11 秘密と願い
「……簡単には信じられないけど、嘘じゃないのよね。そうでもなきゃ、あんなにたくさんのウルリンなんて倒せるわけないし……」
ミナミの話を聞き終えたレイアはまだ完全には納得できていないながらもその話が本当だということを理解した。
「はぁ……なんかどうでもよくなるくらいおいしい……」
今、レイアはオレンジジュースをちびちび飲んでいる。考えることをやめたといったほうが正しいかもしれない。眩しいくらい白いシャツも、えぐみも苦味も全くないあまぁいジュースも、ふわふわな毛皮も、異世界由来のものだといったほうが納得できるからだ。魔法で再現できるというのは実物を体験した人間だけだ。
──ふわふわで甘ければ、もうそれでよくないかしら?
しっかりしているように見えて、レイアは年相応の少女のような部分があった。
話を聞いてもらってわかったことだが、なんとこのセカイにはゾンビがいないらしい。動くガイコツも、【黄泉人】という心臓が止まった人種もいるのにだ。
もちろん黄泉人は人間として受け入れられている。不思議でちょっとタフなだけという認識だそうだ。別に忌むべきものでもない。
レイアになかなかゾンビという概念を理解してもらえなかったので、ミナミは黄泉人のすごいタイプということでゾンビを認識してもらった。
「というわけで、おれはこの森林に放り出されてさ迷ってたわけだけど、レイアはどうしてここに来たんだ? 一人じゃ大変だっただろう?」
「私は……」
ミナミの問いにどう答えるべきかレイアは悩む。実はレイアの目的はうまくいけばすぐに達成されるかもしれないのだ。ここは正直に言うべきだろうか……と、やや考えた後、彼女はゆっくりと口を開く。
「ねぇミナミ、あなたはこれからどこか行くあてはあるの?」
「いや、ないかな。とりあえず町にいってみようとは思っているけど。そこまで案内してくれるとうれしい。ダメかな?」
「……あなたは子供をかばって死んでしまったのよね? もしそのとき、子供じゃなかったらかばわなかった?」
「うーん、どうだろ? やっぱ子供だったから動けたのかもしれない。それがどうかした?」
「子供好きって認識でいいかしら?」
「うん? まぁ妹もいたし……そういうことになるかな?」
「私に一つ提案、いえお願いがあるの。聞いてくれる?」
このお願いがミナミとレイアの運命を大きく変えることになるとは、この時の二人はまだ思ってすらいなかった。
「お願い?」
「……私は、あなたがほしい」
一瞬固まってしまったのは、しょうがないことだろう。
「もちろん、それ相応の理由があるの」
レイアは身寄りのない子供を集めて世話をしている。孤児院というほどの規模ではないが、似たようなことをやっているのだ。
彼らはいろいろな理由で親がいない。レイア自身も似たようなものだったが、ある日、親切な人が彼女を助けてくれたそうだ。だから、その人と同じように自分もそういった子供たちを助けたかったそうだ。
しかし、子供の面倒を見るには金と人手が必要だ。
レイアのわがままに付き合ってくれた親友が子供の面倒を見ていてくれるし、幸いにもレイアには冒険者の才能があったため、食べるものには困らないくらいのお金は稼げているのだが、それでもかなりギリギリだ。
そこでミナミの力を借りたいということだった。
──私がここに来た理由はね、お金稼ぎのためなのよ。ここは王都からもそこまで離れていない穴場だから。出来れば日帰りが出来るくらいの距離がいいんだけど、あんまり近い場所だとそんなに稼げないし……。
──でね、私はあの子たちに不自由はさせたくないの。まだ小さいのに頼れる人がいないってだけできついのだもの。これ以上つらいめにはあわせたくないわ。でも、私一人で稼げる量にも限界があるし、私がいない間は向こうは女手だけで全部やらなきゃいけないからいろいろ心配で……。
レイアの独白をミナミは黙って聞いている。ぽつぽつと、されどしっかりすべてを語ったレイアは、最後に真正面からミナミを見据えて言い切った。
「あなたにとってなんのメリットもない話だってことはわかっている。虫のいい話だってこともわかっている。私にできることなんてほとんどない。せいぜい寝る場所と 最低限の食事を作ってあげることくらいかな。それでも……私はあなたがほしい。こんな私に力を貸してくれますか?」
レイアは嘘偽りのない、自分の本当の気持ちを打ち明けた。ここまで素直になったのは今までなかっただろうってくらいに本心を晒しだした。
正直なところ、レイアにとってミナミの力はかなり魅力的だった。だが、それを当てにして、ミナミを騙す形で協力させることはレイアの信念が許さなかった。
レイアは女であるのだから、覚悟さえあれば誘惑することだってできる。しかしそんなことで協力してもらっても、子供の面倒をみることについて積極的な人でないとダメなのだ。
彼らのうちの何人かは親から捨てられた子だ。優しくもない、わけのわからない大人の男と共同生活なんてできるわけがない。
今はともかく、あれだけの実力があるのなら、ミナミがいずれ大きな人物になることは間違いないだろうと、レイアはこの時点で確信に近い思いを抱いている。富も名誉も権力も、望めばいくらでも手に入れられるかもしれない。子供の面倒を見るだけの生活だなんて選ばない可能性のほうが大きい。
だがまぁ、断られたとしても生活は今までと変わりはないのだ。今まで通り、レイアが頑張って稼げばなんら問題はない。ゼロはゼロのままでマイナスになるわけではない。
つまり、どう転んでもレイアにとって失うものは何もない。自分でも都合がよすぎると思うくらいの暴論であり、彼女自身、断られる可能性のほうが強いと思っている。しかしそれでも、レイアは自分の純粋な気持ちを全力でぶつけた。
さて、ミナミはどう返事をするのだろうか。
「ミナミっ、こっちもやったわよっ!」
「いまやるっ!」
ミナミとレイアは《ラピッドラビット》と呼ばれる小型のウサギのような、ミナミの知っているウサギの耳が羽のようになっている魔物と戦っている。
ラピッドラビットはその可愛らしい見た目と同様におとなしい性格だ。あまり見かけることはなく、その真っ白い毛皮は傷がついてさえいなければかなりの高額で取引される。
ただし、ラピッドラビットはその名前の通り非常に素早い。運よく見つけたとしても逃げられるうえ、すばしっこく動くものだから攻撃が思わぬところに当たってしまい、せっかくの毛皮をダメにしてしまうことが多い。
それゆえにラピッドラビットのきれいな羽耳で作ったお守りは幸運のお守りとして人気がある。運が良ければ、王都の土産物屋を数軒も回れば見つけることができるだろう。それっぽい模造品も出回っているためある程度の目利きができるとなおよいはずだ。
いわゆる当たりの魔物で、解毒処理をきちんとこなせば肉は柔らかく、臭みもなくて上等なものとなる。よって、これを狩る人のほとんどは毛皮よりも肉を主な目的とすることが多いらしい。
「魔法の使い方、教えてあげる!」
きぃぃぃん、とレイアのもつ短剣から金属音のような音が聞こえると、その刃がバチバチと弾ける紫電につつまれた。うねる蛇のように雷撃が刃にまとわりつき、獲物を屠る瞬間を今か今かと待ち構えている。並のスタンガンじゃどうがんばっても真似できないだろう──と、ミナミは場違いに考えた。
レイアはいろいろな種類の魔法を使うことが出来るが、大きな攻撃力を持つ魔法は使えない。だが、小威力の魔法の扱いに関しては右に出るものがいなかった。
本人は器用貧乏よりも派手な魔法を使えたほうがよかったとぼやいているのだが、ほかの人から見ればありとあらゆる手段を構築できる彼女の才能はとてもうらやむべきものだった。
「やぁっ!」
そのままの状態でラピッドラビットに斬りかかる。斬るといってもちょっとかすらせればいいだけだ。刃が近付いた瞬間に魔物の体内に電気が流れ、小型なら一瞬で傷を付けずに戦闘不能に追い込める。
「まだまだ!」
短剣使いとしての実力も高いレイアは、この方法で次々と逃げ回るウサギたちを行動不能にしていった。
「負けてられねえな!」
対するミナミは痺れた魔物たちを次々にゾンビ化していった。気絶しているウサギに爪をちょっと突き立て、すぐさま別のウサギに襲い掛かる。それこそ誰でも出来ることではあるが、ミナミにしか出来ないことでもある。
ゾンビ化してしまえば事実上、肉も毛皮も簡単に処理できる。ゾンビの力に慣れた今なら、肉も霧散させずに取り出すことが出来るだろう。
「なかなかやるじゃない!」
「まぁな! これで子供たちへのおみやげでも買おうぜ!」
そうして十分くらいだろうか。五匹いたラピッドラビットはみな肉と毛皮になっていた。
ミナミはレイアにどう返事をするか悩んでいた。レイアの目は真剣だ。あれはどう見ても子供を守る母の目だと、そう感じざるを得ない迫力を持っている。
少しドキッとするようなセリフもあったが、ミナミの頭はかなり冷静だった。
「……」
まず、メリットを考える。
レイアはメリットのない話と言っていたが、ミナミにとってはそうでもない。衣食住は生活の基本であり、ゾンビとなった今、食以外は必要ないかもしれないが、文化的な生活を送る上でほかの二つは必要だ。ミナミは心までゾンビになったつもりはなく、理性はちゃんとある。
さて、そのうちの二つをレイアは提供してくれる。贅沢なことはできないだろうが、もともとミナミは贅沢をする主義の人ではない。贅沢をしたくなったとしても、その分自分が働けばいいだけであり、今の自分にはそれだけの力がある。
魔法だけでオレンジジュースが出せるのだ。これ以上の贅沢を望めばそれこそ罰が当たるというものだろう。
それに、どのみち宿などの寝場所の確保は必要なうえに、生きていくには働かなくてはならない。ただ無意味に働くよりも、子供たちのために働くのであればそっちのほうが何倍もいいはずだ。
どのみちこれといってやることもないのだ。むしろ生き甲斐ができたと喜ぶべきことだろう。
さらに、これが一番大事なことだが、ミナミは基本的に子供が好きだ。ガキは嫌いだが、子供は好きだ。子供の笑顔が大好きだ。
妹の面倒を見ていたこともあるだろうが、たったそれだけで子供のために命を投げ出すような真似はしないだろう。彼自身はそこまで気づいていなかったが、ミナミは自分が思っているよりもはるかに子供好きのお人よしだった。
「やっぱりダメ……かな?」
「……」
さて、ここまで考えると自ずと答えは見えてくる。ミナミにとってデメリットらしいものは何もない。しかし、メリットはいっぱいある。
可愛い子供に囲まれて、少なくとも二人の別嬪さんと一つ屋根の下で生活し、仕事から帰ってきたら子供と別嬪さんの笑顔で出迎えられる。
おいしい別嬪さんの手料理がたべられて、かわいい子供と川の字で眠る。これ以上なにを望むことがあるだろうか。まさに理想の生活ではなかろうか。
「いやむしろ……こちらこそお願いします!」
レイアの親友も別嬪さんだろうと勝手に決め付け、若干妄想を膨らませながらもミナミは返事をした。それはそれは、びっくりするくらいにいい笑顔だったという。
「……あ」
レイアは一瞬驚いた顔をした。彼女の中ではミナミは断るものだと思っていたからだ。自分の耳で聞いたことを理解し、そしてそれが現実であると認識した瞬間、目の前が明るくなった気さえした。
「ありがとうっ!」
ミナミが惚れた、花の咲いたような笑顔で抱きついた。抱きつかれる瞬間、ミナミは彼女の目の横に光るものを確かに見た。
考えてみれば彼女だってまだミナミと同じくらいの年齢だ。この先うまくやっていけるのかずっと不安だったのだろう。
「よかったぁ……本当によかったぁ……!」
頭をミナミの肩に乗せ、耳元でレイアが囁く。
「わたし、あのふかふか毛皮とオレンジジュース、あの子たちにも試してもらいたかったの。自分だけ贅沢するなんて、できないもんね……あっ」
「なんだ、もっと気づくの遅れてもよかったのに」
「ば、ばかっ!」
ようやく自分が何をしたか気づいたようだ。レイアは顔を赤らめてミナミから離れていく。やっぱり照れた顔はいいと、妙にハイテンションになったミナミは心の中で深くうなずいた。
「ともかく! これであなたと私はパートナー同士なんだからね! ぜったいぜったい、ほかの人のところになんかに行っちゃダメなんだからねっ!」
なんだか本当にプロポーズのような言葉を言われた気がするが、ミナミはあえてそこには突っ込まないことにした。
はにかみながら宣言した彼女の顔は、今までよりもずっと輝いて見えた。
ともあれ、こうしてミナミはレイアと共に王都へ行くことになったのだ。
レイアはこの大森林まで馬車できたらしい。知り合いの冒険者もここに来るということだったので、お金を出し合って借りたそうだ。
帰りもやっぱり馬車で、迎えに来るのは二日後だという。森の入口で待ち合わせをしているとのこと。
「やっぱこのウサギ、高く売れたりするの?」
「そりゃもう……! さっそく頼っちゃってなんか悪いわね」
時間は有限であり、何もしないというのはもったいない。それゆえ、少しでもお金を稼ごうとこうしてラピッドラビットを狩っていたのである。
ミナミの感覚を使えばたとえ滅多に見つからない獲物でも、比較的簡単に見つけられる。このラピッドラビットだけで、今月の生活費分はあるらしい。ちょっとお釣りがくるかもしれないそうだ。
「しっかし、狩りって楽しいなあ! やること全部、面白くってしょうがない!」
「なら、王都に行ったらもっと楽しいかもしれないわね。一応、この辺で一番栄えているところだし。それよりも……」
これからのことを考えるとミナミはどうにもワクワクが止まらない。目に映る世界のすべてに色がついたようで、ぼーっとしているのがたまらなく惜しく思えるようであった。
「オレンジジュースちょうだい?」
「はいよ」
明日からのことに思いをはせながら、レイアに要求されたオレンジジュースを出すミナミであった。
20150428 文法、形式を含めた改稿。




