セナの過去①
小さい頃は、それが当たり前だと思っていた。
いつからだろう、不快に纏わり付く違和感を感じ始めたのは。
それでも、その違和感に立ち向かう程の力が、その頃の私にあるはずもなかった。
+++
首都圏から車で行くこと三時間。
両脇から木が覆い茂る、曲がりくねった山間の一本道を根気良く走り続けると、突如視界が開ける。
広大な荒地の中に、堂々と佇む巨大な水色の建物。
通りすがりの人達は、この建物はなんだろうかと不思議そうな目で見ていくが、これは、親をなくした子供達の為の保護施設であった。
運営は全て、マスダ・コーポレーションの社長であるマスダ・タカユキの寄付金によって賄われていた。
寄付金はすべて有効に使われ、有能な人材が雇われ、子供達にとって素晴らしい環境が整えられていた。
しかし、一年中子供達の元気な声が途切れないこの施設は、もう一つの顔を持っていた。
施設のB1からB6、それから最上階の6階は、普通の職員は出入り出来ない。
そればかりか、施設に住んでいながらその存在さえ知らない人間が大半だった。
マスダ・タカユキがある目的を持って作ったエリート養成所、それが謎の地下施設の実態で、実は児童保護施設はその隠れみのとして機能していたのだった。
地下施設にいるのは、マスダ・タカユキ本人が選りすぐった遺伝子を持つ40人の子供達である。
子供達は目の色、髪の色はそれぞれ違うが、年はみな同じで、誕生日も大体同じだ。
マスダは、彼の理想とする後継者を育てる為に、自ら考えに考えた教育プログラムを子供達全員に受けさせる事にした。
そして、子供達が育った時、最も出来の良い三人を正式に彼の子供とし、コーポレーションの未来を託す事に決めたのだった。
+++
そこは、地下とは思えない程明るかった。
部屋の天井にはガラス飾りがたくさん付いたシャンデリア、床には分厚い真紅の絨毯が敷き詰められている。
部屋の一面には、そこをほぼ覆い尽くす大きさのパネルがはめ込まれてあり、そのパネルに向かって40対のセラミックの黒い机と椅子が配置されている。
今、その机と椅子には、七歳にも満たない子供達が座り、みな静かに英語の勉強をしている。
その時、子供の一人がすっと手を挙げる。
「先生」
三人いる講師の目がその子供へと集中する。
「セナがまた、勉強せずに遊んでいます」
教室中の目がセナに向けられる。
何処からともなく、クスクスと忍び笑が聞こえてくる。
セナは顔を赤く染めながら、プリントに書いた落書きを隠す為に紙を裏返す。
「またあなたですか」
講師の一人がため息をつく。
「勉強したくない子は外に立ってなさい」
一段と大きくなる笑い声の中を、セナは決まり悪そうに教室の外へと出た。
四時、休み時間。
地下施設には、公園、と呼ばれる場所も存在した。
一段と広いその部屋の天井の全体からさんさんと光が照らされ、まるで外にいるようだ。
壁際にはずらりと木が植えられ、床には砂が敷き詰められている為、地下施設にいるとはにわかに信じ難い。
子供が喜びそうな遊具もたくさん設置されている。
白い砂がたくさん敷き詰められている砂場に、女の子達が集まって遊んでいる。
そこにセナがやってきた。
「私も一緒に遊んで」
それまで遊びに熱中していた女の子達の手が止まる。
女の子達は互いに顔を見合わせたが、一人が砂団子に手を伸ばした。
「あっちいけ、セナのバカ!」
セナに向かって砂団子が投げつけられ、命中した。
「セナといると、バカが移る!」
そう言って、女の子達は口々に砂団子をぶつける。
セナは女の子達はをひしと睨み付け、体が砂まみれになるのもよそにその場を微動だにしない。
「どうしたどうした?」
騒ぎを聞きつけ男の子達もやってきた。
先陣をきってやってきたのは令人だ。
「セナが遊びたいって言うんだけど、バカがうつるからあっちにいけっていってんの!」
「そりゃセナはバカだから、しょうがないよな」
セナはそう言う令人を今度は睨み付ける。
「なんだよ、いつも変な絵ばっかり書いてるくせに」
令人もセナを睨み返す。
「みんな行こうぜ、あっちで遊ぼう」
その言葉で、子供達は行ってしまった。
セナを一人残して。




