15 夜獣襲来
そいつらの体長は五メートルくらいだろうか。両翼も四メートル近くはあるだろう。一匹でさえ威圧感があるのに、三匹もいるものだからものすごい重圧感がある。
ぱっと見た感じでは半鳥半獣の生物のようにみえる。ちょうどミナミの知っているグリフォンのようなかんじだ。
しかしグリフォンは鷹の上半身にライオンの胴体をもった怪物だったのに対し、こいつは梟の上半身をもっている。
胴体もネコ科の獣っぽくはあるが、どこかライオンとは違うようだ。俊敏な動きが出来るであろう引き締まった後ろ脚を見る限り、豹とかかもしれない。
肩口にあるその大きな漆黒の翼は、梟らしく風切り羽がついている。猛禽と同じかぎ爪となっている前足は、どんなものでもしっかりとつかめそうだ。あれに掴まれたらきっと痛いだろう。同じくらい嘴も鋭い。
全体的に黒みを帯びた、ふわふわしていそうな毛皮に覆われており、中でも胸の部分的に白くなっているところは特に気持ちがよさそうである。太い尾っぽの抱き心地もいいだろう。
そしてなにより……ひらすらにカッコよかった。
そのシャープな嘴も、雄大な翼も、引き締まった四肢も、梟のまん丸でくりっとしていながらも力強さがある金色の目も。すべてがミナミの好みのど真ん中だった。
「やっべぇ……一番会いたくない奴のおでましかよ」
「弱くはなさそうだね。知っているのか?」
ここまで威圧感があって弱いはずもないだろうが、一応聞いてみる。何事にも例外というものはあるのだ。
もしかしたら、見かけだけのこけおどしである可能性もないわけではない。これで弱かったらミナミのイメージがぶち壊れることになってしまうのだが。
焦ったような顔をしたエディは緊張した面持ちでゆっくり口を開いた。
「こいつらはオウルグリフィンって呼ばれている。通称『夜の暗殺者』だ。でっかいくせに音もなく空を飛べて、上空から一撃を加えてくる奴だ。夜行性な上に基本的に黒っぽいからほとんどの場合襲われるまで気づかない。かなり飛行速度も速いしな。……今こうして目の前に立っている姿を見るだけでもラッキーなほう、だぜ」
なるほど、夜闇に紛れて音もなく上空から忍び寄って獲物を狩る生き物らしい。まさに暗殺者というわけだ。
グリフォンとグリフィンに違いはあるのかと、ミナミは場違いに考える。
「しかも厄介なことに、こいつらの主食は魔力っていう噂があってな。狙われるのはだいたい上質な魔力を持っている魔法使いだ。
でもって魔法使いが応戦しようとしても魔力そのものを喰らっちまうから、魔法が撃てなくなっちまったり、そもそも魔法が効かないこともある。
物理的に応戦しようとも、魔法使いの攻撃なんてたかが知れてる。結局、嘴で体ごと魔力をぱっくりむしゃむしゃってわけだ」
「うわ、めちゃくちゃ特化された魔法使いキラーってわけか……」
「おまけにあいつのかぎ爪には即効性の麻痺毒がある。引っ掻かれたら五秒で体が動かなくなるだろうな。十五分くらいで毒は完全に抜けるらしいが、それまで生きていられるかは正直微妙なところだ。だから、ぶっちゃけ俺みたいな剣士なんかにも不利な相手だったりする。物理的な遠距離攻撃……弓とか、長い槍とかあつかえないときついな」
「近接殺しも追加……まさか、他にも何かあるわけじゃないだろうね?」
「そのまさかだ。こいつら、めちゃくちゃ賢い。たぶんそこらの酒場に入り浸っているダメ人間よりも賢いんじゃないか?
今回も多分、俺らが気を緩んでいるところを狙ったんだろう。この風呂の魔力に反応して、俺らがなかなか動いていないということを確認してから来たんだろうな。こいつらは夜目も利くし、遠くまでものを見ることが出来る。それとパースが言ってたんだが、声で周りを確認することもできるらしい」
おそらく超音波ってやつだろう。コウモリ的なこともできるとはまさにファンタジーである。
それにしても、エディがぺらぺらと喋っているのになぜこいつらは襲ってこないんだろうかとミナミはいぶかしむ。
その答えは、意外な形で知ることになった。
「そしてここが一番重要だが、無駄に知恵があるせいか、こいつらは変なところでプライドが高い。平気で不意打ちしてくるくせに、すでに姿を見られている場合はすぐには攻撃をしないんだ。
しかも、獲物以外の敵……具体的には魔法使い以外のやつは攻撃しなければすぐには襲わない。魔法使いでも、発見された場合は攻撃態勢をとるまで襲わない。ちょうど今みたいな会話中であってもな。
ただ、なにもしていない状態になったら攻撃態勢になったとみなされる。俺はすぐには襲われないが、おまえはまずダメだろう」
「それじゃ、今までの話は……時間稼ぎだったのか?」
「すまん、俺にはおまえにヤツの特徴を教えることしかできない。パースがこいつに正面から会ったときはとりあえず会話して時間を稼ぐのが有効だって言ってたんだ。だからその間になんとか作戦を立てろって。
……会話をやめた瞬間にやつらに襲われるだろう。全裸状態で剣一本で撃退できる相手じゃない。俺がみんなを起こすまでなんとか耐えてくれ。みんなでかかれば、撃退できる。おまえもそこそこの腕前だろうから、かわすことだけに集中すれば問題ないはずだ」
エディの皮鎧は現在洗濯中だ。水球の中でぐるぐる回っている。今から取り出しても、着るのには時間がかかるのは誰の目にも明らかだ。
剣だけはすぐ手に取れる場所にあるが、防具もなしで挑むより、仲間を起こしたほうが建設的だろう。
「頼むぞ……! 絶対すぐに助けるから……!」
エディの判断は正しい。だが、それはミナミが普通の冒険者だという仮定での話だ。
「大丈夫。みんなを起こす必要はないよ。ちょっと軽くひねってくる」
「おいっ!」
エディの制止の声を振り切って、ミナミは自分から三匹の魔物の前に飛び出していった。
そいつらはどうやらミナミを獲物と定めたようだ。
ほぉ──ぅ、ほぉ──ぅと静かに鳴くと、トライアングルをつくるようにミナミを囲んでぐるぐる回りだす。
きっと隙を窺っているのだろう。ミナミがときおりちょっとフェイントをかけて動きだそうとすると、三匹同時に一瞬で距離をとる。用心深い性格らしい。
「かしこいってのは本当だな」
自分から攻めていったほうがいいだろうか。できれば襲ってきたところを返り討ちにしたいとミナミは考えていたのだが、そのほうが手間もかからずに済むと開き直る。
「おっ!」
なんて思っていたら、三匹が同時に、微妙にタイミングをずらして飛びかかってきた。想定内ではあるが、予想していたよりも早い。
「……!」
目を凝らして相手の動きをよく見る。やはり動体視力もよくなっているようで、スローモーションとは言えないが、相手の動きをみることが出来た。ちょうどドッジボールでボールをキャッチする時の感覚に似ている。
「いよっと!」
右上から放たれた一匹目の爪撃を横に動いて避ける。耳元でひゅおんと風切り音が聞こえた。
次に二匹目が首を切り落としてくるかのように放った翼撃をしゃがんでよける。あれに当たったら絶対痛いではすまないだろう。
三匹目は上から嘴でついばむように頭を狙ってきたが、転がるようにして避けた。
ガツッ!
「げ」
嘴が当たった地面が大きくえぐれている。たかが嘴だと思っていたが、威力は十分にあるようだ。
「わーぉ、ほれぼれするレベルのコンビネーション」
あわてて立ち上がり、迎撃態勢を整えた時には、すでにやつらは元の配置に戻っていた。振り出しにもどったのだ。
「じゃ、次はおれの番かな」
さて、向こうの攻撃が終わったのなら、今度はミナミの攻撃する番だろう。ゲームじゃないが、ファンタジーであるのだ。これくらいのことは許されるはずである。
今までの相手の動きはミナミにとって特別脅威になるようなものはなかった。ちゃんと体は思ったように動くし、相手の動きも見える。今の体にちゃんと慣れてきたのだろう。ちょっとしたアスリートくらいの動きだったらできる自信がある。
つまり、思う存分に戦うことができるのだ。
にやりと笑うやいなや、ミナミは右にいた一匹に一瞬で詰め寄った。もちろん、自分が出来る全速力で。避けるときとは違い自分のタイミングで動けるから、先ほどよりもスピードがある。
「そらぃ!」
風呂からあがってわずかにつやつやになった土気色の腕で、先ほどのお返しと言わんばかりに拳をふるう。アッパーカット気味になったのは、そっちのほうがカッコよかったからだ。
突然のことに不意を突かれたオウルグリフィンは、わずかに身じろぐことしか出来ず、右翼にもろに拳を喰らった。
ぐきゃっ
かなりのえぐい音がして翼が折れたのだが、相変わらずほぉ──ぅ、ほぉ──ぅと静かに鳴いている。どうやら忍耐力もかなりのものがあるらしい。
感心していたら、残り二匹から突進されたのであわてて飛び退く。
ほぉ──ぅ、ほぉ──ぅ!
仲間が攻撃を喰らったからだろうか、残りの二匹が少し鳴き声を荒げた。自分の痛みはともかく、仲間の負傷には敏感らしい。あれで結構仲間思いのようだった。ミナミの素人目から見ても、闘気が昂っているのがわかる。
今のやつも、片翼がダメになったものの戦闘不能にはなっていない。動きがぎこちなくはなったものの、まだまだやる気マンマンのようだ。
「鳴いてる暇なんてねーぞっ!」
翼が折れていないほうを狙う……と見せかけて、折れているほうにミナミは飛びかかった。弱っている奴から攻めるのは常識だ。卑怯なことではない。そのへんミナミは割とドライである。
ほぉっ!?
突然のことに、そいつは動くのが遅れた。相手の呼吸のタイミングを見て狩れ、とはじいちゃんの言葉だったが、息を吐いたときに襲うだけで相手の対応が遅れるというのがこんなにうまくいくとはミナミはまるで思ってすらいなかった。
怯むオウルグリフィンの懐に入る直前で跳躍して、空中で縦にくるっと回転する。
「砕けろっ!」
その回転の勢いでかかと落としを繰り出した。自分でも驚くぐらいの勢いだ。正直な話、足に体が引っ張られていて、完全に自分の制御下にあるとは言えない。
ごちょっ
狙った通り、頭に直撃した。砕けこそしなかったものの、鈍い手ごたえ、いや、足ごたえが伝わってくる。
おそらく頭蓋骨が陥没したんだろう。初めてのことだが、それがとどめになったことは感じ取れた。
「まずはいっぴ……き!?」
息をつく間もなく、残りの二匹が襲いかかってくる。
爪撃、爪撃、翼撃、爪撃、翼撃、嘴。
完全な不意打ちだったうえ見事なコンビネーションだったが、ミナミはそのすべてをかわした。さっきもあった攻撃だ。かわせないはずがない。
ほ──ぅ!ほ──ぅ!
「今度はなんだぁ!?」
埒が明かないと思ったんだろう。二匹そろって大きく鳴いたと思うと、おもいっきり息を吸い込むような動作をした。
これまでにない動きに、ミナミはなにか大技を仕掛けられる予感がした。
ほぅっ!
「うぉっ!」
一瞬辺りが暗くなったかと思うと、そいつらの目の前から炎が噴き出した。ミナミの目の前一杯が真っ赤に染まるくらいの量だ。轟々と赤く揺らめいている。火力も強い。
突然のことにミナミは動く暇もなく呑み込まれた。よく見てみれば、竜巻のようにミナミを中心として渦巻いていることがわかる。勢いが強すぎてちょっと離れたところにも熱風が広がっており、ミナミがしきりとしてつくった土壁がなければレイア達にも被害が出ていただろう。
普通の人間ならばひとたまりもなかっただろう。普通の人間ならば。
「魔力を喰って……使ったのか?」
揺らめく炎の中心でミナミは久しぶりに考え込んでいた。
ミナミの体はゾンビだが、肉体強化もされている。生きた心地こそしないものの、別に我慢できないほど熱くはなかったし、体が燃えるということもなかった。だからこそこうして冷静に状況を考えていられるのだ。
おそらく、風呂の下の火の魔力を喰ったのだろう。さっき一瞬暗くなったのは、光源が一時的に弱まったからだ。
「案外セコい手を使ってんのな」
タネがわかってしまえばなんら問題はない。魔法の威力そのものは怖いが、この程度なら脅威にはならない。
熱くもない燃えもしない炎なんてただの色つきの風と一緒だろう。加えて相手の攻撃パターンは出尽くしたことになる。
そう、たとえ腕に鋭い爪が喰いこんでいようと、もうミナミに不安要素は……。
「え?」
痛みはなかった。たまたま目を向けただけだった。
たくましい毛むくじゃらの腕の先にある鋭い爪が、ミナミの腕にがっちりと喰いこんでいる。
黄色と黒を混ぜたような液体がその爪の先からじわっとあふれ出ていた。
20150502 文法、形式を含めた改稿。




