イースの真実①
アメリカのオレゴン州。
その日、セントマリア病院に、一台の救急車が到着した。
人目を避けるように四方を覆われたベットが、慌ただしく集中治療室へとはこばれてゆく。
集中治療室では、製薬会社オスカーの会長が彼の妻の肩をだき、ただならぬ面持ちでベットが搬入されるのを今か今かと待っている。
車輪が軋む音とバタバタという複数人の足音が遠くから聞こえてくる。
「医療関係者以外は外に出て下さい!!」
医師の怒声と共にベットが運び混まれる。
「エリー!!」
医師が制するのを振り切り、夫婦は娘の元へと駆け寄る。
その瞬間、集中治療室に夫人の甲高い悲鳴が響き渡る。
変わり果てた娘の姿を見て、夫人はその場で即倒した。
会長は震えながらも、愛しい娘を見据える。
強引に部屋の外へと連れていかれながら、会長は娘に向かって叫んだ。
「エリー、絶対に元の体に戻してやる、絶対に元に戻すからな!」
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事の発端は、半年前、厚い雲が空を覆い尽くす日に起こった。
「エリーが誘拐された?!」
その知らせ聞いて、製薬会社オスカーの社長と社長夫人であるクラウド夫妻はその場に崩れこんだ。
「カイは何処だ?カイを呼べ!」
カイとは、エリーの身辺をたった一人で守っていたガードマンだ。
黒いボディースーツに身を包んだ体格のいい男が部屋の中に入ってきた。
しかしその顔には疲弊の色が浮かび、首を大きくうな垂れている。
「なんで・・・お前が付いていながらエリーが誘拐されたんだ!!」
クラウド氏の怒りは凄まじく、謝罪の言葉を噛みしめるように小さく繰り返すカイに、一方的に罵声を浴びせかける。
実は、カイが目を離した訳ではなかった。
常にガードマンが側にいるのに嫌気がさしたエリーが、友人と画策してカイを巻いたのであった。
その最中におこった誘拐事件であったが、そのような言い訳が通用する訳もない。
クラウド夫妻はコネと莫大な資金を投資してエリーを探した。
しかしエリーが見つかったのは、実に半年もがたってからであった。
しかも最悪な事に、犯人は、クラウド氏に深い怨念を抱く人物であったのだ。
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所変わって病院の無菌室。
エリーにまだ意識はなく、息使いは弱々しい。
ベットの傍には、セントマリア病院の院長とクラウド氏の二人だけだった。
院長が重い口を開く。
「娘さんの手足を切断しましょう、命を救う為です」
「院長!」
クラウド氏が院長にすがりつく。
「何か別の方法はないのですか?資金ならいくらでもあります」
院長はつらそうにゆっくりと首を横にふる。
クラウド氏は目頭を押さえて肩を震わせた。
その様子を見て、悩ましげな表情の院長が慎重に口を開く。
「最先端の再生医療で、娘さんの手足を再生できるかもしれません。しかし法律でまだ認可されていないので、当然違法行為となります」
クラウド氏の目が大きく見開かれる。
「法律なんてどうでもいい、その治療をエリーに!」
「おちついてください、クラウドさん、その治療には大きな問題があるのです、娘さんにとって、手足を切断されるよりつらい治療となってしまうのです」
「・・・というと?」
訝しげな表情のクラウド氏を見つめ、院長は息を整えながら話始めた。
「治療技術が高度すぎて、麻酔の技術が追いつかないのです。娘さんは治療中数年間、激しい痛みに耐えなければなりません」
クラウド氏は静かに深いため息をついた。
そして今はまだ目を覚まさない娘を見つめる。
「こんなことになって更に苦しみに耐えないといけないというのか・・・」
院長は目の下に黒い隈を作ったクラウド氏と、機械の力でなんとか命を繋いでいるぼろぼろの少女を見つめた。
院長の頭には、エリーが苦しむ事なく最先端の再生治療を受ける事ができる可能性がある、ある一つの方法が浮かんでいた。
しかしこの方法は、法律的のみならず人道的に大きな問題のある方法だ、提案する訳にはいけない、院長はそう自分に言い聞かせる。
しかし・・・院長は自問する。
クラウド氏の財力があれば、もしかしたらあの試みは現実の物となるかもしれない。
そうなれば、どんなに画期的ですばらしいか。
院長の心の中では医師としての良心と研究者としての野心が激しく闘っていた。