兄弟
赤、緑、青、黄色、夜の街に溢れる光。
その光の上で、暗い空にぽつんと浮かぶ下弦の月は、寂しげに見える。
月に背を向けて立つイースは、軽く睨みをきかせてはいるが、しかし表情は穏やかであった。
セナがじりじりと後ずさりして窓から離れると、イースは素早い動きでくるりと踵を返した。
「待って」
セナは窓の開閉を行うボタンに手をかける。
イースは手すりにかけていた手を離す。
「いや、無事かな~と思って」
「私の身にも危険が迫ってるって事?」
「そういう訳じゃないけど、やばいやつらだからさ」
「あの黒ずくめの車に乗った黒い人たちの事?私の事見てた」
イースは急に押し黙った。
「ホテルの部屋のあの血は何?」
イースの表情がみるみる険しくなるのを見て、セナは戸惑う。
そんな中、救いの船を出すように部屋に陽気な音楽が鳴り響く。
陽気なワンフレーズが終わると、機械的な女性の声が“来客です”と告げる。
「入って」
セナはイースにそう言うと、来客の顔を映すパネルの傍へと駆け寄る。
イースは靴を脱いで部屋に上がると、もの珍しそうに部屋を観察している。
暫く観察すると、そうっと窓の開閉のボタンを押し、窓を閉めた。
セナは来客の顔を映し出すパネルの前で、魂が抜けてしまったかのように固まっている。
「どしたの?」
傍に歩み寄るイースも、パネルを覗き込む。
黒い髪をきっちりとジェルで固め、えんじ色のスーツで決めた男が、鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
険しい目で不安そうにパネルを見つめるセナを、イースは不思議そうに見る。
「よう、久しぶりだな、元気かセナ?」
パネルの中の男が、喋った。
上品な見た目とはうらに、どことなく下品な喋り方をする。
「あの野獣とはまだ上手くやってるか?なあ、セナ開けてくれよ」
男は語尾になるにつれて厭らしい言い方をする。
「開けてくれないのか?冷たいなぁ、おっとここにこんな物が」
男はわざとらしくズボンのポケットからカードキーを取り出す。
「なんだこいつ」
イースがパネルを睨みながら呟く。
「ここのマンションの管理人に、セナちゃんの兄弟だって事を証明したら、あっさり渡してくれたよ、当然だよなあ、兄弟なんだから」
男はそのカードキーでドアのロックを外し、パネルから消えた。
「セナ?」
その場で細かくがたがたと震えだしたセナに、イースが声をかける。
男がエレベーターで上がってくるだけの時間をおいて、ドアがドンドンと鳴らされ始めた。
くぐもって何を言っているか分からないが、ドアの隙間から何かを叫んでくる。
やがて暫くすると、ドアの鍵がかちり、かちりと一つずつはずされる。
しかしセナが個人的につけた鍵は外せないようで、ドアが開かないのが分かると、男は不満げにドアを蹴りつけた。
さんざんドアに八つ当たりした後、諦めた男はセナの部屋を後にした。
しかし帰り際にエントランスホールのカメラに向かって言葉を吐いた。
「またくるよ」
セナはパネルの中でにやりと笑う男を、憎悪のこもった目で激しく睨みつけた。
「どーしたんだよ、恐い顔して」
セナは先ほどからベットの上に膝をかかえて蹲っている。
「やな感じだったねー、お兄さん?弟?」
「どっちでもない」
「ふーん、そう」
イースは勝手にセナのベットに座り込む。
「そんなに、怖い怖い思ってたらどんどん怖くなるよ」
セナは、はっとしたように顔を上げた。
「頭のなかで妄想だけ膨らませて怖さの肉付けしてどうすんだよ、それより本物と戦え戦え、ぶっとばしてやれ」
イースはこぶしで何かを殴りつける真似をする。
セナの頭に血だらけのホテルの部屋が浮かんだ。
ふっとセナの表情が緩み、笑みがこぼれる。
「人がせっかくアドバイスしてやってんのになんで笑うんだよ」
「いや、この部屋をあのホテルの部屋みたく血だらけにする訳にはいかないなって思って」
一瞬イースは戸惑った表情になるのをセナは見逃さなかった。
「あれはちょっとやりすぎたけど」
セナは先ほどより大分肩の力が抜けているのを感じた。