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契約結婚と言い張る公爵と金貨に目がない聖女

契約結婚だから、夫婦なら食事は一緒に取るべきだと主張する不器用公爵と、契約なら仕方ないわねと受け入れる訳アリ聖女

作者: りったん
掲載日:2026/10/01


 ドラヴェンハート公爵夫人の朝は昼から始まる。


 まさしく怠惰。


 のそのそ起き出して、侍女にもってきてもらったパンとスープ、それにサラダをもそもそ食べる。そのあとは部屋に引きこもって本を読んだり、楽器を奏でたり自由に過ごす。


 服装も、ゆったりとしたシュミーズドレスで、見知らぬ人が見たら、公爵の愛人か、はたまた踊り子かと思うほど適当な服装だ。


 さて、そんな適当な暮らしぶりに誰かしら文句をつけそうなのだが、ドラヴェンハート公爵家の使用人はおろか、家臣の誰一人指摘しない。それどころか、公爵夫人の奔放さを許し、受け入れて、なんなら甘やかす。


 なぜなら、この公爵夫人は正式に娶ったわけではなく、お金で結んだ契約結婚なので、いつなんどき機嫌を損ねて、「契約完了」と出ていかないとも限らない。


 この美しく、猫のような公爵夫人になんとしても公爵家にとどまってもらい、いつか我らの主人を心から愛してもらいたいなあと、使用人と家臣たちは日々願い、ドラヴェンハート公爵を好きになってもらえるよう、心を砕いている。


 しかし、そんな彼らの心をバキバキに砕くのは、デリカシーをどっかに落っことしてきた公爵本人だ。


 きらめく銀髪、宝石のような青い瞳、高い鼻梁に涼しげな目元。芸術品のような美しさを持ち、人の心がないと噂される冷酷非情の公爵。


 ルファス・ドラヴェンハートだ。


 彼は、テラスでのんびりしている彼の妻のところへずかずかと近寄った。片眉を吊り上げ、鋭い眼光で睨みつける。


「シャロン。俺と君は契約結婚だ」

「知ってるわよ。なに、減額の交渉? 無理ね」

 ふっと公爵夫人……シャロンは笑う。カウチに寝そべり、ぽかぽかと暖かい日の光を楽しむ。まるで猫だ。

「……そのことで話に来たんじゃない。俺と君は……夫婦だ」

「まあ、そうね」

「契約の一つに、夫婦の義務を果たすことという条項がある」

「ないわよ」

「…………」

「契約書は隅々まで読んだもの。それにあなた、公爵夫人としての公務もしなくていいと言ったじゃない」

「……そうだったな」

「なに? やっぱり公務をしてほしいの?」

「いや……」

「別に構わないけど」

 シャロンはさらりと言って、指折り数え始める。

「ナーダリー地方には孤児院と救貧院を新設したわ。アヴィン領の産業についての調査もまとめてあるから、定例会の議題に出しておいて。根回しはしているけれど。ああ、リャシャン王国の使節団の件は明後日までに終わらせるわ」


「……だから、違う!」

 ルファスは思わず声を荒らげた。


「あらやだ。対応に何か不満なの?」

 シャロンはきょとんとした顔で尋ねる。

 公爵夫人としての公務などしなくていいと言われているが、『公爵夫人』として契約している以上、できることを放り出すのは性に合わない。


「……違う」


 今度はやや自信なさげだ。

 シャロンは首をかしげる。


「……なにかしらあなたを不快にさせたのね。お金をもらっている以上、完璧に仕上げるのが私の流儀よ。遠慮なく注文してちょうだい」


「……違うんだ」


 ぽつりと、彼はこぼす。

 うつむいて、視線を地面に落とす。

 前髪に隠されて表情がよくわからない。

 

 シャロンはじっと彼を見た。

 誇り高くて、頑固で真面目で。領民のために身を粉にして働く、若き公爵。


 その姿勢をシャロンは好ましく思っているから、困っていることがあるのなら力になってやりたい。

 シャロンはルファスが言いだすまで、じっと待った。


 ルファスは小さい声で呟く。


「夫婦なら……食事を共にするだろう」


 やっと聞こえてきたその声に、シャロンは間の抜けた声をこぼす。


「ええ?」


「……シモンも、リチャードも!! 食卓を妻とともにとっている!! 俺たちが……食事を共にしないのはおかしいだろう!!」


 護衛騎士の名前を列挙し、ルファスは真っ赤になった顔でシャロンにすごんだ。


「……え、あ」


 シャロンは眉を下げる。

 だって、シャロンはそういうものだって知らない。


 かつて、婚約者にと望まれた場所で、未来の伴侶となった男はシャロンと同じ食卓を囲まなかった。愛人たちと美食を楽しみ、シャロンに職務を全て押し付けた。


 書類を片手に固くなったパンを齧り、冷めたスープを飲んだ。

 だって、それが普通だと思ったから。


 ここにきて、温かいスープを飲み、やわらかい焼きたてのパンを食べた。毎日が泣きそうになるくらい幸せで、いつか終わりを迎えるこの関係に……一日一日を大切に生きているだけ。


「……あなたが構わないのであれば、一緒に……食べましょう?」


 シャロンの声は少し震えた。

 顔はうまく取り繕えて、いつもの傲慢さを出せたはず。


 期待してはいけない。

 だって、契約結婚なのだから。

 私はそれで十分に幸せ。


 それなのに、公爵は、少年のように明るく微笑んだ。この人の笑顔を初めて見た気がする。


「……ああ!! 食べよう。ば、場所はどこがいい? テラスでも、庭でも、ああ、外で外食するのもいいな」


 弾むような声で、ルファスは言葉を連ねた。

 その明るい声につられて、シャロンも心が弾む。


「あはは!! どこでもいいわ。あなたの方がそういうの詳しいでしょ?」


 固いパンと冷たいスープでなければなんでも。そんな答えをした日には、この人を困らせてしまいそう。


「……レ、レグラスがおすすめの店があった。帝都に出かけないか」


「帝都まで!? 馬車で二日かかるわよ!?」


 シャロンは驚いて声を上げた。


「……女性が好きそうな店は、レグラスのおすすめの店しか知らないからな」


 耳まで赤く染めた彼に、シャロンは呆気にとられる。

 けれど、シャロンのことを考えてくれたというのはとてもよくわかる。


 不器用だけど優しい人だ。


「……それは帝都に行った時の楽しみにしましょうよ。わざわざ行く必要ないわ。いつもの料理をこの屋敷で一緒に食べましょう。料理長の作るスープとパン、私はとっても好きなのよ」


「そ、それでいいのか?」


「……それがいいの。さあ、行きましょう」


 シャロンはルファスの手を取って、カウチから立ち上がる。シュミーズドレスがふわりと風に揺れ、その姿はまるで風の妖精のように見えた。


 ルファスは思わず、シャロンを後ろからぎゅっと抱きしめた。


「な、なに!? どうしたの?」


「き、君が……飛んでいきそうで」


「そんなに風は強くないわ。大丈夫よ」


 シャロンは笑う。

 けれど、ルファスは同じように笑えない。

 

 紙切れ一つ。

 それでしか、繋がっていないから。


(ずっと君に側にいて欲しいのに)

【不眠症に悩まされる女嫌いの公爵は訳アリ歌姫の声じゃないと眠れない ~追放された聖女の契約婚~】のコミカライズの電子配信が10/1より開始いたします。二人のかけあいをコミカライズでもお楽しみくださいませ。

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― 新着の感想 ―
ルファス不器用過ぎる⤵️⤵️ でもシャロンには伝わってるよね♫♪ このシリーズ好きです。2つもUPされてて感激♡
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