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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
17/88

17 夜獣と共に

 気持ちのよい日差しの中、大草原を走る馬車が一つ。その傍らには翼をもつ漆黒の獣が一匹。音もなく、馬車に寄り添うように力強く走っている。


 あくまでも馬車と同じ程度のスピードで走っているのだが、その威圧感は半端なものではない。生あるものはよほどのものでない限り、それが放つ異様なプレッシャーに恐れをなすだろう。


 現にそいつのおかげで、魔物除けの煙も馬車に施された魔物除けの仕組みもほとんど意味をなくしていた。そのプレッシャーが魔物を寄せ付けないからだ。


 よく見ると、その毛皮の中に埋もれるようにして茶緑の頭がひょこひょこと動いているのが見える。寝そべるようにしてそいつの背中にしがみ付いている少女は、

幸せそうな顔をして、全身で毛皮の感触を楽しんでいた。


 さわやかな風もふいているのだ。毛皮の感触と風の感触で挟まれている少女はさぞや気分がいいことだろう。


「そろそろ私に代わってよぉ~?」


「もう、ちょっとだけ!」


 馬車から声をかけた赤毛の女に声だけで答える。お預けをくらった女はあと五分だけよ、と念を押してから了承した。


 実はただ普通に乗るだけなら二人くらいわけないのだが、寝そべりながらだと若干せまい。さすがに落ちるのが怖いので、交代交代で乗っているのだ。


「……もうそろそろ機嫌、直してくれませんかね? 私も乗ってみたいのですが」


「無理だな、今は下手に刺激しないほうがいい。あー、明日には乗れるといいなぁ」


 馬車の上では二人の男性が話している。どうやら彼らもそいつに乗りたいようなのだが、女性二人に独占されているようだ。


 今の現状を改めて理解して、男二人はがっくりと肩を下げた。


「んで、あいつはいつまでいじけてんだ?」


「さぁ。多感なお年頃なのでしょうがないんじゃないでしょうか」


 そんな二人とは対照的に馬車の端っこで体育座りをしたままピクリとも動かない少年がいる。この少年こそが黒い獣の主なのだが、こちらは覇気があるどころか、めそめそしながらいじけていた。


「せっ、せっ、せっかく仲間にしたのにぃ……。かっこいいのにぃ……。な、な、んで乗らせてもらえないんだよぉ……」


 めそめそどころか、目を真っ赤にして軽く泣いていた。その様子は、おもちゃをとりあげられた子供のそれとよく似ている。


 一応乗る乗らないの決定権は主であるこの少年が持っているはずなのだが、あまり大きく出ていないところをみると、彼自身、この仕打ちに心の奥では納得しているということなのだろう。


 あのあと──ミナミがエディとパースを起こした後のことだ。


 獰猛で危険な魔物を見事に僕にしたミナミに、エディとパースは驚きながらも何があったのか尋ねてきた。自分のほしいものが手に入ったミナミは深夜のハイテンションと相まって、特に何も深く考えることなく、ゾンビであることを含めて自分のことを喋ったのだ。


 最初こそ驚いた二人だったが、そういうこともあるだろうと、意外なほどあっさりとミナミを受け入れてくれた。


 なんとなくそうなるだろうと思っていたミナミは、早速“戦利品”の準備と、風呂の準備をした。


 めんどくさい話より、こっちのほうに取り組みたかったからだ。それに、きれい好きを自負する日本人として、血まみれ半裸はいささかきついものがあったのである。


 そうして三人で戦利品を整理したり風呂に入ったり、ジュースやら肉やら食べている間に、とうとう地平線の先から太陽が出てきた。


 そして、そろそろ女二人を起こすか、とレイアとフェリカを起こしたまでは良かっただが、昨晩起こったことを聞いたレイアは猛烈な勢いでミナミを叱ったのだ。


 どうして一人で立ち向かったんだ、と。


『エディさんが待てって言ったんでしょ!? みんなでかかれば大丈夫だっていったんでしょ!?』


『一人で立ち向かって死んじゃったらどうするの!? し、しかも全裸ってどういうことよ!? ホンモノの自殺願望者だったの!?』


『うまくいったからよかったものの、みんな死んじゃってたかもしれないのよ!?』


 泣きながら怒鳴ってくる彼女に対し、さすがにまずいことしたなぁと思ったミナミは、何とかなだめようと、好物、この場合ごろすけに乗っていいという権利で機嫌を取ろうとしたのだが、それがダメだった。


 ちゃんと話を理解していないと踏んだレイアは、それ以降ミナミと交代せずにずっとごろすけに乗っていたのだった。


 ちなみにエディとパースはフェリカに説教されていたようである。緊急事態の直後にバカ騒ぎするとは何事か、先にやることがあっただろ、と。


「にしても、嬢ちゃんがあそこまで怒るなんてなぁ」


「それだけ彼女にとって、重大なことだったのでしょう。全裸であれとやりあったのはたぶん、というか確実にミナミが初めてですよ。

 しかもただでさえ厄介な奴を一人で三匹同時に相手したのです。冗談抜きに、彼が負ける可能性のほうが高かった。私が彼女の立場だったとしても、同じくらいのことはするかもしれませんねぇ」


「……いいコンビになりそうだなぁ」


「ですねぇ」




 意外なことに、レイアは昼過ぎには機嫌を直していた。瞬間的にカッとなってしまっていただけらしい。ごろすけから降りてきたあとは、ふんふんと鼻歌まで歌っていた。


「たのしかったーっ! 明日はミナミも一緒に乗ろう?」


 予想外のお誘いに一瞬ミナミは自分がいじけていたことも忘れてしまっていた。同性同士での自転車の二人乗りでさえ経験がないのに、さっきまで機嫌が悪かった女の子に二人乗りを持ちかけられたのだ。


 こういうときどういう行動すればいいのか、残念ながら今のミナミにはわからない。突然のことに返事が出来ないでいると、横からフェリカが思い出したかのように話しかけてくる。


「デートのお誘い中悪いんだけどぉ、行程が順調すぎて、明日の昼には王都に着くってさっき御者さんがいってたわぁ。たぶん明日は無理だと思うわよぉ?」


「そういや、なんかやけにスムーズな旅だったよな」


「積み荷もないし、魔物も出ませんでしたからねぇ」


 普通、冒険の帰りの馬車は戦利品等で一杯になるため、馬車のスピードは下がる。さらに疲れている冒険者たちのことも考慮して少しゆっくり目に走るのだが、戦利品はすべてミナミの巾着に入っているため、馬に負担がかかることはなかった。


 加えて魔物はすべてごろすけのプレッシャーに怯えてでてこないため、警戒する必要もなく順調に進めてこれた。魔物が出ないとわかっている以上、エディたちもリラックスできるため、馬車は普通のスピード、いやそれ以上の速度で走っている。幸か不幸か、これによりミナミとレイアの二人乗りはなくなったとみていいだろう。


「そういえば、王都に着いたらエディたちはどうするの?」


 立ち直ったミナミはふと、尋ねてみた。今まで自分のことしか考えていなかったが、冒険が終わった後はどうするのか、冒険者の先輩に聞いてみたくなったのだ。


「んー、俺はしばらくぐうたらするかなぁ。ミスリルあればしばらく暮らせるだろうし」


「私もそうしようかしらぁ。なんだかんだ結構森にいたものねぇ。だいぶ稼げたし、しばらくゆっくりしたいわぁ」


「私はミスリルの分析・調査ですかね。あ、アレばらすときは忘れずに呼んでくださいね」


 パースの言うアレとはミナミが仕留めた比較的きれいなオウルグリフィンである。あの場で捌くには道具が足りなかったため、王都についてゆっくりしてから捌くということになったのだ。


 ちなみにこのセカイの冒険者は最低でもだいたい週に三日は休日に充てている。近場での冒険であっても、命のやり取りを直接体験するため疲れていないように見えて意外と疲労がたまるからだ。


 疲れを残した状態での冒険は命の危険が伴う。そのためにわざわざ週の半分も休息にあてているのである。


 今回のエディ達のように遠出して冒険した場合はもっと休息が必要になる。だいたい十日間、中には稼いだ分がなくなるまで休む者もいる。基本的に豪快な性格が多い冒険者は、休む時にはとことん休むのだ。


「ちなみに嬢ちゃんとミナミはどうすんだ? まさかまたすぐ遠出するわけはないよなぁ?」


「私たちは……とりあえずミナミがこっちの生活に慣れるようになるまではゆっくりするつもりよ。ミナミもそれでいい?」


 ミナミは即座にうなずく。ゆっくりできるならそれに越したことはない。それに少し王都を観光してみたくもあった。なんといってもこちらへ来てから初めての街なのだから。


「とりあえずの予定としてはミナミの冒険者登録、街の案内、生活用品の買い出しってところかしら。ミナミがあそこの生活になれたらちょっとずつまた稼いでいくわ」


「そういやぁ、今度からあそこにミナミが入るんだよなぁ。うん、なんか楽しみだ。近いうちに俺も遊び行くわ」


 あそことは例の孤児院のことだろう。レイアいわくそこまで規模の大きいものではないらしく、“孤児院”というには小さいものだそうだ。


 当然のことながらちっちゃい子がいっぱいいるらしく、ミナミもそこでお世話になる。ミナミはこれから送るであろう夢のスロー(?)ライフにうっとりと思いをはせた。


「……あ!」


 レイアがしまったというように顔をゆがめた。


「ミナミ、ごろちゃんどうする?」


「……あぁ!」


 ごろすけは魔物だ。それもとびきり凶悪なやつである。いくらミナミが大丈夫だといっても、街に入れてくれる保証はない。


 そもそもかなりサイズが大きい。入れてくれたとしても、往来の邪魔になることは間違いなしだ。


 そう考えると、ごろすけが街に入ることは難しそうだった。


「魔物使いみたいな人って……いる?」


「いるにはいるけど、さすがにそこまで大きな魔物を使う人は普通はいないわ。使ってもせいぜい小さめの馬くらいの大きさだし、だいいち、おとなしめの魔物くらいしか躾きれないから。“夜の暗殺者”なんて凶悪な獣、魔物使いだって連れ歩けないわよ。

 仮に入れたとしても餌はどうするの? その子が満足できるだけの食糧を用意する余裕はさすがにないわよ。あそこの庭もごろちゃんにとっては小さいだろうし」


 そう、仮に入れたとしても、飼うとなったら餌代がかかる。それにスペースだって重要だ。小さい子をたくさん引き取っているくらいだから、普通の家よりかはスペースはあるだろうけど、それでもここまで大きい獣を飼うことはできないだろう。


「一応、魔物使いの魔物はギルドに届け出て簡単な試験受ければ、どんな魔物でもだいたい認可されるはずだけど……前例、なさそうだしなぁ。認可の印さえもらえれば、街に入ること自体は問題ないわ」


「生きてないから魔物じゃないって理屈はダメかな?」


「ダメね。生きていようがいまいが魔物は魔物よ。あ、でも生きていないなら餌代はかからないのかしら?」


「その理屈だとおれもご飯抜きになるんだけど……」


 一応ゾンビは死体である。


 食欲は確かにすさまじいものではあるが、別に食べなくってもどうということはない。ただ単に、フラストレーションがたまって理性がなくなってくるだけだ。


 逆に食べれば食べるほど、それは快楽として体を蝕む。ゾンビにとって食事とは麻薬のようなものなのかもしれない。いくらミナミに忠実だといっても、餌抜きだといずれ住民を襲いだしかねない。


 とはいえ、現状それはそれほど激しいものでもない。無性に甘いものを食べたくなるとか、せいぜいその程度のものだ。理性がなくなるといっても、イライラが募って怒りっぽくなるのが関の山だろう。


 それに、ごろすけに関しては餌の問題はあまりなかったりする。


「レイア、ごろすけの餌は上質の魔力だ。おれの魔力を喰わせればだいじょうぶ。たまーに狩りに連れていけば肉の感触も楽しめるから、餌については全く問題ないはず」


「餌は問題ないのね……。後はスペースだけかぁ。試験はたぶん受かるでしょ。ごろちゃんかしこいし」


 なんだかんだでレイアはすでにごろすけを飼う方向で物を考えている。ミナミとしてもうれしいが、スペースが足りないというのはどうしようもないことではないだろうか。


 二人してうんうんうなっていると、途中で会話からおいてけぼりにされていたエディがとてつもなく自慢げな顔で、ミナミに笑いかけてきた。


「ふっふ~ん。ごろすけのスペースが足りない、ねぇ。このエディ様に、一気に全部解決できて、おまけにチビどもも喜びそうな案があるんだけど、どうする?」


「……ホント?」


「ああ、ああ、ホントだとも。教えてあげてもいいけど……わかってるよなぁ?」


 エディはグラスを持つように右手首をクイッとやった。


「……わかりました。おしえてください」


「契約、成立っと。なに、こうすれば……」


 エディが教えてくれた案は、いかに場所を確保するかということを考えていたミナミたちにとって、まさに逆転の発想となるものだった。








「ほんとは私が考えたんですけどね」


「そこ、お口閉じような」




20141220 誤字修正

20150505 文法、形式を含めた改稿。

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