13 森のうわさ
「あら、おはよう。意外と早起きなのね」
「おはようございます。フェリカさんも早いですね」
大森林の朝。早朝らしい冷えた空気が森の湿気と相まって容赦なく体を冷やしてくる。
すがすがしいと言えばすがすがしいが、普通の人にはちょっと堪えるだろう。いつの間にか火の番を変わっていたフェリカも、毛皮にくるまって焚き火に当たっていた。露出が多めの服だ、さぞや寒いのだろう。
「昨日はありがとね。エディから聞いたわ。この毛皮、あなたがかけてくれたんでしょ? とっても気持ちよかったわぁ」
「それはよかったです。こっちこそ、ずっと寝ていてすみません」
「うふふ、いいのよ。素直に甘えときなさぁい」
ふと見ればエディがパースの毛皮布団の半分を分捕って鼾をかいている。パースはローブを着ているから大丈夫だろうが、どこか忌々しげな表情をしていた。分捕られたのが気に食わなかったらしい。
あの時エディのぶんはだしていなかったっけ、とミナミはここにきて思い出した。
「こんな森の中でここまで快適に寝られるとは思わなかったわぁ。これもあなたの国の技術なの?」
「そんなところです。おれのじいちゃんが猟師をやってまして、ちいさいころからちょくちょく加工してるところを見せてくれたんですよ。んで、昨日のウルリンの毛皮で作ってみました」
ミナミの祖父は猟師だ。もちろんライセンスをもっている。田舎の奥のほうでほとんど自給自足に近い生活を送っていた。今から考えてみれば、なかなかすごいことである。
「……これあなたがここで加工したっていうの? ふふっ、パースが起きたらきっとうるさいわよぉ。あいつ、見たことないものとかに異常に反応するのよ」
「……“異常”は失礼ですよ。否定はしませんが」
「あら、起きちゃった」
寝ぼけ眼のパースが起きていた。低血圧なのだろうか。あまり元気がなさそうだ。今のミナミとどっこいどっこいの顔色をしている。
「あったかいのはこれのおかげでしたか……。状況から察するに、エディが私の分をぶんどったようですね?」
機嫌が悪いのだろう。口調は穏やかなのに、纏っている雰囲気が怖い。
「パースは朝は毎回こんなよ。エディ以外には当たらないから安心して?」
それは安心していいのだろうか。エディの自業自得といえばそれまでだが、彼の行動はミナミのせいでもある。
「歯を食いしばりなさい……」
魔法で作られた大量の水がエディの顔面にかけられた。
「ほんとのほんとにすみませんでした。そろそろ機嫌を直してくださいよ」
「うるせーやーい。パースなんてもうしるかー……へっくちゅん!」
ミナミは今、王都に向かう馬車の上で、ちょっとかわいいくしゃみをする冒険者の会話を聞いていた。
冷水で無理やり起こされたエディはすっかり拗ねてしまい、目が覚めて冷静になったパースは今回ばかりはやりすぎだったと何度も謝っている。
フェリカの話では、エディが寝起きのパースにちょっかいをだし、それに対してパースがやり返すのが毎朝の風景だそうだから特別気にすることでもないらしいのものの、原因に無関係ではないミナミは若干気まずい。
「ううっ、今の俺の気持ちをわかってくれるのはこの高く青い大空だけだよ……」
「むこうについたら、一杯奢ります」
「よしパース、【夜鷹の止まり木】な」
なんとも簡単にエディは機嫌を直してしまった。彼の気持ちをよくわかっていたのは青空ではなくパーティーメンバーのようだ。
「夜鷹って……超高級酒場じゃないですか! 大丈夫なんですかパースさん?」
「それがだいじょうぶなんですよ。エディがいったでしょ? “いいモンみっけた”って」
にやりと笑ったパースは食事のお礼と暇つぶしに、と彼らが森で見つけたものについて話してくれた。
ことの発端は『大森林に神出鬼没で出現する洞窟の中にお宝が眠っている』といううわさだった。
「あ、それ知ってる。珍しい鉱石が見つかったけど、洞窟が消えちゃってたってやつですよね?」
「そう、まさにその洞窟を捜すことが今回の僕の目的だったのですよ」
噂を聞いたパースはぜひともその消える洞窟とやらを見てみたくなった。パーティーメンバーであるエディとフェリカに一緒に行かないか相談すると、彼らは二つ返事で引き受けてくれた。
「謎の洞窟にお宝があるかもって言われたら、いかないわけにはいかないじゃなぁい?」
「俺はただ単に面白そうってだけだったんだけどな」
ともあれこうして大森林に行く準備はできた。メンバー探しの際に友人であるレイアにも打診したのだが、彼女は稼ぎを優先させたので、探索には参加せずに馬車の代金を割り勘しただけだ。
そして大森林に到着。噂になった場所にいってみるも確かにそこには何もない。周辺を調べてみたが、特に何も見当たらなかった。
だが、パースはあることに気付いたのだという。
「最初は気のせいだと思ったんですがね、よく考えてみたらあからさまにおかしいものがあったんですよ」
少し離れたところにある一本の木が枯れかかっていたのだ。
大森林の中で木が一つくらい枯れるのは別に珍しいことではない。普段から魔物同士の縄張り争いなどで傷つくことがあるから、その傷から腐って枯れてしまうのは割とよくあることだった。
だが、その木は見た限りでは傷がなかった。
「詳しく調べてみたところ、その木は根元がやられているようでした」
ここでパースは不思議な直感で確信した。この枯れた木と洞窟は関係していると。
「せっかくなので掘り起こして根元を確認しようとしてみたのですよ」
まともな道具は持ってきていなかったため、相当長い時間掘り起こすことになるかと思ったのだが、作業は意外と早く終わった。木の根元付近の一部の土がなぜか異常に柔らかかったのだ。
「根はえぐり取られていました。柔らかい土ももっと広く、深くまでありそうでした。そして──」
掘り出した土の中に、小さな光る何かがあった。そう、件の冒険者が持ち帰ったものと同じ鉱石だ。ここでパースは一つの仮説を立てる。
「おそらく、洞窟というのは地中を何かが通った跡のことだったんでしょう。どちらかというと洞穴になるのでしょうか、ともかく、えぐり取られた根を考えるとこれが一番しっくりきます」
そして、柔らかくなった土の方向を目指しつつ探索をしていたら、とうとうその洞窟を見つけたのだという。
「やはり見た目は洞窟というより洞穴でしたね。最初の方はおそらく傾斜のところに出来たのを見つけて洞窟と表現したのでしょう。それで、装備を整えてその中に入って行ったのですが……」
入口からほとんど歩かないうちに、行き止まりになっていらしい。洞穴そのものが脆く、崩れてしまっていたのだ。
ただ、収穫がないわけではなかった。
「そこにあったのがこれらです」
そういってパースは自分のバッグから大きな輝く鉱石を取り出した。うすく水色に光っていて、魔力を帯びている。鉱石のことなんてよくわからないミナミでも貴重なものであるということは理解できた。それも四つもある。
「これって……ミスリル鋼じゃないですか! こんなにたくさん!」
「前の方のはこれとは別の鉱物だったんですけどね。まさかミスリルが出るとは思ってもいませんでした」
「いやぁ、俺もこんなにでっかいのがとれるとはおもっていなかったよ」
「しかも高純度らしいわよぉ。装飾品としてはもちろん、武具につかえばすんごいモノになるわよ~」
ミスリルは希少な鉱物だ。基本的にどこでとれるかもわかっておらず、たまたま何らかの事情で地表に現れたものが数年に一度くらいのペースで見つかることがあるくらいで、滅多に流通しない。
非常に硬く加工は難しいが、ミスリルによって作られた防具はほぼ半永久的に形を保っていられるほどの耐久力を持つ。
また、魔法の触媒としても高い評価があるため、武器に組み込めばそれだけで武器の潜在能力を高めることになる。杖に組み込めば威力が上がり、剣に組み込めば魔法剣になるといった具合だ。
「これ一個売るだけで、しばらくは遊んで暮らせます。超高級酒場だろうと、一晩だけなら大丈夫ですよ。おまけにエディは、意外と早く酔い潰れますし」
「私はそんなに飲まないんだけどねぇ」
「せっかくだからみんなでいこうぜ! あそこは肴もうまいんだ!」
みんなで食べたほうが楽しいしな、と笑うエディに対し、あんたには普通の酒場のほうが似合っていると心の中でつぶやいたのはパースだけではなかった。
ちなみに、フェリカの〝そんなに”は全然そんなにではないことを今のミナミが知るはずもない。
「……ひまだな」
「ひまね……」
パースの話が終わってすることもなくなってしまった。最初こそ周りの風景を見ていたミナミだが、どこまでも続く草原を二時間以上も見ていて飽きないはずもない。
もっとこう、魔物の襲撃とかイベントがあるかと思っていたのだが、そういったことは滅多にないらしい。
御者のおじさんがプカプカふかしている煙草には魔物よけの成分も含まれているから、魔物もよほどのことがない限り襲ってこないとのこと。
そもそもこの馬車そのものに魔物除けの工夫がされているらしい。盗賊の類も、こんな辺鄙なところにはでないそうだ。当然と言えば当然だが、お仕事にならない場所には彼らも来ない。
フェリカとエディはお昼寝している。なんだかんだで二人とも夜の見張り番をやってくれたのだ。少し眠かったのかもしれない。
エディに至っては朝の冷水のせいか寝てからもずっとくしゃみをしている。ミナミがそっと毛皮布団を二人にかけてあげた。
この毛皮は結構使い勝手がいい。今度まとめて作っておこうとミナミは心のメモ帳に書き加えておいた。
一方、パースはなにやらミスリルを手に持って精神統一をしていた。毎日行っている魔法の修行らしい。
瞑想状態で体内の魔力をうまく動かすという修行なのだが、こうした空き時間にちょくちょくと修行することでパースは実力をつけていったそうだ。ミスリルが手元にある今、普段よりその効果があるかもしれないと言っていた。
しかしミナミとレイアはやることがない。昨日はたっぷりと寝られたし、馬車の上で訓練もできない。というか、あまり騒いだりすると寝ている二人を起こしてしまう。
日はまだ高いところにある。ミナミの感覚で言うならば二時ごろだろうか。野営の準備のために少し早めに止まるとしても、あと三時間ちかくはこのままだろう。
「王都に着くまでずっとこんなかんじ?」
「だいたいいつもそうねぇ。暇つぶしになるようなもの持ってくる人もいるけど、馬車の上でやれることも限られてくるし……」
この揺れる馬車の上でできることなんてそう多くはないだろう。できたとしてもトランプとかカードゲームの類だろうか。それともオカリナとかの楽器類もいけるかもしれない。
「そんなに暇だったら、あっちでやりたいこととか、その力をどう使うとか、ほしいものとか考えてみたら? 娯楽も王都にだったらたくさんあるわよ。日々の息抜きだって必要なわけだし」
「やりたいこと、ねぇ……」
仕事を頑張りすぎず、子供に囲まれていたらそれでいいような気もする。いざ自由にやりたいことをやれるといっても、ミナミは何をしていいかわからない。
テスト前は遊びたかったのに、テスト後になると意外とやることがなかったような、そんな気分だ。
それにレイアが頑張って稼いでいるのに、一人で息抜きするわけにはいかない。そんなことができるほどミナミの心はずぶとくない。
そう、何もミナミは別にめちゃくちゃ楽をしたいわけではないのだ。ただ、何もしていないというのが落ち着かないというだけである。そのうえであまりハードなこともしたくないから、こうして頭を悩ませているのである。
こう、毎日ほっとするような何かがあればそれで十分なのである。そして、そこまで考えてようやく今の自分がやりたいことに気付いた。
「……あったわ、やりたいこと。毎日やっててリラックスできたけど、こっちに来てからできていないこと」
「あら、よかったじゃない。次はそれをどうやって実現できるか考えましょう。そうしていれば時間なんてあっという間よ」
「うんにゃ、今夜やってみる。魔法で再現できるかもしれない、というかできるはず。リラックスもできて魔法の修行にもなってついでにぽかぽかで気持ちいい」
「……?」
あれが実現できればご飯以外の楽しみが出来ることとなる。結局大した時間つぶしにはならなかったが、これはミナミにとっては重要だ。
試すにしてもやっぱりご飯のあとになるだろうか。こっちのセカイにあるかどうかはわからないが、少なくとも出先の草原のど真ん中で気軽にできるものではないだろう。
魔法で実現できれば、すごいことになるかもしれない。どういう形で作っていくべきだろうかと、ミナミはすっかり設計者気取りで頭の中で構想を組み立てていく。
「くくく……っ!」
「うわぁ……」
一人でにやにやと笑っているところを、レイアとパースがおびえた目で見ていることには全く気付いていなかった。
20150501 文法、形式を含めた改稿。




