沈黙
カイ話を、セナはただ黙って静かに聞いた。
カイが全てを話終わった後でさえも、長いこと口を開かなかった。
不思議な沈黙が続いた後、それを破ったのはカイだった。
「遅かれ早かれ、こうなる運命だったのです」
カイの静かな声に、虚ろな目付きのままセナは顔を上げる。
「セファイア……いや、イースと呼びましょう、彼女の人格には元々寿命のような物があった。イースが知っていたかどうかは分かりませんが、彼女の人格は砂で出来た城のように少しずつ崩れ去り、いつかはエリーに戻る。これは避けられない事なのです」
セナはカイの言葉が理解できないとでも言うように、顔を背けた。
「解らない……」
独り言を言うように、セナはポツリと呟いた。
「誰が何を言おうと、私にとってはイースが本物」
それだけ言い残すと、セナはそれ以上何も言わずに、面会室を後にした。
セナは拘置所を後にし、家路へとつく。
イースが消え、エリーが現れ、一週間が経過していたが、まだそこはセナにとって、“二人のマンション"だった。
鍵を開け、中へと入り、薄暗い部屋に荷物を落とすと、テーブルに手をついて、大きく息を吐いた。
それでも、心が鉛に覆われたように重たいのはどうしようもならず、少しも楽にならなかった。
セナはふいに窓際へと足を向ける。
古典的なやり方で窓を開けると、夕方と夜の狭間の薄闇の空から部屋へと、強い風が吹きこんだ。
空の深い青は今、島の全てを包み込み、その色に染め上げている。
セナもその深い青にどっぷりと染まりながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
憎かった。
イースを、勝手な理由で生み出した人間が。
再び開かれたセナの瞳には、先ほどまでは宿っていなかった黒い憎悪の炎が燃えていた。
しかし暫くしてセナはある事に気づく。
その感情は、いつも心の何処かで感じていた、馴染み深い物である事に。
(ああ、そうか)
セナは心の中で呟いた。
(私は、憎んでたんだ。私の事を勝手に作り出した、マスダ・コーポレーションの人間達を……)
気付いてしまったその事実に、更にやるせなくなったセナは、窓を静かに閉めると、重い足取りで寝室へと向かった。
そこには、イースの顔をした、エリーという名の少女がすやすやと眠っている。
起き出す気配は、ない。
一週間前、人格がとって変わられてからというもの、彼女はとてもよく眠った。
「ねえ、イース」
その小さな声は、すぐに静寂に呑み込まれる。
セナは、その疲れた小さな身体を、ベットに横たわるイースの隣に潜り込ませた。
すぐ側にあるイースの横顔を見つめる。
もう二度とあえないのだろうか。
あまりに唐突すぎて、目の前で眠るこの子がイースなくなってしまったなんて、理解がおいつかない。
「話が違うよ」
薄闇に浮かび上がる白くきれいな横顔を睨みながら、セナは噛みしめるように言った。
「せっかく自由になれたのに、私だけを置いてどっかに行っちゃうなんて」
伝えたい言葉は、今となってはイースに届かない。
押しつぶされそうな胸の痛みに耐えるように、セナは目を瞑った。
「約束が違う」
その時だった。
イースの手がそっとセナを包み込んだ。
そしてやさしく抱きしめる。
セナは鼓動が早くなるのを感じた。
「イース?」
しかしイースは目を覚まさない。
安らかな寝顔のまま、しかし手はしっかりとセナを抱きしめていた。
落胆と切なさに心を支配されながら、セナは長いことイースの顔を見つめた。
やがて部屋が完全な暗闇に包まれた頃、セナはイースの腕の中で、観念したように目をつむり、そのまま眠りについた。