5.女神を掘るお仕事
カーン、コーン、ガンガンガン、と、頭上では様々な音がしている。
地上と云うか――海に作った足場から聞くぶんには、軽やかなBGMだ。
音が出ているのは、海上から百三十メートルほど上。
採掘時は、船で外部からの無線と衛星ラジオとをチェックしているやつがひとり、下で荷物の受けとりをするのが四人、女神にとりついて採掘作業をしているのが五人だ。
上にいるやつらは全員が無線を持っている。ヘッドセットタイプで、手を使わずとも会話ができた。両耳タイプなのは、耳を保護する意味もある。採掘音がうるさいし。寒いし。
『副長ー! 発見しましたー!』
「うるさい。報告は詳細にしろ。見つかったのはなんだ、ハロルド」
俺は、いまの時間は下にいた。荷物の受けとり係兼、なにかあったときに飛行機を動かす係だ。下の足場にいる四人のうち、無線を持っているのは船にいるやつと、もうひとりだけだった。全員ぶんを用意するのは、金がない以上に、売られている品物がない。
もともと女神の肩だったあたりにいるハロルドは、楽しげな声で返した。《採掘師》にとって、「発見」は楽しいもんだ。見慣れないものや、有用なものなら、なおさら。
『たぶん鋼か、それに類する金属の板。二メートル四方、厚さは五センチくらい。これ、俺ひとりじゃ無理っすね。ぜったい重い』
ハロルドは、俺とたいして年齢が変わらなかった。《採掘師》になってからの年月も近い。世間的には若いが、《採掘師》としては中堅と云っていい。歳をとったら、やっていけない仕事だ。
ノリが軽いが、ハロルドの腕や目利きについては、信用している。「ひとりで行ける」と無理をしないのは、たいへん正しい行為だ。無理をすると、簡単に死ぬからな。
自身よりも大きい金属だ。掘り出すのも時間がかかるし、運搬にも困る。
掘ると云っても、塩をすべて外したりはしない。発見したブツの周囲に、厚く岩塩をまとわせたままにしておく。なにか毒物がないとも限らないし、まず鋼の板なんて、不用意に触れたら怪我をしかねない。《採掘師》と荷とを守る、クッションの意味もあるのだ。
「いちばん近いのはキースか。キース、横に移動は可能か?」
『右肩側ですね、行きます。ザイルがひっかかるかもしれないので、いったん上にあがります』
「了解。気をつけてくれ」
キースがいたのは右の鎖骨の下あたり。女神に鎖骨があるのかは知らないが、位置的に。骨はたぶんないと思うんだがな。
女神は高さだけでなく横幅もあるので、隣で作業しているやつとも、二十メートルから五十メートルくらいは空いている。
命綱は女神の現状の頂上にあり、肩に近いため、横移動もできなくはなかった。が、キースの云うとおり、安全策をとったほうがいいだろう。女神のおうとつにザイルがひっかかったら危ない。いったん頂上まであがって、キースのザイルを留めているハーケンの位置を慎重にずらしてから、ハロルドのところまでおりるのだ。
両手に持ったベントシャフトのピッケルを女神に突き立てながら、アイゼン付きの靴で、女神の体を移動していく。
製鉄とか、鉄鋼業の技術は完全には失われてはいないが、鉱石とか、とにかく材料が掘れなくなっている。炭田などは残ったが、鉱山は、ほとんど海に沈んでしまった。
俺たちの装備の金属類は、女神から出てきたものを再利用しているのだ。ハロルドが発見した金属も、そのうち、ピッケルやアイゼンや、飛行機や船のガワになったりするのだろう。
寒冷地専門の連中は、俺たちがピッケルと呼んでいるやつを「アイスアックス」と呼ぶそうだが、うちはチーム内にアックス(人名)がいるから、そっちの名前だったら、ややこしくてならないな。
「ハロルド、そいつは《飛行機》で運べそうか?」
『たぶん、だいじょぶっスね。《飛行艇》のお世話になるほどではないと。女神からあれに移すのも、大変ですし』
大きすぎたり重かったりすると、うちの《飛行機》では無理だ。余所の飛行艇を借りないと、まず荷を下ろせない。
《飛行機》にしても、革製のハンモックみたいなのを使って、吊り荷にするわけだ。けっこう手間である。
「グローブを厚いのに替えておけよ。怪我しかねないからな」
『はーい。直前になったらしますよ。掘り進めは薄いほうが楽ですしね』
「何分くらいだ?」
『キースとふたりなら、二十分てとこかな。まだ、やっこさん到着してないけど』
キースがいくら優秀でも、いったん上まであがってるのに、二分で到着はない。
「目処がついたら呼べ、《飛行機》で行く」
『アイ・アイ・マム』
「軍人みたいな返事をするな。うちはクリーンなチームだぞ」
了解、と軽くハロルドは返す。声が完全に笑っていた。
女神の体は塩だが、この塩を全部とっていったら、市場価格が破壊される。頭部のぶんだけいただいて、あとは掘るたび、海に落としていた。
掘ったら海に投げているが、万が一、下にいる仲間に当たるとまずいので、女神の体には二か所ほどネットが張ってある。へたやって工具類を落としても、まずいしな。発見したブツなら、なおさらだ。鋼の板なんて、落ちてきたら死ぬ。防護ネットは頑丈なやつじゃないといけない。
いちおうピッケル類には、リーシュをつけてるけどな。落とさないためのゴムだが、たまには落とすやつがいる。
俺たちが海に落とした塩は、いつか別の女神の構成物になるのかもしれないな、とは思った。
《採掘師》が仕事にかかるまえに、《記録係》が調査をしている。
調査と云っても、薄く色のついた女神の体は、表面近くはともかく、内部が見通せない。大半は透明じゃないからな。掘りはじめて初めて中身がわかるが、この女神は資源が多そうだとは云われていた。アックスやウィーザーも、そう云ってるな。あいつらの勘は当たる。勘と云うか、経験則だからだ。
とはいえ、その資源も、顔から胸の下あたりまでにあってくれないと、俺たちは掘れない。
この二か月の成果は、真珠、ルビー、プラチナの指輪、万年筆、手のひらサイズの金塊、五センチ四方の鉄塊あたりがいくつか見つかるていどで、石炭以外に大物がなかった。いや、金塊は大物ではあるが、《運び屋》を呼ぶ必要もないくらいだ。
自分たちの食糧を運んでもらわないとならないから、月に二回は来てもらっているが、塩しか渡さなかったので「しょぼい成果だな」と嗤われていたほどである。まあ、そうでなくとも《運び屋》の爺さんは口がわるいんだが。
(次に来たときには驚くなよ、爺さん)
ハロルドの通信から五分とせず、こんどはラミアから連絡が入る。ラミアはハロルドとは逆側の肩にいた。
『はいはい副長ー、こっちも発見☆ ドラム缶! 三つ! 中身は石油だといいな~』
「中身の予想は要らないぞ。見ただけ話せ。ラミア、そいつを掘り出すのに何分かかりそうだ」
『ひとつめだけなら十五分。三つめまでは二十五分と予想』
こういう声はまじめだ。若いが、プロなのである。
「なら、おまえはひとつめだけ掘れ。交替して休憩しないとだ」
『は~い。残念だけど、しょうがないね』
上にいるやつは、四十分も掘ったら、下におりて休憩をとる。面倒だが、安全には代えられない。そんで、次は下にいたやつらが女神にとりつく。交替はどうしても必要だった。
上空は、寒いのだ。長時間いると手もかじかんでくるし、判断力もにぶってくる。事故につながりかねないから、交替は頻繁にする。長時間のぶら下がりは、腰も傷めるしな。
資源を発見したやつと掘ったやつとが違うのも、よくある。とくに給料の増減はなかった。全員がチームだし。発見に報奨なんてあったら、時間を守らず、むちゃするやつが出てくるからな。そういうのも事故のもとだ。
下で俺が云うのを聞いていたふたりが、「やりましたね、副長」と声をかけてくる。無線の内容は聞こえていないが、発見の連絡なのは明らかだからだ。
「ハロルドとキース、ラミアもいいなあ。俺がやりたかった」
ふたりとも、嬉しそうに上空を見上げていた。金もいいが、なにより「発見」と「採掘」とがやりたいから、この仕事をしているのだ。そういうチームを作っている。
「いやあ、まだあるぞ、これは。昨日も云っただろ。この女神は子だくさんだ」
顎をさすりながらアックスが云うのに、そうだな、と返す。
女神を見ただけでそう判断するのは、長年やってる《採掘師》の勘だ。信用していい。うちのチームでは、ウィーザーとアックスとの勘が冴えている。発見は、ラミアとハロルドも多めだが。
(肩付近でもう、金属の板に、ドラム缶。まだあるな、これは)
ありがたい話だが、問題もある。
(今回は《飛行機》の出番が多そうだな。燃料をどうにかしないと)
ラミアが発見したドラム缶の中身が飛行機に使える燃料だったとしても、掘り出したものは俺たちのものにはできないので、使えない。
むろん、資源の多い女神にあたるのはラッキーなので、嬉しい悲鳴だ。
百五十や、百三十メートルも上だと、交替のたびに下におりるのは時間がかかる。交替にも《飛行機》は使用していた。ふたり運んで、ふたり回収する。個人でおりてくるより早いからだ。
八十メートル級の女神なら、するする各人でおりてきてもらうんだけどな。高すぎるのは危ない。
ラミア、ハロルドあたりは百五十メートル級の女神でも、さっさかおりてきてしまうが。チームとして、推奨はしていない。
まあ、俺もウィーザーもやっちまうけども。だからラミアが真似するのか。そうか。
ウィーザーが静かだが、やつは船で無線番だ。外部からの連絡――お仲間からの救助要請とか、お偉方からの新規の仕事の話とか、そういうのが来たら応答している。ウィーザーが陸の次にいやがる仕事だ。
だが、順番なのだよ、キャプテン。その仕事は誰もやりたがらないからな。一時間くらい、耐えてくれ。
《運び屋》には連絡を入れたので、明日には来る予定だ。連絡せずとも食料のために月に二回は来てくれるが、持ち帰りがあるために船を大きいので頼んでいる。
ハロルドの通信から二十分後、本人の申告どおりに目処がつき、俺はほかにふたり乗せて《飛行機》で荷をとりに行った。
キースとハロルド、《飛行機》側のふたりとで連携し、岩塩に包まれた鋼の板を吊る。慎重にやらないと仲間が死んだり、荷を落としたりするから、ここでふざけるやつはいない。命は大事だ。
《飛行機》の立てる音で声は聞こえなくなったりもするから、基本的にハンドサインでやりとりする。ハロルドが大きく腕で○を作ってOKと身振りしたので(それハンドサインじゃないぞ)、俺はいちおうキースの顔をたしかめてから、《飛行機》を動かした。ひとりより、ふたりの許可を確認したほうが安全だからな。他意はない。
空中停止、できなくはないんだが、難しいんだよな。へたすると女神にぶつかるし。早めに終わらせてくれて助かった。さすがキース。頼りになる。ハロルドも。
あまりに場所が難しい場合は、女神の頂上まで運んでもらって、そこから《飛行機》に詰むが、今回の金属板はそうするには重すぎるな。
「リック、こっちはまかせろ」
船でウィーザーとアックスとに荷を受けとってもらったら、こんどはラミアのところだ。忙しいが、忙しいのは嫌いじゃない。生きている感じがするからな。
《採掘師》の仕事があるってことは、人類がまだ終わらないって意味でもあるんだ。重要だろ。
基本的にみんな、アイスクライミングの装備。塩だけど。
氷じゃないので「ピッケル」と書いてますが、形はアイスアックス寄りです。
アイスクライミングの動画をいくらか見ましたが、怖~~~って感じでした。(高いところ怖い)
でも、百八十メートルを登るのが不可能じゃないので、ほっとした。
アイスクライミングの装備だけど、やってるのはほぼロープアクセス。




