそこそと何か話したかと思うと、ここへ通されたのだ。どうやらレイアはここの飛び切りなじみの深い常連らしい。
物を広げるためのスペースがある十分に大きな部屋で、それでいて窓もなく、防音もきっちりしている。魔法を使って調べてみたが、この部屋全体に何かしらの魔法が掛かっているようで、完全に外からは様子がうかがえなくなっている。
ゾンビとしての気配探知もここでは使えない。どうやらここは、秘密の交渉をするときに使う部屋のようだ。
しばらく待つと、なかなか丈夫そうなその扉が大きく開いた。
「おおぅ、待たせたなぁ」
「ギン爺さん! おひさしぶりです!」
軽く2メートルは超える巨体がぬぅっとあらわれた。
逞しく太い腕にがっちりとした体つき、足の付け根なんかレイアの胴よりも二回りは大きい。男なら一度は憧れるムキムキボディだ。
しかし、その肉体とは対照的にどこか飄々とした、人懐っこい雰囲気も醸し出している。そのおかげで威圧感もほとんどない。大きさよりも雰囲気が勝って、小柄な好々爺という感じがした。
そして何よりも特徴的なのは、薄くなった白髪をかきわけるようにちょこんと生えた二本ツノと全体的にやや赤みを帯びた肌。
どうみても、鬼だった。
「んん? そっちのは鬼を見るのは初めてかぇ? ワシって結構レアものらしいけど、ホントなんじゃなぁ」
大柄な老鬼──ギン爺さんはくぁっくぁっくぁと笑った。ちょっと怖い見かけによらず気さくな人のようであり、ミナミはどことなくじぃちゃんを思い出した。
「そいで、今日はどうしたんじゃ? わざわざ呼び出したっちゅうことは、なにかあるんじゃろ?」
「コラムのブツの買い取りをお願いしたいの。ちょっと量があるし、レアものもあるからあんまり人前ではやりたくなくて……」
「ほう、そいつぁ楽しみじゃのぅ。ところで、そこの坊主とちびっこいのは紹介してもらえんかの?」
自己紹介がまだだった。ミナミは背筋をきりっと伸ばし、なるべく印象がいいように話し出す。
「どうも、ミナミっていいます。遠い東からきた学者の卵をしている黄泉人の旅人です。レイアとは旅の途中、森で出会って一緒に来ました。この子はごろすけって言って僕の使い魔です」
「ほぅ、ゆにーくな服装しとると思うたら、異国の人か。その子も異国のものか? しかし、なよなよした学者がよくぞあの森で無事だったのぅ」
「今回のブツのほとんどがミナミが狩ったものよ。こう見えて、けっこうやる人なんだから!」
「本当かぇ? そりゃ、すまんかった。いやぁ、学者っちゅうのは屁理屈こねくり回してるだけかと思うたら、根性あるやつもおるんじゃのぅ。……そろそろ見せてくれんかの?」
レイアをちらりと見る。こくりとうなずいたところを見ると、この人はやっぱり信用に値する人間なんだろう。
目の前で巾着を使っても問題ないと踏み、ミナミはにやりと笑った。
「それじゃ、驚かないでくださいよ? ……これらです!」
ちょっと勿体付けてから一気にまとめて巾着から戦利品を出す。一瞬で大量のウルリンの毛皮、爪、牙、ラピッドラビットの羽耳、毛皮、肉、そしてオウルグリフィンの毛皮、爪、腸、翼、目玉が表れた。
「おおお……!?」
ギン爺さんはあまりの光景に目を白黒させている。レイアはちょっと自慢げな顔だ。狩ったのはミナミだが、細かいことは気にしたほうが負けなのだ。
しばらく呆然としていたギン爺さんだったが、やがてはっと正気に戻ると、今までと違った真剣な空気を纏って品物の査定を始めた。
「おおぅ……ジジイの寿命を縮める気かぇ? こんなに一気に持ち込まれたのは初めてだ。ちょっとばかし時間をおくれ」
そう言って一つずつ手にとって物を見ていく。
最初に取ったのはウルリンのものだ。爪をいくつかつまみ、どこからか取り出したルーペのようなものを片目にあてて表面を見ている。続いて指の腹で感触を確かめると満足したのか、同様に牙を調査していった。
毛皮はルーペを使わず一瞬ちらりと見ただけだったが、満足そうにうなずいたことから、十分な品質はあったようだ。
「ふむ、ウルフゴブリンのものはどれも問題なさそうじゃ。というか、めちゃくちゃ品質が良いのぅ。下処理済みっていうても、ここまでのものはプロでもできんわい。しかも、キングのもあるな……。よくもまぁ、これだけ大量に集められたもんだ」
何も言っていないのにウルフゴブリンだと見抜いていた。流石だ。
「ラピッドラビットもいい状態じゃ。羽耳も毛皮も、こんなきれいなものは見たことがない。わざわざ調べる必要もないくらいじゃ」
いつのまにやらラピッドラビットの査定も終わっていたようだ。その老練の技術にミナミは心の中で拍手喝采を送る。
「それで、こいつなんじゃが……」
そう言って残ったオウルグリフィンの素材とごろすけをちらちらと見比べた。ミナミにはギン爺さんが言いたいことがよく分かる。翼の形も毛の色も、金色の眼もごろすけと全く同じなのだから。
「もしかするってぇと、これはオウルグリフィンじゃないかの? いや、ワシも本物は昔ちらっと見ただけだから、なんともいえないんじゃが……」
「その通り! これもウルリンも、ぜーんぶミナミが狩ったのよ!」
胸を張るレイアが、ミナミにはどうも照れ臭かった。
「ふぅむ、やはりか……この子の親かね?」
「いいえ、違うと思いますよ? 僕がそれを仕留めるときも、ただ黙って見ているだけでしたし、そいつもこの子をかばおうとかしませんでしたし」
そうかね、と短くつぶやくとギン爺さんはオウルグリフィンの素材をじっくりと観察し始めた。さっきよりも真剣な目つきになっている。
職人さんとか、匠とか、そういった人の空気が部屋に満ち溢れた。
「ふむ、しなやかで頑丈そうな毛皮……おそらく魔法耐性もあるな。撥水、耐熱、耐寒、通気性もよさそうじゃ。旅人のマントにしたら超一流品になるじゃろう。
この爪も、そんじょそこらのナイフなんかよりも切れ味があるのぅ。しかもわずかに分泌毒が残っている……こいつもつかえそうじゃ。成分を精製して金属に混ぜればそれだけで金属性質が著しく向上するかもしれん。
ワタと眼は……うむ、かなり上質な魔力的性質がある。詳しく調べんとまだわからんが、値打ちモンであることにはまちがいない……」
全ての査定が終わると、ふぅとため息をつきながらギン爺さんは首を振った。
「いやはや、正直おどろいたわい。これほどのものを見ることが出来るとはのう。オウルグリフィンなんて化け物、この先そう滅多におめにかかれるものじゃないわい」
「そんなにいいものなんですか?」
「おお、ぜひとも完全な形のものをバラしてみたいくらいじゃ。ワシはこう見えても坊主と同じ学者のはしくれでのぅ。ここを仕切っているのも、いろんなサンプルが集まるからなんじゃ」
「今度、パースさん、ええと、仲間と一緒に完全な奴をバラしますけどご一緒します?」
「なんと! もう一匹狩っていたのか。是非頼む! しかも坊主、パー坊とも知り合いだったのか」
「パ、パー坊って……。お知合いなんですか?」
「うむ、いちおうワシの弟子じゃ。こーんなちっこいころから知っておる」
「へぇ! 意外と世の中って狭いもんですね! パースさんたちとも森で合流して、一緒に帰ってきたんですよ。で、森を出て草原にいるときに夜中にそいつらに襲われたんです。パースさんが言うには、森からつけられてたんじゃないかって」
「そりゃぁ災難じゃったのぅ。坊主は物を収納する魔法が使えるようじゃし、相当いいえさに見えたんじゃろうなぁ。よく考えてみたら、よくぞまぁこいつを倒せたもんじゃ」
「ははっ、そのへんはいろいろありまして。まぁでも、そのおかげでこの子──ごろすけと会えたのでよしとしますよ。この子は聞きわけもよくて懐いてくれてるし、僕の魔力を餌にするから食費はかからないし、何よりかわいいし」
「そうじゃのぅ、魔物であれ何であれ、幼子はかわいいもんじゃ。そうじゃ、聞いとくれ、この間なんか──」
「はいスト──ップ! お話は後で出いいから、いくらになるの!?」
せっかくいい感じで弾んでいた話がレイアによって遮られてしまった。別にいじゃないかとミナミは思ったが、直後に夕飯の買い物に行くことを思い出す。長話していたら夕飯に間に合わなくなってしまうだろう。
「これ、ジジイの楽しみを奪うでない。ここ数十年でこれだけウマが会う坊主は久しぶりだったんじゃぞ? ふむ、しかし査定額か……そうじゃなぁ、少なく見積もっても……」
緊張でレイアがごくりと喉を鳴らした。さっきまでとは違う重苦しい空気が辺りに満ちている。賞金がかかったクイズ番組の最後の問題の解答が開示される空気とよく似ていた。
やがて沈黙を破るように、ギン爺さんの深く渋い声が答えを紡ぎだした。
「金貨八百枚、条件を飲めば千枚ってところかのぅ?」
「うぉぉぉ! ──ぉぉ?」」
ミナミはめいっぱい驚こうとしたのだが、考えてみれば金貨千枚の価値がよくわからなかった。声を出しただけ無駄である。
「どうだ、嬢ちゃんは不満か? 相方は満足しとるっぽいぞ?」
「……じょうけんってなぁに?」
ぽわんとした表情で答えるレイア。ショックを受けすぎたのだろうか。
「なに、坊主──ミナミが嬢ちゃんやパー坊と同じようにワシの個人的なお願いを聞いてくれたり、レアもんを率先してまわしてくれればいいだけじゃよ」
「ほんとにそれだけでいいの?」
「ああ、いいんじゃよ。先ほどから見るに、どうせミナミはわけありなんじゃろ? それも常識がまるでないうえに、おまけに嬢ちゃんの尻に引かれとる。男手もほしがっておったし、おおかた、あそこへ一緒にいくんじゃろ? お前さんたちはもう孫みたいなもんじゃ。孫の門出にはもってこいだろう?」
「でも、それにしたって……」
「ちょうどラピッドラビットを買い取りたいっちゅう注文が王城のほうからあってのぅ。もとから結構いい値段が出されていた上に、綺麗ならその分上乗せされるっちゅう話だったんじゃ。
ついでにあのオウルグリフィン、ぶっちゃけると珍しいうえにきれいすぎてどう値段をつけるべきかわからんかった。ワシが買うとしたらあのくらいは出すっちゅうことじゃ。どうやらミナミははぎ取るのがうまいようじゃの。たぶん魔法だとは思うが、それにしたっていい腕じゃ」
「ほんとにいいんだよね……? ミナミ、それでいい?」
言いも何も、なんか大金みたいだし、ミナミに否定する理由がない。ついでにギン爺さんと“お友達”になれるのだからむしろ好都合だ。
やはりじぃちゃんと同じ空気を感じるせいか、ミナミはギン爺さんと一緒に喋っているだけでかなり楽しかった。この先いろいろと、一緒に悪ふざけもするんだろうなということが手に取るように分かる。
個人的なお願いっていうのも、そういうことだろう。ミナミにとっては望むところ、むしろウェルカムだ。好条件すぎてびっくりするくらいである。
こくりとうなずくと、ギン爺さんはにっこりと笑った。
「交渉成立じゃ。いつものとこに振り込んどくがそれでええな? ああ、十枚分は手わたしておこう。今日一日くらいは、羽目をはずして遊ぶのもええじゃろう」
いつの間に準備したのか、やや小ぶりの若草色の巾着がギン爺さんの手の中にあった。受け取ってみると思っていたよりも重い。
初めての成果が金貨とは、幸先がいい。
しかし、ミナミには素直に喜べない理由があった。
「なぁレイア、金貨ってどんくらい価値あんの? 夕飯豪華にできるくらいはあるのかな?」
「やっぱり知らなかったんだのぅ」
くぁっくぁっくぁっと笑うギン爺さんに、常識知らずも含めて全部秘密にしておいてくださいね、とレイアは顔を真っ赤にして頼むのであった。
20150505 文法、形式を含めた改稿。




