会議室
「てめえは、自分がした事が分かってんのか?」
生田は、静かにそう問い詰める。
令人は感情が消えてしまったかのような、虚ろな目のまま、かすかに頷く。
「令人、お前の気持ちは分かるぜ。だけどな、人間社会の一員である限り、暴力に訴えたら負けなんだよ、おまえはそういう意味ではもう負けちまったんだ」
諭すように生田がそう言っても、令人の表情は少しも変わらなかった。
そんな事は分かってる、その表情はそう言っているようでもあった。
「生田さん・・・」
令人が突然口を開いた。
「俺は、この事は生田さんに黙ってるつもりだったんだ。だけど、セナにこの姿を見られた後、セナは生田さんに言うって聞かなかった。だから、俺は、生田さんにもし何か言ったら、セナとの縁を切るって言ったんだ」
「本気じゃねえだろ?」
令人はゆっくりと首を振る。
「俺は冗談でそんな事は言わない、セナだってそんな事分かってる。だけどあいつは、俺との関係が切れたとしても、生田さんに話す事を選んだ。つまりそれだけ生田さんを信用して、頼りにしてるって事なんだ」
「何が言いてえんだ?」
「俺は、多分、誰かに守って貰う程、価値のある人間じゃねえ。だけど、セナには幸せになって欲しいんだ。生田さん、セナに何かあったら、守ってやってよ」
生田は新しい煙草をケースから一本抜き出し、銀のライターで火をつけた。
「セナはこの事何も知らねえんだな?」
令人は小さく頷く。
「バカヤロウ」
侮辱の言葉の筈なのに、何故か令人はその言葉に優しく包まれた気がした。
「辛かったろうな・・・」
思いがけず、令人の頬を涙が伝った。
顔をふせ、手の甲でそれを拭う。
「三年前、もっと早く助け出してやれなくて、すまなかった」
令人はそんな事はない、とでも言うように、下を向いたまま小さく首を横に振った。
令人の気持ちが平常を取り戻すまで、生田はそれ以上何も言わなかった。
会議室のドアの外。
セナはドアに背中と頭をぴたりとつけ、全てを聞いていた。
その間、複雑な表情のまま、耐えるようにじっと目を瞑っていた。
話が終わったのをさとると、セナはそっとその場を離れ、誰にも見つからぬまま事務所を後にした。
帰り道、セナはあてもなく歩き続けた。
東京の町が奏でる騒がしい雑踏が、いつもより遠くに感じた。
何も知らない人達と、すれ違ってゆく。
その人達と自分が、ひどくかけ離れているように思えた。
その事に誰も気付きませんように、セナはそっと心の中で祈った。
やがて、一軒の店の前で足を止める。
シノダ画材店と書かれた看板を暫く眺めた後に中へと足を進める。
平日のせいもあってか、中は空いていた。
種類の多さに感心しながら、セナはわざと時間をかけて、キャンパスや絵の具を選んだ。