手合わせ
「来ないで!」
倉庫中にセナの声が響き渡る。
それでも黒尽くめの男はじりじりとセナとの距離をつめてくる。
男はいとも簡単にセナを捕まえ、どこにでもあるような縄で両腕を縛った後、黒い重りのようなものがついた紐を体に巻き付ける。
「危害を加えないって言ったじゃない」
「言いました、しかしあなたには私の命が危機的状況になった時の最後の切り札になってもらいます」
男を睨みつけていたセナは、自分からぶら下がった黒い重りのような物に目を移す。
「小型の爆弾です、動かない方が身の為ですよ」
その時、不快なサイレンのような音が倉庫の中に鳴り響いた。
「獲物が網にかかったようですね」
白い色の煙が、初めはゆっくり、やがて急激に倉庫の中に充満し、視界がきかなくなった。
イースは僅かな音さえ立てぬままドアの鍵を開け、そっと倉庫の中に踏み入れた。
温度センサー付きのゴーグルを装着し、両手にはしっかりと拳銃が握られている。
白い煙のせいで視界がまったくないにも関わらず、男はイースの方へとまっすぐ歩みを進めてゆく。
イースは男の方に向けて拳銃を構える。
「同じ手を二度もはくらいませんよ、セファイア」
男のサングラスにも温度センサーの機能がついてるようだ。
拳銃を構えたイースの方に、男は拳銃を抜きもせず、丸腰のままどんどん近づいてゆく。
乾いた銃声が一つ、倉庫に響き渡る。
イースは急所を外した場所を確実に狙ったが、何故か弾は外れた。
後ろに飛び退き、再び男と距離をとり、腑に落ちなそうな顔のまま拳銃をホルダーにしまう。
「そうです、ここでは拳銃は使えません。強力な磁場を発生させていますから、弾の軌道がずれます。言うなれば磁石の原理ですよ」
「そんな事解ってる」
「私はあまり、あなたを傷つける訳にはいきませんから」
イースがナイフを取り出すと、男もそれにならった。
「ですがあなたが憎い」
二人の距離は一瞬で縮まる。
男は人並外れた、明らかにその世界でトップクラスの動きで切りつける。
イースはそれを正確に防ぎながら、隙をみては攻撃を繰り出す。
二人の動きはそっくりだった。
早すぎるせいで、素人目には何をしているのかさえ知り得ないだろう。
攻防はなかなか決着がつかず、10分もの間、刃物が奏でる高音域の金属音が倉庫に響きわたる。
先に傷を負ったのはイースだった。
男の繰り出す刃先を寸前所でかわしきれず、腕の皮膚に浅い切り傷を負った、その時だった。
イースの体に、高圧の電流が流れる。
あまりの痛みに、ナイフを取り落とし、その場に膝をつく。
その瞬間を男が見逃す訳はなかった。
喉元にナイフを突きつけ、イースの取り落としたナイフを遠くに蹴り飛ばす。
「少しでも動いたら、刃先から再び電流が流れますよ」
ほんの僅か勝ち誇った表情になる男を、イースは睨みつける。
「やってみろよ、召使いの分際が」
男の顔がみるみると苦虫を噛み潰したようないびつな表情に染まる。
男がイースを弱らせる為に電流をお見舞いしようとした、その時だった。
男の背後でかすかに物音がした。
一瞬男の集中が途切れた瞬間をイースは待っていたかのように、腕を振り上げナイフをはたき落とす。
次いで間髪入れずに男の顎に強烈な足蹴を一発くらわせる。
男は不意の攻撃に受け身も取れず、その場で意識を失った。
イースは男の様子を確認する為に、側に座る。
気絶している事が判ると、震える手でポケットから睡眠剤を一つ取り出し、用心の為男の口に含ませた。
薄くなりつつある煙の中に、セナが立っていた。
「どうやってほどいたの?」
イースは普段通りの声が出るよう注意しながら言った。
「護身方はひと通り学校で習うから、簡単な縄抜け位だったらできる」
セナは低く震える小さな声でぼそりと言う。
ゴーグルを取ったイースに、セナは険しい表情を向け、次の言葉を今度はしっかりと口にする。
「巻き込まれたんだから、ちゃんと説明してよ。あなたは一体何者なの?」