カウンター
その頃、イースは怪しげな店のカウンターに座っていた。
店内は暗く、空気は淀んでいる。
中心のステージでは悪魔や骸骨のメイクをしたバンドがうるさいロックミュージックを奏で、客はそれに会わせて体を揺らすか、あるいは店の端で入れ墨を彫るか、あるいは薬や酒を楽しんでいる。
フードを被り腕に顎を乗せぼんやりしているイースに、カウンターの中で他の客の接客をしていた長身細身の女が近寄ってきた。
「どうしたぼんやりして、最近鬼ごっこの方は順調かい、イース?」
「あぁ、アケミちゃん、んーあんまりかな」
「お疲れじゃないか、なんかあったのかい?」
「うーん、そろそろ東京にはいられないな、って思って」
「そうか、次はどこに行くんだい?」
「ヒミツ」
「あたいも信用されてねーなー」
「信用してるよー!アケミちゃんの作ったもの食べるし」
「他の人のは食べないのかい?」
「基本的にはねー、何入ってるかわかんないし」
「ふーん、不便なもんだな」
イースはカウンターにパソコンを広げ、真剣な眼差しでそれを見ている。
「いつも何見てるんだい?」
「鬼ごっこの鬼達の居場所チェック」
「どうやって?」
「道の監視カメラの映像に、交通課のメインシステムから進入してアクセスしたり、色々ー」
「すげぇな、あたしにゃ全然わかんねぇよ」
「ここの店って監視の目を完全にすり抜けてこれるんだよ、だから犯罪者っぽい人が多いんだ、知ってた?」
「知ってる訳ないだろ、あたしゃ犯罪者じゃねーんだから」
「えへへ、そーだよねー、あれっ」
画面を見ているイースの目が急に真剣味を増す。
「セナが追手の車に乗ってる」
「セナって誰だよ」
「友達~。やばいよ、拉致られたみたい」
「鬼も頭使いやがったな、どうすんだい?」
「まいったなー、三回目だよこれ。この鬼に拉致られた子を前助けに行かないでほおっておいたら、その子行方知らずになちゃったんだよ」
「うげっ待てよ、あたいもいつか拉致られるかもしれないって事?」
「大丈夫、あけみちゃんなら助けに行ったげるから」
「うわっ、あんたと絡むのやめよ」
「薄情だなあ」
「行ってやれよ、んで鬼がいらない事できねぇように潰してこいよ、あんた強いんだろ?」
「んー、でも怖いな、こいつだって強いし、捕まりたくない」
「ま、あたしにゃ関係のねー事だ、好きにしろよ」
「うん……ほらみて、この子」
「なかなかの上玉じゃないか、イースこの店で働くようにスカウトしてくれよ」
「えー、でもお金持ちっぽかったよ」
「お嬢か」
「うん、それがこの子謎が多くてさ、養子縁組みしてる親が、ほらこれ」
イースはパソコンの画面をアケミが見やすいよう移動する。
「店の客にいそうだな、いいセンスしてやがる」
「この顔面ピアス男、弁護士なんだよ、それも未成年の人権保護とか正義のヒーローみたいな事しててさ」
「この女の子は育ちに問題ありって訳か」
「だけどどこをどんなに探しても、昔のセナについての手がかりがつかめないんだよ。まるで子供時代がなかったみたいに」
イースはパソコンの画面を見ながら、じっと何かを考えている。
アケミはその邪魔をせぬようそっとその場を離れた。
イースが重い腰をあげたのは、それから何時間もたった後だった。