良いアイディア
日はやがて沈み、再び夜のほとばりが訪れた。
暗い部屋に、細く月明かりがさしこむ。
竜巻が過ぎ去った後のように部屋はすべてがめちゃくちゃだ。
ベットの上で、セナはゆっくりと目を開けた。
気分は寒々しいほどすっきりしている。
しかし上半身を起こすと、部屋の有様が目に飛び込んできて、何があったかが思い起こされた。
イースはまだ部屋にいた。
ソファの上でパソコンと睨めっこをしていたが、セナが起きたのに気付き、二つ折りのそれをパタンと閉じた。
「大丈夫?」
そう言われ、セナはちくちくと痛む顔の傷に無意識に手をやる。
つるりとした感触に、そこには絆創膏が貼られている事を知る。
何も答えられないでいると、イースが続けた。
「びっくりしたよ、忍び込んだ部屋間違えたかと思った」
明るい調子でそう言われ、セナは少し腹立たしさを感じる。
「住居不法侵入してるんだから、何があったって文句は言えないでしょ」
普段通りのセナに、イースは逆に安心したようだった。
ソファからベットに移動すると、端に腰かけた。
「実は言わなくちゃいけない事があるんだ」
セナは何も言わず、顔だけを上げる。
薄闇の中かろうじで分かるイースの表情は固く、言おうとしている事が良くない事だということを知る。
「そろそろ日本を出ようと思うんだ」
「なんで?」
理由は予想がついたが、動揺したせいでその言葉が口をつく。
「追手に住んでるとこ割れちゃったし、セナが誘拐された一件もあるしね。知り合いに迷惑をかけるのは嫌だ」
セナはがっかりするような気分になる。
一人、一人と頼りが消えていく事が、見捨てられるようで、さみしくもあった。
セナの気持ちを悟ってか、イースは子供のわがままを容認する時の親のように、困ったように微笑む。
「セナがそうして欲しいなら、元気になるまで、あとちょっとだけ日本にいるよ」
しかしセナは、そうして欲しいとは言わなかった。
もっと良いアイディアを思いついたからだ。
「私も、ついて行ってもいい?」
いいアイディアと思ったのはセナだけだったのか、イースは面食らったせいで一瞬固まった。
「え、でも旅行じゃないよ?日本語通じない外国だよ?」
「大丈夫」
セナは本気である事を表わす為に、目に力を込めて戸惑うイースを見る。
それはイースに伝わったようだ。
「セナがそうしたいなら、歓迎だよ」
「やったぁ!」
何日かぶりにセナの顔に笑顔が戻った。
それを見てイースも嬉しそうだ。
「で、何処に行くの?」
「それは企業秘密」
「教えてよ!」
「やだ、教えなーい」
うだるような暑さのアフリカや、年中雪に閉ざされているような場所だったらどうしようかと、セナの頭に一抹の不安がよぎる。
しかしそれもすぐに消えた。
なぜだか、新天地ならば、どんな事でも乗り越えていけそうな気がした。