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東京2044  作者: mimi
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令人の過去①

セナは、俺ら40人の子供達の中で、完全に浮いていた。


一人だけ、別の世界に住んでるみたいだった。


その外見のせいもあってか、一人だけ人間の世界に紛れ込んだ妖精のようにも感じた。


そう思ってたのは、俺だけじゃなかったはずだ。


一人だけ違っているセナに、俺達はよくちょっかいを出した。


本人は辛かっただろう、今思うとセナには本当に悪い事をした。


だけど、表面上は意地悪してても、本当はセナの事が好きなやつは結構多かったんだ。


セナはあの外見だから、やっぱりそれは男子に多くて、成長するにつれてそういうやつはますます多くなっていった。


俺がこの間、カズマに何をしたか、その事実を言う前に、ちょっとだけ言い訳させて欲しい。


言いたくねえけど、これを言わないと、俺の気持ちを理解してもらう事は不可能だと思うから。




+++



三年前。


令人とセナは、施設を脱走した後、兄弟達の手によって、再び施設に連れ戻されていた。


二人は二畳ほどの懺悔室に入れられ、反省する事を強要された。


しかし暗く狭い部屋で、硬い壁にもたれながら令人の頭をよぎるのは、反省ではなく後悔の嵐だった。


その時、遠くから誰かがやってくる靴音がした。


令人は奇妙に思う。


夕食の時間はとっくに終わった。


食事以外の用事で、誰かがこの懺悔室に来る事はないはずだ。


令人は柵越しに通路が覗ける懺悔室の小窓から、様子を伺う。


靴音が近づいてきて、姿を現したのは、カズマだった。


「なんでここにいるんだよ、入れない筈だろ?!」


カズマは顔に薄ら笑いを浮かべ、何も答えないまま何かを取り出した。


その何かを柵の外にコトリと置くと、そのまま奥の通路に向かって行ってしまった。


「おいカズマ、何処行くんだよ!なんだよこれ!」


呼び止めようとするが、カズマは振り向かない。


カズマの靴音は、だんだんと小さくなる。


しかし、令人はある事に気付いた。


カズマの足音が、まだ聞こえてくる。


カズマが置いて行った、小さな黒い物から、コツコツと。


「スピーカー?」


だとしたら、音を拾うマイクは、カズマの体に着けられてるのかもしれない。


ジャラリと、鍵を取り出すような音が聞こえる。


次に、かチャリとドアの鍵を開ける音。


「カズマ・・・!」


セナの怯えた声が、スピーカーを通して聞こえてくる。


令人は嫌な予感に身を固くする。


「セナ、短い自由だったな」


馬鹿にしたようなカズマの声が、スピーカーから聞こえてくる。


セナの声は聞こえてこないが、令人はセナがどういう表情をしているか、手に取るように分かった。


「お前らにもう未来はない、一番重大なルールを破った事で、お前らの惨めな人生は決定してしまったんだ」


セナは何も言うつもりはないようだ。


沈黙が続く。


「今、俺だけがお前を救ってやれるぞ、セナ、俺と結婚しろ」


スピーカーから聞こえてくるその声に、令人は唖然とする。


「俺は絶対にマスダ・コーポレーションを継ぐ、お前はマスダ・コーポレーションの後継者の妻としての華やかな人生を送れる」


「いい・・・」


絞り出すようなセナの声。


今カズマの機嫌を損ねるのはマズイぞセナ、令人は心中で呟く。


「いいか、セナ、俺とお前はもう平等じゃないんだよ、権力があるものが権力のない奴を自由にするのは当然の事だろう?」


セナは帰す言葉が見つからないようだ。


スピーカーに手が届くなら、令人は怒りでスピーカーを粉々にしていたであろう。


「これは命令だよ、お前はこれから、俺の言う通りにしなきゃいけないんだ」


「やめて!こっちに来ないで!」


スピーカーから流れてくるセナの悲鳴と助けを求める声が、令人の懺悔室に木霊する。


小窓の前で、令人は震えながらただ立ちすくんでいた。


「俺は、セナが手に入れば世界一の幸せ者だ。今日それが実現する」


「お願い、いつかそういう日が来るかもしれないけど、今はまだ待って」


「駄目だ、俺は今欲しいんだ」


スピーカーから聞こえてくる言葉は、容赦なく令人の心を抉ってゆく。


大きく見開かれた目は、スピーカーから反らす事が出来ない。


嘘であってくれと祈るが、セナの泣き叫ぶ声は、いつまでたっても止んでくれない。


やがて、令人はスピーカーから目を逸らすと、懺悔室の一番奥へ進んだ。


小窓に背を向け、そこに小さく座り込み、何も聞こえないよう両手で耳を塞ぐ。


そして、肩を震わせながら、自分の無力さを責めた。






結果的に言えば、カズマのセナと結婚するという野望は達成されなかった。


生田の手により、二日後に二人は施設から助け出されたからだ。


やがて月日はたち、二人は自由を手に入れ、生まれて始めて、幸せと言える日々を送っていた。



何年もたったある日、突然、なんの前触れもなく、カズマが現れた。


セナのマンションに押しかけたカズマは、また来る、と言い残し帰って行ったが、翌日、今度はセナが避難していた令人のマンションに現れた。


帰ろうとしないカズマをなんとかセナから遠ざけようと、セナを部屋に残し、令人は一人部屋を出る。


エレベーターで一階に降りたち、中からしか開かない裏口から外に出て、令人はどこかに電話をかける。


短い電話がすんだ後、正面玄関に回り込んだ。


「なんの用だよ」


令人は後ろからカズマに声をかける。


その低く、冷たい声には、激しい憎しみが込められていた。


「おっと、本人のお出ましか」


勿体ぶった様子で、カズマが振り向く。


「俺はお前と話したくなんてないから、聞きたい事を率直に言おう。セナは何処にいるんだ?」




エンジのスーツを着こなし、偽の上品さを醸し出したカズマと、薄いムートンのコートを着た、ラフな出で立ちの令人。


軽蔑するような目付きで自分の事を見てくるカズマを、令人は何も言わず静かに睨みつける。


「なんとか言えよ、兄弟」


「カズマ、ちょっと俺に付き合え」


予想外の発言に、カズマは不快そうに眉間に皺をよせる。


「は?」


「セナを見つけ出してどうしたいのか教えてくれよ、場合によっちゃセナの居場所を教えてやる。ま、飲みにでも行こうぜ」




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