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憧れだった、普通の放課後ー「アオハルな恋とウラらかな復讐」番外編ー

作者: 春野ひなた
掲載日:2026/06/02

『アオハルな恋とウラらかな復讐』の番外編です。

文化祭前日の、麗とイケメン双子の放課後を描きました。

本編では書けなかった、憧れの普通の高校生活を送っている麗の青春の一ページです。


※本編未読でもお楽しみいただけます。

 「女装・男装喫茶」の看板が、窓から差し込む夕陽に照らされる。

 喫茶店のように飾り付けられた教室の中央で、クラスメイトに囲まれた委員長が拳を突き上げた。


「みんな、明日はいよいよ文化祭だ。頑張ろう!」

「おーっ!」

 

クラスメイトたちもやる気に満ちた表情で声を張り上げた。

 1カ月。みんなで作り上げてきた喫茶店。男装で接客は恥ずかしいけど、みんなのために頑張らないと。

 それと……。


「鹿島君たち、長宮さんはステージ頑張って!」


委員長が期待に満ちた顔でプレッシャーをかけてくる。

 普通で平凡な高校生活を送りたかっただけなのに、葵と晴の父親と理事長のせいで、私までステージに上がることに……。

 言い合いをしながらも、寝不足になりながらも、なんとか準備は整った。

 きっと、上手くいく、はず。


「アオさま、ハルさま、応援してるね!」

「長宮さんも頑張ってね」


次々と声をかけて教室を出ていくクラスメイトたち。


「あ、うん。ありがとう」


麗はぎこちなく笑って、手を振った。

 入学初日から最恐最悪の双子のせいで、憧れていた普通の青春が壊された。

 でも、文化祭のおかげで、少しだけクラスに馴染めた気がする。

 

「レイ。ステージ楽しみにしてるよ。また明日」


手を振る恵に、麗は静かに微笑んで手を振り返した。


「うん。バイバイ」


メグはもう、放課後一緒に帰ろうと誘ってくることはなくなった。

 クラスメイト以上、友達未満。それでいい。その距離がちょうど良い。

 

 壁に掛けられた鏡に目を向ける。自分の薄茶色の瞳が、こちらを見つめている。

 ——父親に似た瞳。

 私の人生を壊した元凶。

 胸の奥に閉じ込めた黒い影が、顔を覗かせようとする。

 ……隠さなきゃ。

 前髪を留めているヘアピンを取って、ポケットにしまう。

 重たくて長い前髪が目を覆う。

 

 明日は、この瞳をさらけ出す。

 みんなの期待に応えるために。


 でも……。


 ちゃんとできるかな。

 セリフとんだらどうしよう。

 せっかく頑張ってきたことが台無しになっちゃう。

 みんなに失望されるかも。

 すぐ帰ってセリフの確認しなきゃ。

 

 はやる気持ちが血管の中を全力疾走で駆け抜ける。

 麗は鞄の持ち手をぎゅっと握り締めた。

 その手は微かに震える。そこに、晴が自分の手を重ねてきた。

 

「麗ちゃん、準備頑張ったね。ご褒美に、僕とデートしよう」

「嫌。したくない」


晴の手をどかして眉をひそめる。手の震えは自ずと止まった。


「えー、即答? カラオケ、ボウリング、ゲーセンがある所で遊ぼうと思ってたんだけど。クレープ屋もあるらしいよ。制服で遊びにい行って、クレープ食べるの、憧れだったんじゃない?」


本心を見透かすような晴の艶やかな瞳。麗はビクッと肩を震わせた。

 

 正直、行ってみたい。

 まさしく憧れていた普通の青春っぽい放課後そのもの。

 友達じゃなくて、晴っていうのは嫌だけど。


「帰るぞ」


葵が強引に手を引っ張る。


「ちょっと、待ってよ」


麗が葵の手を振り払おうとしたが、びくともしない。


「麗ちゃんは僕とデートするんだから、アオはひとりで帰って」


麗の手を引き、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「はあ? こいつは俺のモノだ」

「僕のモノでもあるでしょ」


また始まった。6年前から変わらない。いつまでたっても私は”モノ”。


「3人で行こうよ」


呆れ顔で言うと、葵はしかめっ面をして、晴はにんまりほくそ笑んだ。


「しかたねえな。そんなに行きたいならついてってやる」


別に頼んでないし。上から目線の言い方は昔から変わらない。ほんと、暴君。


「アオは邪魔だけど、麗ちゃんがそう言うなら仕方ないか」


晴は肩をすくめ、葵の隣に並んで歩き出す。

 6年前からいつも私の行く手を阻む2人の背中。

 下僕扱いでこき使われてきたし、信頼を裏切られて傷つけられてきた。いつか復讐してやる。そう思っているのに。

 どうして、安心しちゃうの……。

 

 

 葵と晴の後についていくと駅前の繁華街に入っていく。様々な制服姿の同年代が行き交う。お揃いのキーホルダーを鞄につけた女子たちが、クレープやフローズンドリンクを片手に笑い合いながらすれ違う。


 まさに憧れの普通の高校生。

 私もいつか、あんなふうに友達とできたらいいな。


 女子たちは葵と晴にちらちらと目線を送り、頬を染めている。

 葵と晴は女子たちには目もくれず、人混みの中をすいすい進んでいく。


「ここだよ」


晴が足を止めた先には、5階建てのアミューズメント施設がそびえ立っていた。1階はゲームセンターで、2階から上の窓には、カラオケとボウリングの文字が目立っている。

 開放的な入口から中に入ると、外まで響く大きなBGMに圧倒される。大量のクレーンゲーム機が所狭しと置かれている。奥にはリズムゲームやシューティングゲーム、プリクラの台もある。 


 こんなところに友達と来てみたかった。

 おそろいのぬいぐるみをクレーンゲームでゲットして、プリクラ撮って、クレープ食べながら帰る。 恋バナしたり、勉強とか家族の愚痴を言って盛り上がれたら楽しいだろうな。 


 麗の目にはどれもがキラキラと輝いて見える。

 もっとよく見ようと、ヘアピンで前髪を上げて目を凝らす。

 すれ違う他校の制服を着た男子たちが、麗に目を留めてにやけた顔をする。葵は咄嗟に、麗を背中に隠すように立ち塞がり、晴がヘアピンを奪った。

 麗の視界は再び前髪に覆われた。


「返してよ」

「だーめ。これは没収」


晴は口角を上げ、自分のポケットにしまった。


 ひどい! 私のなのに! 


 地団駄を踏んで晴を睨むが、飄々とした笑顔でさらりとかわされた。


「カラオケとボウリング対決して、ビリの人がクレープおごるっていうのどう?」

「俺はやらねえ」

「自信ないんだ。アオは音楽の成績悪いもんね」

「悪くねえよ!」

「へえ。なら、カラオケの採点で実力見せてよ」

「……1曲だけだからな」


さすが晴。葵の扱いを熟知している。乗せられやすい単純脳細胞なんだから。


「麗ちゃんもやるよね? やらないとおごり決定ね」

「……選ぶ権利ないじゃん。何もしないでおごりたくない」

「じゃあ、お手並み拝見。楽しみにしてるね」


これが求めていた青春なんでしょと言わんばかりの、見透かしたような笑み。

 認めたくないけど、その通り。

 癪に障る。

 でも、頬が緩む。

 カラオケもボウリングもやったことないけど、聞こえてくる声は楽しそうに弾んでいる。

 この空間にいるだけでも、小さな夢が叶ったみたいで心が躍る。

 目の前にいる葵と晴も、いつもとは違って普通の高校生に見える。

 

 ――はずなのに。

 

 聞き慣れない晴の透き通った歌声が、耳について離れない。

 ストライクをとる度に小さくガッツポーズする葵のドヤ顔から、目が離せない。


 心臓がきゅっと締め付けられるのはどうして……。

 浮かれすぎておかしくなったのかな。

 あの2人がちょっと眩しく見える。

 

「麗ちゃん、好きなの選んで」


クレープ屋の前で、晴がメニューを見せてきた。


「うわぁ……!」


イチゴ、バナナ、チョコ、キャラメルの甘いものから、ツナサラダ、タコス、フランクフルトのしょっぱいものまで、何種類ものクレープがある。全部がキラキラして見える。


「どっちも2位だったくせに、喜んでじゃねえよ」


葵が鼻で笑って、麗の頭を小突いた。


「いいじゃん。カラオケはアオが最下位、ボウリングはハルが最下位だったんだから。2人からおごってもらえるんだよ。喜んで当然でしょ」

「麗ちゃんって、案外何やっても”普通”だよね」


満面の笑みで晴が嫌味を言ってくる。

 誉め言葉じゃないことは分かっているけど、”普通”は私にとって特別な言葉。全然、悪い気がしない。


「にやけてないでとっとと決めろよ」

「にやけてないよ」


葵に言われて頬に手を当てると、小さなえくぼができていた。


「麗ちゃんが好きそうなの買ってきてあげるよ」

「待って!」

 

晴にメニューを奪われそうになり、麗は慌てて避けた。


「自分で選びたい」


せっかく選ぶ権利があるんだから。誰かに決められるのはもう嫌。自分のことは自分で決める。

 とはいえ、こんなにあると迷う。目移りして全然決められない。


「全部食べたい!」

「はあ? 食べきれねえだろ」

「欲張りだねえ」

「だって、どれもおいしそうだから」


呆れ顔の2人から目を逸らす。


「全部乗せ、あるよ」


クレープ屋の店主が声をかけてくれ、麗は目を輝かせた。


「それ、お願いします!」

「あいよ」


手際よく作ってもらった全部乗せには、甘いのもしょっぱいのもてんこ盛りで、ずっしりと重い。


「すごい! 見てみて。本当に全部のってる!」

「うわあ。ひくほどすごいね」

「うまいのか、これ?」

「おいしいよ。食べる?」


ついテンションが上がって差し出してしまった。


「いいの? いただきまーす」

「味見してやるか」

 

晴は甘い方を、葵はしょっぱい方を、遠慮なく大きな一口でかじりついた。一気に半分がなくなってしまった。


「食べすぎ!」

「まあまあだね」

「腹の足しにもならねえな」

「あげなきゃよかった……」


肩を落として項垂れる麗の前を、大きなくまのぬいぐるみを抱えた親子が通り過ぎていった。目の前にあるクレーンゲームの景品のようだ。

 私もぬいぐるみとってもらったな。全然取れないのに必死になって。取れた時はすっごく嬉しかった。

 あのぬいぐるみは、喫茶店と一緒に置いてきた。楽しい思い出は全部、過去のもの。


「あれ、欲しいのか?」


くまのぬいぐるみが積まれているクレーンゲーム機を、葵が指さした。


「……とってくれるの?」


葵は返事をしないでクレーンゲームを操作し始めた。

 あのアオが、私のために? まさか、ね。


「くそっ。全然とれねえ」


何回やっても、掴んでは落ちてしまう。だんだん苛立ってきて、クレーンゲームに殴りかからないか心配になる。


「僕にもやらせて」

 

晴もやってみるが、全然とれる気配がない。


「もういいよ。すっごく欲しいってわけじゃないし」

「ここまで課金してやめられるかよ」

「あと少しでとれるはず。……とれなかったら、ネガティブな口コミ投稿するから」


不敵な笑みを浮かべる晴の目が細くなる。

 これは本気だ。これ以上止めても無意味。

 葵も躍起になって、鬼の形相でレバーを慎重に操作している。


「アオ、もう少し右」

「ここか? いきすぎてねえか?」

「いきすぎだよ。下手くそ」

「うるせえな。おまえだってとれねえだろ」

「アオだってとれてないじゃん」


言い合いながらも、葵と晴はガラスに顔を近づけて、真剣な顔でぬいぐるみを睨んでいる。

 肩を寄せ合う2人の背中が、あの頃の自分と父親と重なる。

 他愛もない光景なのに、胸の奥がじんわり温かくなる。


「ふふっ」


自然と笑みがこぼれる。


「とれた!」

「やった!」


葵と晴が同時に声を上げ、ぬいぐるみを麗の前に突き出した。


「すごい! 2人ともありがとう」


ふわふわのぬいぐるみに頬を寄せる。懐かしさが込み上げ、嬉しさと切なさが混ざり合う。それでも麗の顔には、柔らかい笑みが満ちる。

 葵と晴は、一瞬目を瞠る。


「そんなに嬉しいかよ。ガキか」


口調は乱暴だが、葵の瞳の奥は淡く揺れる。


「麗ちゃんは笑顔も似合うよね。……でも、泣き顔の方が好みだけど」


晴が耳元で囁く。

 麗の背筋がぞわりと粟立つ。ぬいぐるみを抱きしめる手に力が入る。一歩後ずさると、葵にぶつかった。


「何してんだよ。帰るぞ」


葵に腕を引っ張られる。


「置いてかないでよ」

 

もう片方の腕を晴に掴まれる。横並びで歩く違和感と、両腕から伝わる熱のせいか、麗の心臓は落ち着かない。


「帰ったらステージの練習する?」

「めんどくせえ」

 

晴に問いかけられ、葵は眉をひそめた。


「やろうよ。ここまで頑張ったんだから、失敗したくない。喫茶店もステージも成功させよう!」


風が吹いて麗の前髪が煽られる。やる気に溢れた麗の薄茶色の瞳に、街路灯の光が反射して煌めく。


「しょうがねえな。付き合ってやるか」


葵が肩をすくめる。

 

「文化祭、何も起きないといいけど」


口角を上げる晴が、小さく呟いた。

 

 憧れていた”普通”の高校生活に、指先が触れる。

 もう少しで手に入りそう。

 文化祭が成功すれば、きっと私もクラスの中に、学園の中に溶け込める。

 

 ――忘れてないよね?


 胸の奥の深い闇から、影が揺らめく。

 復讐を誓う私の本心が、静かに微笑む。

 

 この時、私はまだ知らなかった。

 復讐の先にある深淵の闇が、すぐそこまで来ているということを――。

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