着地
その瞬間はセナにとってとても長く感じられた。
今まで感じた事のない浮遊感を体感しながら、間違いなく死ぬ、セナはそう思った。
しかし二人は地上に叩きつけられる代わりに、となりのビルの屋上に着地した。
ほんの僅か先刻着地したイースはセナの受ける衝撃を和らげようとしてバランスを崩し、二人は屋上をゴロゴロと転がる。
イースはすぐに起き上がり、体についた大量の砂埃を払い落す。
大分時間が経ってから、セナも腕をついて身を起こした。
手はセナの意志に反してがくがくと震えている。
「ありえない」
セナは茫然とした表情で隣のホテルと自分が今いる場所を交互に見る。
イースはばつが悪そうな顔をする。
消防車のサイレンが聞こえ、それはだんだんとこちらに近付いてくる。
「どうなってるの?」
困惑したセナの顔から、イースは目をそらす。
そのまま立ち上がり歩きだしたイースは、屋上にただ一つ存在するドアを開けようと、取っ手をガチャガチャと鳴らす。
どうやら鍵がかかっているようだ。
イースは突然激烈な蹴りをそのドアにくらわすと、凄まじい音と共に扉が開き、ドアの鍵の部品が飛び散った。
辺りにまだ音が反響する中、イースは扉から続く階段を下りていく。
取り残されたセナは急いで立ち上がり、その後を追った。
長い長い階段を下りる間、二人はほとんど無言だった。
地上に着くと、イースはくるりとセナの方を振り向く。
「もう帰っていいよ、二度と尾行してくれるなよ」
「ちょっと待ってよ!」
そのまま行ってしまおうとするイースをセナは呼び止める。
「こんな汚い格好じゃ、タクシーも乗れない」
軽く涙ぐみセナを驚いてイースは見つめた。
確かに二人は、カジュアルな喫茶店ですら入店を拒否されるほど盛大に汚れていた。
*
*
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二人は暫く歩き、再び別のさびれたビジネスホテルに入った。
部屋に入ると、イースは部屋の隅に膝を抱えて座り込んだ。
部屋には一応ベットがあったが、イース程体が汚れていたら、休むためにセナだってそのような姿勢をとっただろう。
セナは一応その様子を気にしながらも、暫くするとシャワー室に入った。
熱いシャワーを浴び、髪が軋むシャンプーで髪を洗いながら、今日自分の身に起こった事について考えたが、まだどこか現実味が欠如していた。
再び汚れた服に不本意ながら腕を通し、壁に備え付けの吹き出し口から風が出て来るタイプのドライヤ―で髪を粗方乾かした。
セナが部屋に戻ると、イースはさっきとまったく同じ体制のまま、膝を抱えて座っていた。
「ねぇ、大丈夫?」
見かねたセナが声をかけ、イースの横にしゃがみこんだ。
イースの顔を覗き込んだセナは、イースの顔の赤さに驚いた。
俯いた頭を上げさせ、額を手の平で触ると、予想通り尋常ではない熱さだ。
セナはイースの頭の位置をそっと元に戻し、立ち上がった。
イースの荷物から財布を抜き出しドアに向かうセナに、イースが焦点の定まらない視線を投げかける。
「解熱剤買ってくるだけだよ」
どこにいくの、と聞かれた気がして、セナはそう答えた。
外に出ると、さっきより少し騒がしくなっているような気がした。
火事というネタに、報道陣や野次馬が、群がってきているのかもしれない、セナはそんな事を考えながらドラックストアに入った。
市販の解熱剤で一番強そうな物を買って、セナは部屋に帰ってきた。
出て行った時にいた場所には、イースはいなかった。
その代わりシャワー室からサー、っという音が聞こえる。
構わずセナはシャワー室のドアを開ける。
そこには、浴槽にもたれて死んだように目をつむり動かないイースがいる。
服は着たままで、すべてがシャワーに濡れている。
そばによったセナは、シャワーに触れ、思わず手を引っ込めた。
「つめたっ」
その声で目を覚ましたかのように、イースはゆっくりと目を開ける。
「熱さまし、買ってきてあげたよ」
セナはビニール袋ごと、前に突き出す。
「ありがと…」
イースは目を伏せたまま、その言葉を初めて言ったかのようなぎこちない言い方をする。
「ここ、置いとくね」
いつまでもイースが受け取らないので、セナはビニール袋を洗面台に置き、部屋に戻った。