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東京2044  作者: mimi
30/40

崩壊


セナは、大きな白いキャンパスと、黒い筆と、何色かの絵の具を買って部屋に戻った。


キャンパスは、買ってみると店で見たよりも大きく、運ぶのに苦労した。


いつもと同じ自分の部屋の筈なのに、半透明の膜の外にあるように、遠くに感じられる。


セナはそれに気付かないふりをして、キャンパスの設置にかかる。




数分後、キャンパスの前に佇むセナは、髪を一つにまとめる。


絵の具はパレットに出してある。


赤と黒と青。


三色で十分なように思えた。


筆にたっぷりと水を含ませると、静かに瞳を閉じる。


心の声を聞いてみる。


怒り。


全てをぶち壊した、カズマに対する怒り。


虐げられるだけで、何ひとつ反撃する事が出来なかった自分を呪った。


ゆっくりと開かれた瞳には、普段は消してみせる事のない暗い炎が宿っていた。


しかし、セナの瞳は一瞬正気に戻る。


「小さい・・・」


巨大なキャンパスが、突然小さな紙切れのごとく感じられた。


心の声は、大きすぎて、それにはとてもおさまりそうになかった。


あるいは、長くやっていなかったせいで、方法を忘れてしまったのかもしれない。


セナは混乱する。


羽音のうるさい虫の大群が近づいてくるように、頭の中でパニックが広がってゆくのが分かった。


理性のたがが外れてゆく。


ふと顔を上げるとそこには部屋で一番大きな鏡があった。


鏡の中のセナは表情のない顔でじっとこっちを見つめている。


ふいにその頬を一筋涙が伝った。


再びセナの瞳に、暗い炎が燃え始めた。


手に持っている筆を、力の限り鏡に向かって投げつける。


音と共に、鏡に亀裂が入る。


今度は、側にあった陶器の花瓶を鏡に投げつけると、鏡は粉々に割れた。


「誰にも知られてないって思ってたから、今までやってこれたのに」


震える声でそう呟いて、側にある植木鉢を手にとる。そこにはかわいらしい観葉植物が根付いている。


「ねえ、令人、なんで知ってるの?」


植木鉢は部屋の中央のパネルに投げつけられ、砕けた。


割れたパネルの破片が飛んできて、セナの肌に切り傷を残してゆく。


「どれだけ人を傷つけたら気が済むのよ!!」


絶叫に近いその言葉は、カズマに向けられた物だった。


顔は怒りと悔しさと涙でゆがんでいる。


部屋の中にあるものを手当たりしだい破壊した。


すべて壊してしまおうと思った。


忌まわしい過去も、現在も全部。






どれだけ時間がたっただろうか。


部屋の中は戦いの女神が通り去った後のように、酷い有様だ。


しかしセナの怒りは冷める事を知らぬマグマのように、まだ脈打っている。


顔は切り傷から流れた血と涙とが混ざった物で汚れていた。


その時、ふと背後に気配を感じた。


「なんでここにいるの」


振り向かなくても、イースだと分かった。


誰にも気付かれずいつの間にかそこにいる。


そんな芸当が出来る人間は、セナの知る限りイースしかいない。


「勝手に入ってこないで!」


セナは手に持っていた物をイースに向かい思いっきり投げつける。


身をかわしてよけた為、それは後ろの壁にあたって砕けた。


「止めないから、続けて」


イースは静かにそう言った。


しかしその落ち着いた態度は、セナの怒りの炎にさらに油を注いだ。


「出ていってよ!!」


あらんばかりの剣幕で迫っても、イースは悲しそうな、さみしそうな、顔のままそこを動かない。


セナはイースを憎しみをこめて睨みつけるのをやめ、踵を返すと、つかつかと台所へと向かう。


シンクの横の引き出しを乱暴に開けると、包丁を取り出す。


「セナ?」


イースは包丁を自分の方に向けたままセナが近づいて来ても、その場を動かなかった。


それはかえってセナを落胆させる。


イースが一切動揺しない事によって、自分が無力な人間なのを再確認させられているようであったから。


セナは刃先を自分に向けた。


それを見て、即座にイースが動く。


次の瞬間、セナはイースの腕の中にいた。


「セナを傷付けるのは、許さないよ、たとえセナ自身でも」


包丁はどこか遠くへ飛ばされ、もうセナの手には握られてなかった。


イースはセナを抱きしめる手に力を込める。


「助けになりたいよ、何か出来る事はない?」


セナは温かい涙が再び目から溢れ出すのを感じた。


こんなにも泣いたのに、どこからまだ溢れ出てくるんだろう、イースの腕の温もりの中、そんな事を考えながら、セナは意識を失った。







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