エリー
二人がマルサス島に来てから三ヶ月が経過していた。
今朝、割と早く目を覚ましたセナは、一人部屋の掃除をせっせと終えた所だった。
一段落ついた所で時計を見ると、もう三時だ。
イースは珍しく、まだ起きてこない。
流石にもう起こしてもいいだろう、そう考え、セナはイースを起こしに寝室に向かう。
「イース、起きて」
セナは少し乱暴に、イースの体を揺さぶる。
イースはゆっくりと夢現から現実に引き戻され、目を開けた。
まぶしそうに目を細めたまま、半身を起こす。
「もう三時だよ?どうしたの?」
セナはからかうように少し楽しげに言う。
しかし、次にイースの口から発されたのは、信じ難い言葉だった。
「あなた、誰?」
その瞬間、セナは頭が真っ白になる程衝撃を受けた。
「何言ってるの?イース」
「イース?私の名前はエリー」
目の前の少女は自分をなんとか落ち着かせようとでもするかのように、頭を抱えこむ。
「ここはどこ?なんで私こんな所にいるの?パパとママは?カイは?」
パニックになり、目に涙を浮かべた少女は、すがるような目でセナ見上げてくる。
パニックになったのは、セナも一緒だった。
身体の力が抜けそうになるのを堪えながら、長い間惚けたようにただ目の前の少女を見下ろす事しかできなかった。
+ + +
マルサス島のカンザシ拘置所。
カイはそこに留置されていた。
何もない無機質な部屋で、一人虚ろな目をしたまま壁を見つめている。
「くそっ、俺はこんな所で何をしてるんだ……」
一人そう呟いた時、遠くから靴音を鳴らしながら、看守がこちらへとやってきた。
「面会があるぞ、こい」
そうぶっきらぼうに告げる看守をカイはぼんやりと見つめた。
面会室に行くと、そこには見覚えのある顔があった。
日本で、セファイアをおびき出す為に誘拐した、少女だ。
確か名をセナといった。
だれもがその外見だけで興味を持ってしまいそうな程、かわいらしい顔だちをしていたが、今その顔は不憫に思えるほど深刻な表情を浮かべている。
それを見ただけで、カイは彼女に何が起こったのかを悟った。
カイはガラスのついたて越しに、少女の向かいに座る。
あえて口を開かず、少女が何か言うのをじっと待った。
「エリーって誰……?」
その小さな声は微かに震えていた。
「セファイア……あなたがイースと呼んでいた人物の、オリジナル…というか本物の人格です」
カイはどんな感情も込めぬよう注意しながら言った。
セナは衝撃を受け、混乱しているようだ。
答えを探すように、カイの瞳を、潤んだ大きな瞳でじっと見てくる。
「全部、知ってるんでしょ?教えて……」
カイは目の前の、打ちのめされきった少女を見つめた。
これは絶対に口外してはならない事だが、この場合は言わざるを得ないように思えた。
この少女はもう関わってしまったのだから。
「運が悪ければ、命を狙われる程の機密情報ですよ?覚悟はあるのです?」
「当たり前じゃない……」
邪道な質問だ、と思った。
カイは觀念し、一つ大きな溜息をつくと、ゆっくりと話し始めた。