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東京2044  作者: mimi
33/40

マルサス島

朝、蒸し暑さでセナは目を覚ました。


肌は汗ばんでねっとりと湿っている。


開け放された窓から外を見ると、もう日は高く登っていた。


暑い潮風が、急に部屋に吹き込み、髪の筋を顔に張り付ける。


「おはよう」


シャワーを浴びたてのイースが部屋に入ってきた。


エアコンを入れてから、部屋の窓をすべて閉める。


「昨日は開けっ放しのまま寝ちゃったねー」


そう言われ、朝方までイースと語り明かした事が思い出された。


「シャワー、浴びてきたら?」


ぼんやりとしているセナの様子を伺いながら、イースが声をかけてくる。






イースが逃亡先にマルサス島を選んだのには、幾つか理由があった。


一番重要なのは、マルサス島が完全なる自治国家であるという点だろう。


ここでは、他国の法律は一切適用されない。


殺人罪や、超一級犯罪以外の罪は、この島にいる間は法律的にはすべて帳消しにされるのだ。


一ヶ月前、このマンションに始めて来た日に、セナはイースにその事を聞かされた。


もう一ヶ月もたったのか、セナはぬるいシャワーを浴びながら、そんな事を思った。






シャワーを浴び終え、バスタオルを体に巻きつけただけの格好で部屋に戻る。


もう部屋はきんきんに冷えていて、火照った肌が急激に冷えていく。


イースは、自分で用意した遅い朝食を、テレビを見ながら頬張っている。


「うわっ、朝から刺激強いよ」


部屋を横切るセナの方を見て、冗談混じりに言う。


「着替え忘れちゃった」


「どーぞ好きなだけ忘れてね」


イースの関心はテレビからセナの方に完全に移ったようだ。


楽しそうにじろじろ見てくるイースの方に、抗議する意味を込めておもいっきりクッションを投げつけた。






この一ヶ月でセナの生活はがらりと変わった。


セナは、生まれてこのかた、こんなに気楽な毎日を送ったことはなかった。


まさしく毎日が日曜日であった。


そろそろ仕事を始めなければとは思っていたが、結局今日までずっと、当分の蓄えはあるというイースの言葉に甘えたままだった。


今日も昼前に起きた二人は、一緒に買い物に行った時以外は部屋でのんびりと過ごした。


日がくれた頃、イースが行ってみたい店がある、と言い出したので、二人は夕食を食べに外出した。


エレベーターを使わずに、二人は六階から一階まではしゃぎながら階段を駆け下りた。


夜は涼しく、風が肌に心地良い。





近くで車を捕まえ、二十分程行くと、車はとある古ぼけたバーの前で停車した。


店の上には、小さなライトをたくさん並べて、『die TaetoWieRung』と文字が書かれている。


イースにもたれかかるように腕をからませながら、セナはその看板をじっと見つめた。


「どういう意味?」


「入ってからのお楽しみ、いこっ」





中は程よく人が入っている。


二人はカウンターの一番隅に座った。


「ここ、お酒おいしいんだって」


「へえ」


セナは百種類以上の名前が書かれたアルコールメニューをしげしげと眺める。


「貸して」


素早い動作で、イースはセナの持つメニューを取り上げた。


「好きそうなの、選んであげるよ」


不満気顔のセナをからかうようにイースは笑う。





バーテンダーはセナの為に優しい色合いのカクテルを作ってくれた。


それは切なくなるほど優しい味で、ほんのりほろ苦い後味がした。


軽食も運ばれて来て、お腹いっぱいになるころには、イースが次々と頼むせいでセナは何杯も飲んでいて、すっかり酔いが回っていた。


イースも何杯も飲んでいたが、セナほど酔いは回っていなかった。


突然、なんの前触れもなく、イースはバーテンダーを手招きし、何やら素早く耳打ちした。


了解したような様子のバーテンダーは、イースを何処かへ案内しようとする。


「セナ、こっち」


セナは言われるがままに、イースの後に続いた。




部屋の奥のドアを開けると、ムードある光で照らされていた店内とは違った、暗く無機質な空間が広がる。


ガラスのショーケースが脇に並べられていて、そこには、不気味な形をした医療器着のような物が並べられている。


それを見て、浮かれ気分だったセナの表情が曇り始める。


更に奥には、手術台のような台が置かれている。


そこにスキンヘッドで全身刺青の男が座っていて、現地のやり方で二人に声をかけて来た。


イースはそれに返事をしてから、なにやら英語で話し始めた。


一段落してから、不安そうなセナの方をふり向く。


「刺青、入れてもらうんだ、セナもする?」


セナは首を大きく横にふり、拒否した。




イースはあらかじめ、絵柄を用意していた。


複雑な線が織り成す繊細なその模様は、何かのシンボルのようで、特別な意味がありそうだった。


彫り師が針を入れる度、イースは少しだけ顔をしかめる。


「一回入れたら消すの大変だよ?」


暇を持て余しながら、セナが言う。


「だからいいんだよ」


セナにはその言葉の意味がよく分からなかったが、イースは珍しく真剣だった。


「生きたって証をこの身体に刻むんだ」




二時間程で刺青は完成し、満足気なイースと共に、その日セナは家へと戻った。

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