第13話:選択の刻――剣と弓、それぞれの道
――午前/インサイダー養成学校・訓練場
広大な訓練場に、生徒たちの列が整然と並んでいた。
昨日の稽古の痛みが、まだ腕と肩に残っている。
手のひらの皮が固くなった場所へ、薄く熱がこもった。
天井のルーンが淡く巡り、床の魔法陣が足元で静かに光を返す。
訓練服の擦れる音と浅い呼吸が重なり、足音だけが壁へ反響していた。
最前列の生徒が靴の位置を直し、足幅を広げる。
その靴音が消えたところへ――
「――よし! 今日からお前たちにユニオン・アーツ基礎を叩き込むぞ!」
響いた声が、訓練場いっぱいへ広がった。
短髪に黒ぶち眼鏡の青年が、大股で前へ歩み出る。
鍛え抜かれた体は、訓練服の上からでもはっきり分かった。
肩を回し、教壇の端へ軽く体を預ける。
「俺は今井武夫! 現役のインサイダー、ランクはDだ!」
声がやたら大きい。
だが、その勢いに引っ張られるみたいに、生徒たちの表情が少しずつ緩み始めた。
「お前たちにとっては、まだ先輩程度かもしれない。だが現場を知ってる分、実戦で通じることを教えてやれる!」
後列で何人かが背筋を伸ばし、胸の前で拳を握る。
「いいか! ここからは努力あるのみだ! 絶対できる! 頑張れ!」
今井先生は手のひらでパン、と大きく手拍子を打った。
数人が顔を上げる。
後列で、張っていた息が少し抜けた。
「インサイダーは多民族・多能力の集団だ。
連携が最優先だ。連携に最適化された武術――それがユニオン・アーツだ」
今井先生が背後の棚を親指で示す。
そこには剣と盾、銃や弓、格闘用ガントレットが整然と並んでいた。
磨かれた武器の縁が、訓練場の光を鈍く返す。
「ユニオン・ブレード。剣や盾、あるいはハンマーや棍棒みたいな近接武器を軸にした標準戦闘術だ」
視線が自然と棚の剣へ集まる。
「ユニオン・ストライク。体術と格闘具を用いる近接戦闘術」
ガントレットが揺れ、金属同士が小さく触れ合った。
「ユニオン・レンジ。銃や弓を扱う射撃術だ」
棚の奥では、長弓の弦が照明を受けて細く光っている。
「どれを選ぶかは自由だ! だが、そいつはお前たちの最初の“相棒”になる!
共に死ぬくらいの覚悟で選べ! 胸張って選べ! お前たちなら必ずやれる!」
「え、どれにしよう……」
「やっぱ剣がかっこいいだろ」
「いや、レンジの方が楽そうじゃね?」
列の隙間を縫うように、抑えた囁きが行き交う。
肩が触れ合い、意識だけが武器棚へ引き寄せられていった。
「先生! 俺、槍がいいんですけど、ないんスか!?」
最前列の男子が手を挙げ、身を乗り出す。
「ある! 槍は“ブレード系の長柄カテゴリ”で扱う! 器具棚の右、練習用スピアとランス、持っていけ!」
今井先生は笑いながら棚の反対側を指差した。
「じゃあ私は、鞭……!」
小柄な女子が、おそるおそる手を挙げる。
「鞭は扱いが難しいから注意だ! 間合いと巻き取りミスると味方ごと吹っ飛ばすぞ!」
周囲から小さな笑いが漏れた。
「ブーメランとかチャクラムって、実戦で使えます?」
後列から別の手が上がる。
「使える! “レンジ系の投擲カテゴリ”だ! 回収動線と味方線の管理が必須! 今日は安全刃を貸し出す。戻ってこない前提の二枚運用も覚えとけ!」
「詠唱を早める道具は?
詠唱加速とか増幅デバイス……杖とかアクセサリー系はユニオン・アーツとは別枠ですか?」
「ある。だが、勘違いするな」
今井先生が指先でこめかみを軽く叩いた。
「魔法は“脳内ルーン詠唱”が絶対条件だ」
前列で揺れていた武器の先が、ぴたりと止まる。
「詠唱加速や増幅は、描いたルーンの“安定化”と“出力の底上げ”を助けるだけだ」
腕が大きく振られる。
「口で唱えるな。手で描くな。装置は補助だ!」
「AMOって置いてないんですか!?」
別の男子が、思わず前へ踏み出した。
「自律魔導兵器(AMO)!」
「えっ、AMOってなんですか?」
女子の声が重なる。
「置いてない。AMOは“Autonomous Magical Ordnance”――半自律行動型の魔導兵器だ」
今井先生は教室全体を見回した。
「小型魔導核と制御機を組み合わせた兵器だが、使いこなせるのはごく一部! 訓練は高等部の特別課程か、適性審査を通った奴だけだ! ――今は素振りと基礎だ、焦るな!」
(こんなに種類があるんだ……。でも、これが現場なんだ)
「――以上! 質問は練習後にまた受ける! まずは選べ、握れ、立て!」
器具棚へ向かって、足音がいっせいに動き出した。
「俺はブレードだ!」
凱が真っ先に声を上げ、大剣を片手で担ぐ。
肩へ載せた瞬間、刃がかすかに鳴った。
重心がすっと落ちる。
「……俺も、ブレードを」
彰も迷わず剣へ手を伸ばした。
柄を握った瞬間、自然と指へ力が入る。
「私はレンジ!」
陽菜は笑顔で弓を抱え、弦を軽く引いて感触を確かめた。
「へえ、虹咲さんレンジか!」
「龍胆くん、剣なの? ……家、拳の道場じゃなかったっけ?」
近くの生徒たちが、興味深そうに振り返る。
彰の肩がわずかに強張った。
凱がすぐ口角を上げ、肘で彰の肩を軽くつつく。
「陽菜、お前、鞭にするんじゃなかったっけ?」
彰も吹き出しそうになりながら続ける。
「そう言ってたな」
陽菜はむっと頬をふくらませ、弓を抱え直した。
「しつこいよ! ……じゃあ、鞭で叩いてもいいの?」
「うわっ、マジかよ!?」
「じょ、冗談だって!」
凱と彰が同時に声を上げ、周囲から短い笑い声が漏れる。
陽菜は二人をにらむように見たあと――
耐えきれなくなったみたいに吹き出した。
「冗談だよ。でも……今度言ったら……」
弓を抱えたまま、じりっと半歩だけ近づく。
照れ隠しみたいに唇を尖らせる。
「ほんとに撃つからね?」
「こわっ!?」
「やめろって!」
二人の声が重なり、周囲の笑い声がさらに広がった。
そのタイミングで――
今井先生がパン、と手を叩く。
「よし、武器を選んだな! そのまま実技に入るぞ!」
笑い声が引き、床を踏み直す音が重なった。
「ユニオン・ブレード選んだ生徒は、前へ!」
今井先生の声に背を押され、彰は剣を構える。
足裏をすり足で滑らせ、床の感触を確かめた。
腰を落とし、肩幅に足を開く。
剣先を揺らさない――それが基本。
振り下ろす。
軌道はなぞれる。
だが、どこか噛み合わない。
踏み込みが遅れる。
「龍胆、その構えは綺麗だ! だがな――戦場じゃ通用しないぞ! 修正だ、もっと腰を落とせ!」
「……っ!」
周囲がわずかにざわつく。
「え、今のダメなのか……?」
「めっちゃ綺麗に見えたけど」
脳裏に、心体育成流の型が浮かぶ。
重心は中心。
動きは水のように滑らかに――
足裏へ残るいつもの感覚に、今井先生の言葉がぶつかる。
息が鼻先で詰まり、視線がわずかに上へ逃げた。
天井のルーンが淡く滲む。
生徒たちの囁きが、背中へ刺さる。
(……なんでだ?)
もう一度、振り下ろす。
形は崩れていない。
それでも、踏み込みと剣筋が噛み合わず、内側で乾いた軋みだけが残った。
(……大丈夫だ。練習すればいい)
隣では、凱の大剣が低い唸りを上げている。
重いはずの刃が、まったくぶれない。
「アキ、腰が浮いてんぞ!」
「分かってる!」
彰は声を返しながら、膝を外へ割って姿勢を絞った。
その横で、凱が大剣を振り抜く。
踏み込みから重心移動、振り切った後の残心まで、全部が噛み合っていた。
今井先生が思わず口角を上げる。
「獅子堂、いいな! 踏み込みも腰も安定してる! 手本みたいな動きだ!」
「っしゃ!」
凱が笑いながら剣を振り抜く。
彰は横目でその動きを追った。
踏み込んでも、自分の剣先はわずかに揺れる。
石床へ返る衝撃も鈍い。
それでも歯を食いしばり、踏み足で床を鳴らし、残心を取った。
「そうだ! その気持ちだ龍胆! 諦めるな!」
今井先生が胸の前で手を固め、力強くうなずいてみせる。
「次、レンジ班!」
陽菜は弓を構えた。
両肘を締め、足幅を整える。
弦へ指をかけ、ゆっくり引き絞った。
呼吸が少し浅い。
放たれた光矢が、的の横をかすめる。
「あっ……!」
陽菜の肩がびくりと揺れた。
「虹咲! 肩に力が入りすぎてる! もっと流れで撃て!」
今井先生の声が飛ぶ。
「は、はい!」
陽菜は慌てて構え直した。
弓を握る指へ余計に力が入り、呼吸の間まで少し乱れる。
もう一度、弓を構える。
足幅や肘の高さ、弦を引く感覚を確かめながら、さっき言われた動きを一つずつなぞっていく。
ゆっくり息を吸う。
引き絞る。
――放つ。
二射目。
今度は的の端を掠めた。
「おっ、惜しい!」
「修正早くね?」
周囲がざわつく。
陽菜は目を瞬かせ、そのままもう一度だけ弓を構えた。
今度は呼吸を落とし、肩の力を抜く。
張った弦が、静かに震える。
――放つ。
光矢が、的の中心近くを正確に貫いた。
「おおっ!」
「すげぇ……!」
「もう当てた!?」
あちこちでどよめきが広がる。
陽菜は目を丸くしたあと、小さく息を漏らした。
「……や、やった」
口元へ指を当て、こくこくとうなずく。
「よくやった虹咲! 今の修正、かなりいいぞ!」
今井先生が笑いながら大きくうなずいた。
陽菜は照れたように弓を下ろす。
周囲では、他のレンジ班の生徒たちも次々に矢を放ち始めていた。
的へ当たる音や外れる音に、歓声と悔しそうな声が入り混じる。
「くっそ、全然当たんねぇ!」
「うわ、また曲がった!」
そんな声の中で、陽菜は何度も呼吸を整えながら弓を引いていた。
もう、さっきみたいな力みはない。
放たれた光矢が、続けて的を掠めていく。
彰はその横顔を見つめた。
初めて触ったはずなのに。
もう感覚を掴み始めている。
(……すごいな)
視線の先では、凱が大剣を軽々と振り抜いていた。
模擬戦の時も感じた。
踏み込みも重心移動も、自分とは違ってまるで噛み合っている。
振り抜いたあとも軸がぶれない。
凱は楽しそうに笑いながら、次の動きへ繋げていく。
彰は剣の柄を握り直し、汗で湿った革の感触を確かめた。
打ち込みの音が、しばらく訓練場に重なった。
やがて、今井先生が全員を見渡す。
名簿を閉じ、端末の画面を落とした。
「初日で完璧にできる者なんていない。だが、ここから先に積み上げるか崩すかはお前たち次第だ!
努力は嘘をつかない。だが、積み上げたものを崩すのもまた――自分自身だ!」
「……なるほどな」
「やっぱ厳しいな」
「でも、ちょっと分かってきた気がする」
あちこちで肩を回す音や、靴紐を結び直す気配が重なる。
彰は剣の柄を、無意識に訓練服のズボンへ何度もこすりつけていた。
拭っても、指先はまた同じ場所へ戻る。
(このままじゃ……届かない)
一度だけ剣の柄から手を離す。
汗で湿った掌へ、冷たい空気が触れた。
凱も。
陽菜も。
その背中だけが、さっきより少し遠く見えた。
彰は額の汗を拭う。
柄の革がわずかに滑り、握りが半寸ぶんずれる。
(……置いていかれたくない)
「……努力だ……」
かすれた声が漏れる。
彰はもう一度、剣の柄を強く握り直した。




