18 王都到着
「ほぅら、見えてきたぞ。あのでっかいのが王都の正門だ」
エディが指さした先には、石造りの大きな門がそびえていた。ファンタジー世界にありそうな典型的なタイプの門で、同じような門をミナミは何度かゲームの中で見たことがある。
昨日話してくれた通り、門の横には衛兵の駐屯所があって、そこで出入りする人間のチェックを行っていた。
「さて、たぶん大丈夫だとは思いますが、ちゃんとやってくださいよ? もし暴れだしたりしたら、僕たち全員、国家転覆罪とかで牢屋行きは間違いないですからね」
パースはごろすけをちらりと見る。パースが今回考案した作戦は、酷く単純なものだった。
そのものずばり、正面突破である。普通の馬車と同じように、普通の使い魔と同じように、普通の旅人として中に入るというものだった。
朝というには遅く、昼というにはちょっと早い。そんな中途半端な時間だからだろうか。門の前に人はほとんどおらず、すぐにミナミたちは入国手続きを受けることになった。
レイア達冒険者は冒険者証──冒険者の印である青い水晶のついた銀鎖のネックレスを見せればすぐに入れるので、実際にはミナミだけが手続き対象だ。
「ふむ、見ない顔だが、旅人かね?」
プレートメイルをつけて剣を携えた若い女衛兵がミナミに問うてくる。やや仏頂面だが、綺麗な金髪のなかなかの美人だ。真面目系大人のお姉さんといったところだろうか。このセカイは美人が多いらしい。ポニーテールもミナミの心にぐっと響く。
どうやら手続きといっても簡単な面接らしい。いくつかの質問に答えればいいようだ。これならなんとかなるだろう。
「はい、東のほうから旅をしてきましたミナミっていいます。コラム大森林で彼女らと合流して、ここまで連れてきてもらったのです」
「そんな軽装であの森を? とても旅慣れているようにもみえないが──」
「そんなこといってるからいつまでたってもカレシできないのよ~」
横からフェリカが口を出してきて、仏頂面だった女の顔が一瞬にして年相応のものに崩れた。
「う、うるさい! フェリカには関係ないだろう! 仕事の邪魔をするなぁ!」
よほど気にしていることなのだろうか。顔を真っ赤にして言い返している。どうやらこの女衛兵は彼らの知り合いらしかった。
「保証人はレイアちゃん、見ての通り旅人、もうそれでおわりじゃない。疲れているんだから早くとおしてよぅ。お肌が荒れちゃうわぁ」
「とてもそんなに疲れているようには見えんぞっ! おまえ私へのあてつけか!?」
仲良く口げんかしている。衛兵の仕事は意外とフリーダムなようだ。奥にいる別の衛兵に至ってはなんか面白いものでも見るようにしてにやにやしている。実際、面白い光景ではあった。
「いい年してぶりっこして! 恥ずかしくないのか!」
「同い年のあなたもいい年ってことになるわねぇ」
「なにを! わたしはまだ──」
「そこらへんにしてくださいライカ。フェリカもふざけすぎです」
さすがパースというべきだろうか。女の会話の流れを見事にぶった切った。
あともうちょっと遅ければライカさんの年が聞けたのに、とミナミは表情を変えずに悔しがる。気づかれたのか、レイアに思いっきり足を踏まれた。もちろん痛くはない。
「む、すまない。つい……。おかえり、パース」
「ただいま、ライカ」
そういって見つめあってしまった。エディがにやにやしているのをみると、この二人はそういう関係らしい。
さっきの話に矛盾があるかもしれないが、お互いに気付いてないだけだろうか。ひょっとすると、フェリカもそれをしっていておちょくっていたのかもしれない。いや、間違いなく知っていてやっているのだろう。
……ほぉ──ぅ
「はっ」
「あ、戻ってきた」
しびれを切らしたごろすけの鳴き声でようやくライカが正気に戻る。必死に取り繕おうとしているが、あまり効果はない。
「こほん、まぁ特別問題なさそうだから、入って大丈夫だ。保証人もしっかりしているしな。ああ、それと後ろのそいつ……」
ライカはごろすけを指さす。ミナミとパースの表情が一瞬固まった。そう、ミナミが入れるのはほぼ確定だ。一番の問題はこれからなのだ。
「……私の記憶が間違ってなければオウルグリフィンだよな。危険性のチェックをしたいから……ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ触らせてもらえないだろうか? 仮証明書の備考欄に必要でな」
「ええ、いいですよ」
ミナミはごろすけを持ち上げて手渡す。受け取ったライカは、ふにゃりと顔を崩した。
「ああ、やっぱいいなぁ……! これがあるから衛兵はやめられん……!」
「……べつになでてチェックする必要はないけどねぇ」
ぼそっとフェリカがつぶやいたがライカには聞こえなかったようだ。どうやらライカはごろすけをなでたかっただけらしい。可愛いところもちゃんとあるようだ。
「うん、十分……ではないが堪能できた。例えオウルグリフィンでも、こんな愛らしくて可愛い子供なら危険性などあるわけがない! 通っていいぞ! 仮証明書はすぐわたす!」
パースが笑顔でありがとうございますと言っていたのをミナミは見た。ひょっとして彼は、ここまで計算に入れてこの作戦を練ったのだろうか。
パースの作戦はこうだ。
オウルグリフィンの問題点は大きくて危険性があるということの二点である。ミナミのゾンビである以上、忠誠心という意味では普通の使い魔よりも安全ではあるが、それを証明することは難しい。
では、どのような存在なら安全なのか?
それは──子供である。
幼児形態であれば基本的には安全だ。なにせ非力なのだから。今のごろすけは子供ライオン程度の──若い女性に抱きかかえられる程度の大きさになっている。ミナミが魔法で子供の体に変えたのだ。
もちろん、いざというときは元の大きさに戻れるし、子供状態でもある程度の戦闘能力は持っている。
しかし、見た目は愛くるしい子供なのだ。ちっこくってふわふわで、可愛い目で見つめてくる。これに危険性があるとは普通は思えないだろう。
どんな生物でも、子供というものはその固有能力として、愛くるしさというものをもっているらしい。パースはそれを利用したのだ。
子供の大きさなら、犬を一匹飼うのと大差はない。子供たちのよき遊び相手にも、ボディーガードにもなるだろう。まさに全てを解決する手段だったのだ。
「いやぁうまくいきましたね」
「ライカにもいい思いさせられたもんなぁ?」
「ははっ、なんのことやら」
ミナミたちは無事に王都に入ることが出来た。今は中央広場でこれからどうするかを相談しているところである。
てっきりパースも気づいていないと思ったら、パースのほうは積極的にアプローチしているようだった。
「それはともかく、ミナミは早くギルド登録して、正式な証書にしてしまったほうがいいですよ。さっきからチラチラこっちを見てくる人もいますし」
「やっぱそうですよね」
王都に入ってからずっと、ごろすけが周りの人に見られているのだ。もちろん、悪い感情ではなく、ただ単に物珍しさといった感じだが、それでもあまりいい気分ではない。
正式な登録を済ませるとその証明となる足輪がもらえるそうなので、それさえすれば少しはましになるだろうということだ。
「んじゃ、ミナミはあたしと一緒にギルドへ行きましょう。エディさんたちとはここでいったんお別れね」
「おう、近いうちに遊びに行くからな! お前たちも遠慮なく遊びに来いよ!」
「ばいばーい。……エディ、奢りのこと忘れてるみたいだから、面倒だったらすっぽかしちゃっていいわよぉ。酔いつぶれて絡まれるとうざったいしぃ。まぁ、行くことになったら連絡するわぁ」
別れ際にフェリカが告げてきたが、エディの酒癖はそんなに悪いのだろうか。
「おおお……! なんかすげぇ……! 映画の中に入ったみたいだ……!」
「ここらじゃ一番大きな国なんだから! ここと比べられる場所なんてそうそうないわよ?」
やはりというかなんというか、王都はRPGか、あるいは映画のセットのような街並みだった。レンガで造られた家や、じぃちゃんの家にもあった井戸も見受けられる。
広場になっているところでは出店や露店が開かれており、うさんくさいものも掘り出し物もありそうである。吟遊詩人さんが笛を吹いていたり、芸人がなにやらパントマイムをやっていたりもしている。
どこかお祭りのような明るい雰囲気があって、一目見ただけでこの広場はミナミのお気に入りスポットになってしまった。
この中央区域はお店や住宅が多いらしく、そこらで商人のような恰好をした人や、買い物をしている主婦を見ることが出来た。
冒険者ギルドも中央区域にあるらしい。いろんなお店、見たことのないものがたくさんあって、後で必ずゆっくり見にこようとミナミは心に誓った。
「ほぉぉ……! なんかわくわくが止まらないな……!」
「すぐに見飽きるとは思うけどね。観光客はみんな驚くけど」
王都の街並みをレイアと共に歩いていく。ごろすけこそいるものの、二人で行動するのもずいぶんと久しぶりのように感じられた。
今までずっと大自然のなかにいたからか、この活気のある空間はミナミにとても新鮮な気分を与えた。ミナミはこっちにきてからそれなりに濃密な時間を過ごしたが、人がいっぱいいるところは今回が初めてである。
そんなことを考えているうちに、他の建物よりも少し大きくて立派な、市役所をワイルドな感じにした建物の前でレイアは立ち止った。正面には剣と楯と人をあしらったシンボルマークが描かれている。いかにもといったその建物は、おそらく……。
「ここが冒険者ギルドよ! さっさと登録、済ませちゃいましょう!」
レイアがくるりと振り向いて、高らかに宣言した。
意外なことにギルドの中はあまり騒がしくなかった。もっと荒くれ者たちががやがやとたむろっているものだと思っていたのだが、ただの偏見だったようだ。もっとも時間が時間であるので、ミナミは後日驚くことにある。
内装もやはりワイルドな役所といった感じで、テーマパークのアトラクションの入口みたいな感じもする。受付のところではおばさん達が、奥では若いお姉さんがデスクワークをしていた。
せっかくなら若い娘に受付させればいいものを、とミナミは心の中で舌打ちをする。
「ミナミ? ……何考えてるのかな?」
「初めてのギルドに感動しているだけですヨ?」
「感動、ねぇ?」
レイアは変なところで勘が良い。
「すいませーん! 冒険者登録と使い魔登録おねがいしたいんですけど」
ごまかすように受付へ向かう。恰幅のいいおばちゃんが、笑顔で受け答えしてくれた。
「あいよ! 説明はいるかい? ああ、嬢ちゃんのツレか。ひひっ、ちょっとみない間に、嬢ちゃんもやるねぇ?」
「連れではあるけど、ツレじゃないからっ!」
「ああ、わかってるって。それで、登録しちゃっていいのかい? システム面での説明は……いらなさそうだね。おおむね、あんたが思ってる通りだよ。そんな複雑なもんじゃあない。ま、わからなかったら嬢ちゃんでも、私たちでもいいからきくといいさね。んじゃ、ちょっとまっててくれ」
おばさんは奥のほうへといってしまった。説明らしい説明をまるでしていない。職務怠慢に近いような気もしたが、小難しい説明を延々とされるよりかははるかにマシだとミナミは考え直す。
一応は役所のようなものであるはずなのに、随分とゆるい職場のようだ。
「ほいさ、おまたせ。これが冒険者の印の【希望の輝き】さ。銀鎖がついてるから首から下げときな。なくしたら罰金だよ!」
おばさんが渡してくれたのは涙形の水晶だった。どうやって加工したのかはわからないが表面はつるつるだ。レイア達が門で見せていたのは光っていたが、これは光っていない。
まじまじと手にとってみていると、薄青く光りだした。
「ほい、認識完了。登録するから貸しとくれ。ああ、使い魔登録も一緒にやろう。推薦書とかあればいくつかの手続きすっ飛ばせるけどもってないかい?」
「あ、ライカさん……ええっと、衛兵さんからもらった仮証書があります」
「ライカか! そりゃ助かる! あの子のおかげで、随分と楽できるよ。あの子があそこに就いてからバンバン仮証書に推薦書いてくれるから、仕事が楽になってしょうがない!
聞いとくれ、こないだなんてキュリオスバードの推薦があったんだよ! あれの手続きをまともにしてたら、タイムセールに間に合わなかったね! こいつもオウルグリフィンだろう? こんな特例、本来ならキュリオスバードなんて目じゃないくらいまどろっこしい手続きしなきゃいけなかったのさ! いやぁ運がいいねぇ!」
「あ、あはは……」
どこのセカイでもおばさんというものは喋りたがりらしい。しかも、喋りながらも手は動かしているから驚きだ。
あっという間に怪しげな道具を動かしたかと思うと、ピンポーンと音がする。登録を完了させたらしい。
「はいよ、これでホントにおしまい。あんたの個人情報と使い魔の情報が、印と魔道具に登録されたからね。情報は見ようと思えば頭の中に浮かんでくるから、確認したいときはそうしなさいな。あと、他人には見られないとはいえ、印は絶対になくすんじゃないよ! ああ、この足輪はここでつけちゃいな! 成長に合わせて大きくなる特殊金属だから、付け替える必要はないよ!」
「はい、ありがとうございました!」
礼をいってレイアとともにさっさとギルドを出る。これ以上長話に付き合わされるのもたまったもんじゃない。ごろすけの足輪もぴったりはまっているし、これで問題はなくなっただろう。
急いで確認してみたが、ゾンビであることも、ごろすけのごまかしも印には記録されていなかった。さすがに特殊すぎる情報は記録されないらしい。
マジマジとそれを日の光に透かして鑑賞するミナミを見て、レイアがにっこりと笑いながら語りかける。
「ようこそ、冒険者の世界へ! ……やっぱり感慨深いかしら?」
「まぁね。こっちこそよろしくな、先輩?」
これでようやく、このセカイに認められた気がした。
20150505 文法、形式を含めた改稿。




