第2話 秘密と、スランプと
放課後。
教室には、まだ熱がこもっている。
しかし、今――俺はとんでもない秘密を知っている。
隣の席の、地味な女子。
笠井夏羽。
その正体が、
俺の推しのバーチャル声優――灰崎龍斗だということを。
「……せ、瀬能くん……」
放課後の教室で、夏羽が小さく声をかけてきた。
「……昨日の……こと……」
「……ああ」
ふたり同時に、視線をそらす。
◆◆◆◆
学校の裏手。
自販機が並ぶ、日陰のベンチ。
夏羽は、リュックをぎゅっと抱えて座っている。
「……その……」
いつものボソボソ声。
「……ほんとに……誰にも……言わない……?」
「言わないって。約束しただろ」
「……うん……」
ほっとしたように、肩の力が抜ける。
「……ありがとう……瀬能くん……」
沈黙。
蝉の声だけが、やたらとうるさい。
「……あの……」
夏羽が、意を決したように顔を上げた。
「……実は……最近……」
「……最近?」
「……声が……出なくて……」
「出なくて?」
「……灰崎の声……前みたいに……うまく……」
メガネの奥の目が、揺れる。
「……ファンの人……期待してるのに……」
「……それで……練習してたのか」
カラオケで。
「……うん……」
夏羽は、小さくうなずいた。
「……怖い……」
「……?」
「……もし……声……ダメになったら……
わたし……ただの……地味な……女子で……」
胸の奥が、少し痛んだ。
「……笠井」
思わず、名字で呼ぶ。
「……それ、地味とかじゃなくないか」
「……え……?」
「灰崎龍斗やってる時のお前、
めちゃくちゃ堂々としてるじゃん」
「……そ、そう……?」
「少なくとも、俺の推しだし」
言ってから気づく。
「……あ」
「…………」
夏羽の顔が、真っ赤になった。
「……お、推し……」
「……あ」
沈黙。
「……そ、それ……」
夏羽は、口元を押さえる。
「……嬉しい……」
消え入りそうな声。
◆◆◆◆
「……あの……瀬能くん……」
「……ん?」
「……その……
スランプ……治すために……」
「……?」
「……一緒に……外……行ってほしい……」
「……外?」
「……人の声……聞いたり……
景色……見たり……」
「……それ、デートじゃ」
「……ち、違う……!」
即否定。
「……れ、練習……!」
「……練習、ね」
夏羽は、うなずく。
「……お願い……」
俺は、少し考えてから答えた。
「……わかった」
「……ほんと……?」
「ああ」
夏羽の表情が、ぱっと明るくなる。
「……ありがとう……瀬能くん……」
その声は、
少しだけ――
灰崎龍斗に似ていた。
◆◆◆◆
その夜。
「兄ちゃん、今日どうしたの?」
妹の千雪が、アイスを食べながら言う。
「顔、にやけてる」
「にやけてない」
「ウソ。
どうせ、灰崎龍斗の新配信でしょ?」
「……違う」
「じゃあなに?」
俺は、黙る。
(言えるわけない)
「兄ちゃん、女子に興味ないよね〜」
「……ほっとけ」
「彼女、つくりなよ」
「……うるさい」
だけど――
頭に浮かぶのは、
ボソボソ声の、あの女子だった。
◆◆◆◆
翌日。
「……放課後……駅前……」
夏羽が、メモを差し出してくる。
「……この時間……」
「……わかった」
手が、少し触れた。
「……っ」
「……っ」
ふたり同時に、引っ込める。
気まずい。
でも――
どこか、くすぐったい。
隣の席の、地味な女子。
その正体は、
イケメンバーチャル声優。
そして今、
俺は――
彼女のスランプを、一緒に直す役目になった。
ただのクラスメイトだったはずなのに。
七月の空は、やけに眩しかった。




