3.仕事の話
女神を構成している大部分は、塩だ。陸でこんな話をすると、狂信者じゃなくとも「女神を穢すな」と怒るやつがいる。そいつの食事に入っている塩も、かなりの確率で女神の体からとられた代物なんだが、それは気にしなくていいのかね。
精製され食卓にまで来る塩は、透明か白かが多いが、固まっている岩塩は、青もピンクも黄色もある。なにかしら不純物が混じっているのだ。塩ってのは、無色透明なものらしい。白に見えるのは、光の反射の都合だ。
ピンクの塩には、鉄分か赤土かが混ざっているとか聞くな。褐色には海藻とか云うが、黒や青、黄色は、なにが混ざっているかは調べないとわからない。金属の成分とか粘土とか、いろいろらしい。
そうした不純物で薄く色づいた女神の体内は、外からでは覗けない。
《潮の女神》の塩の奥に、さまざまなものがある。鉱石。石炭やオイル。すでに加工された金属。植物。なにかの種。家畜となる動物。
ときには、過去に失われた命の化石も。機械も。
だから、掘る。
掘って、現在を生きる者の糧とする。
いちばん驚いたのは、女神の体から、でかい飛行機が出てきたことだな。椅子がたくさんあった。ひとを運搬するための旅客機ってやつなんだろう。いまの世には飛んでいない。席はあっても、三つがせいぜいだ。あとは輸送機になる。
こういったものは、発見後、雇い主である政府に引き渡す。まあ、くすねられるサイズじゃないしな。解体にも手間や時間がかかるし、すんなり渡したほうが角が立たない。欲しいわけでもないしな。
女神をタイムカプセルと呼んだ学者もいる。失われた世界を知る導だとかなんとか。
たまに研究者が採掘にくっついて来たがるが、俺たちは、いつも断わっている。知的探究心の強い連中は、なにをするか怪しい。現場で足をひっぱられるのは御免だ。世話をするのもめんどくさい。
それに、研究者がちょっと見たくらいで、女神の謎がひらけるとも思えなかった。そういうのは俺たちとでなく、研究者用に作った専用チームで、じっくりやってくれ。
今回、こうして陸にあがったのも、次の仕事の話でだった。協会の上の人間に呼ばれていたのだ。
協会の人間がとっていた宿の一室で、テーブルに向かい合わせになった。相手もふたり。おもしろくもない集まりだった。
部屋は簡素な造りだ。木造で、茶色い。窓にはガラスがあったから、わりと金をかけている部屋ではある。椅子にも綿が入ってるしな。
《採掘師》の協会には、現場あがりの者もいるが、このふたりは違う。いかにもなお役人だった。俺たちより十は年上だろう。
挨拶のあと、すぐに本題に入る。ふたりはそれぞれ紙の資料を手にしていた。
北の海に、女神が二体、同時発生しているという。
去年は一体もなかったから、今年は二体同時で出てくれて、お上もほっとしているだろう。
「一体は北極圏で――」
「待った。それは、うちでは無理だ。北専門のチームがいるでしょう。そっちにまわしてください」
詳細を聞くまえに、俺は止めた。そんなの、聞いてもしょうがない。北極圏だぞ?
うちのチームには、北極圏の出身者がいない。寒さに慣れていないのだ。
だいたい、寒い地域では、装備が異なる。いちから寒冷地用の装備を十名ぶん整えるのは、難しかった。
北極圏や南極圏に出る女神は、《氷の女神》とも呼ばれた。体が塩だけでなく、氷でもできている。
半袖愛好者の多いうちのチームじゃ死者が出るぞ。無理むり。
《採掘師》と云っても、気候の異なる場所では勝手も違う。北極圏の《氷の女神》なんて、俺たちは専門外だ。
寒冷地で女神を掘れるチームが少ないから、なかなか採掘が進まないらしいけどな。
北極圏や南極圏だと、五十メートル級の女神も掘るらしい。というか、寒冷地では大きな女神にならないようだった。あんまり丈が高いと採掘作業が厳しすぎるから、女神が大きくないのは幸いなのかもな。想像するだけで寒い。
「だめですか?」
駄目に決まってんだろ。不思議そうに訊くな。
「受けられません。防寒具を含めた装備一式をそちらで用意し、燃料その他の各種負担も確約していただけない限りは、検討もしません」
検討しても断わると思うが。
五分掘って交替して、火に当たって、とかやってたら、掘れるもんも掘れないだろ。普段の交替は四十分だが、北極圏でそれやったら、たぶん死ぬ。
金がいいらしいけどな、《氷の女神》は。無理なもんは無理。
「では、もう一体。これはかつてブリテンと呼ばれていた座標に出た女神で―――」
昔の地図とか知らないから、ブリテンとか云われてもわからんが。寒すぎない場所ならいい。
座標を聞くと大陸からわりと近いが、大陸の端からでも女神は見えない、ぎりぎりの位置らしい。まあ、見えても女神と認識できない――顔が見えず、点とか山とかに見えるなら掘るんだが。
「サイズは八十メートル。現状では、ですが」
成長中なので、百メートルには行きそうだ。
「成長が止まると予想されるのは、ひと月半、ないし二か月後。そのころに仕事に入っていただければ」
「いま担当している女神が問題なく終わるようなら、ちょうどよい頃合いだと思います」
作業の開始と終了とは、もちろん協会に連絡する。
掘り進めながら、随時、なにが出たかも連絡するし、届けてもいた。
ほとんど俺が話し、ブリテン座標の女神の仕事が決まった。
「この仕事は、可能であれば研究者の帯同を―――」
研究者がどうこうと云われたあたりで、俺は床を蹴っていた気がする。おかしいな。そこまでするつもりじゃなかったんだが。狂信者たちと逢ったせいで、いらいらしていたのは認める。
《氷の女神》ほどじゃないが、研究者も無理。やだ。
「お断わりです。うちはチームの人数が少ないので、受け入れる余地がありません。ぎりぎりでまわしてますんで」
こうやって、俺とウィーザーがそろって外出すんのも迷惑なんだぞ。《飛行機》が現場から消えるし。
「そこをなんとか……なりませんかね?」
「なりません。ほかを当たってください」
ウィーザーがわりとおだてに弱いので、俺がすぱっと断わらないと、無理やり押しつけられるのは明白だった。なんでそんな外見(危険物じゃらじゃら)をしていて、そこまで利用されやすいんだろうな、おまえは。
だから、俺が同行しないと駄目なんだ。できれば、ひとりで断われるようになってほしい。
話し合いは、その後も二十分ほどつづいた。
「――それでは、我々はこれで」
「毎度どーも。……ウィーザー」
形式的な礼をしながら、横の男を小突くと、ウィーザーはがしがしと髪を掻いた。眼が眠そうだ。
「あー、よろしく」
やる気なさそうに見えるぞ、それ。
俺がぎりぎりと睨んでいたせいでか、相手は早々に退散した。研究者の件は白紙になっているが、宛がわれた女神は変わらない。
ひどい態度で仕事を干されるかと心配しなくていいのは、偏にチームの腕によるな。あと、人員不足。
ともあれ、次の仕事も決まった。
いまの現場が終わったら、いくらか日を置いて、そちらに移動だ。
仕事があるのは、ありがたい話ではある。
「せっかく船を離れたのに、できなかったな」
宿を出たが、ウィーザーがなんか云ってる。
「俺はべつに、したいわけじゃない」
昨日、騒動があったし、そんな感じにならなかったんだよな。部屋も別だし。俺はひとりでぐっすり寝た。あれ以上の襲撃があるとも思えなかったし。
「リックは俺を許すくせに、俺が好きじゃないか」
発言内容のわりには、ウィーザーは笑っている。嫌われているとは思ってもいない顔だ。まあ、たしかに、嫌ってはいない。許すのも、おまえだけだし。ほかの男なんて、考えたくもない。
「ああいうのが好きじゃないだけだ」
「そうか、残念だ。俺はおまえを愛したいのにな」
おまえは、俺に産ませたいのか産ませたくないのか、どっちなんだよ。
久しぶりに揺れないベッドで、俺は快適だったけどな。
(たまには陸のベッドもいいよな。ひとりならだけど)
十年以上前まではあたりまえだった揺れないベッドは、いまでは、たまにしか味わえない。海での生活が嫌いなわけじゃないが、地上のものが恋しくなる日はあった。
「戻ったら、そんな寝言は口にするなよ」
チームの輪が崩れるからな。
ウィーザーは少し、肩をすくめた。
「寝言じゃないんだが。わきまえてるよ」
宿から少し歩き、海沿いに出る。
波止場に足を停めてあった。ここまで乗ってきた、小型の《飛行機》。三人乗り。コックピットの頭はまるい。機体の下部にオレンジ色の浮き輪がつき、海に浮かぶ形をしたもの。
余所者の機体だとは知られていたが、とくに壊されたりはしていない。ひととおり確認したが、変な仕掛けもなさそうだ。
やはり軍のレンタル品の威力だろうな。尾翼のマークが知られていてなにより。人生を終わらせたいやつがいなくてよかったぜ。損害賠償、とんでもない額になるからな。
昼間だから、波止場に船は少ない。いくらかは帰っているが、みな、漁に出ている。
あの爺さんたちも出てるのかもな。遠くに女神を望みながら。
海を見守る女神に感謝しながら、漁をしているのだろう。手を合わせたり、拝んでいるのかもしれない。
(その気持ちは、わからんでもないがな)
糧をくれる女神への感謝は理解しても、狂信は理解しない。
「おーい、ウィーザー! リック!」
「お、なんだ、おまえたち。来てくれたのか」
俺たちが町を離れると、宿のおかみさんにでも聞いたんだろう、子供たちが見送りに来た。島には学校がないらしい。仕事もない子供は、暇なのだ。
教育を受けられる者と、受けられない者との差は、残酷なほどだ。この島の子供がそこに気づく日は、来ないのかもだが。
(漁師になるなら、かまわないんだろうけどな)
宿の主人やおかみさんは、読み書きと計算ができる。仕事のためにおぼえたのか、もとから教育を受けていたのかは、わからない。
読み書き計算は、できないよりはできるほうがいいのだと、いつか子供たちも気づけばいいんだが。
何人かはウィーザーにくっついて、「俺も《採掘師》になる」とか云っている。昨日の騒ぎを知らなくはないんだろうにな。お勧めしないってのに。
《採掘師》には、読み書き計算ができなくてもなれるが、できたほうがやれる範囲が増えるぞ。
ウィーザーは、たいへん楽しそうに笑った。
「お、いいな。体はなるべく鍛えておけよ。あんまり育ちすぎると、作業に差し支えるんだが。体が資本の仕事だからな」
この島の子供は、大きく育ちそうだけどな。大人たちを見るに。まあ、背があっても痩せてりゃなんとかなるが。
どうやってなるんだと訊かれて、「協会に行って養成所に入るか、どこかのチームに弟子入りだな」と答えている。どっちも、そんなに広い道じゃないけどな。
女神崇拝者には《ハイエナ》なんて罵られても、ウィーザー自身は《採掘師》の仕事を恥じていない。子供に「なるな」「目指すな」とは云わないのだ。
ようするに、一般的な大人じゃないんだよな。ふつうは止める。
じっさい、《採掘師》になる者がいなくなったら、困るのは世界じゅうの民だ。自発的になる者がいないなら、いつかは徴兵制みたいになるかもしれない。そのまえに、軍に《採掘師》部門ができるかもだが。――寒冷地チームの例もあるし、徒刑で採掘にあたるかもだが。
「ウィーザーは何歳くらいで、《採掘師》になったんだ?」
「俺は十七くらいだったな。最初は見習いで、雑用しかさせてもらえなかった。たぶん、どこのチームでも最初はそんなもんだから、腐るんじゃないぞ」
がんばれ、とウィーザーは笑う。子供たちは口を尖らせた。
「えー、めんどい」
「でも、漁師よりは、やってみたい」
職業選択の理由としては、さほどよくないな、と俺は思った。そんなんじゃ挫折するぞ、すぐ。
「ねえ、リック」
セイラが、また俺の裾を引いた。見下ろせば、にっこりと花の笑顔。
「わたし、リックみたいになる」
……うん。それも、あんまりお勧めしないな。




