2. 子供には好かれるが、女神崇拝者には
陸に着くと、お約束がふたつある。
ひとつは、子供にたかられること。
もうひとつは、こんな感じだ。
「リック、リチャード……なあ、なんで俺、いっつもこうなんだろな……」
「いちど、自分の格好を鏡で見てみるといいぞ」
「なんだよ、かっこいいだろ、これ」
知るか。口を尖らせるんじゃない。
見た目は二十代中盤。外で仕事をしているから、日に焼けている。職業柄、それなりに筋肉だってつく。手には黒くて厚いグローブ。首にはネックウォーマー。さらに、ごついゴーグルをさげている。燃える赤毛。赤毛に見合わぬ、嵐のような薄いグレーの眼。
腰のハーネスには、全容を見なければ銃と見紛う、銃把のついた小振りのドリル。木槌、のこぎり、ノミに錐、やすり。複数のピッケル、ハーケン、多機能ナイフ。無線が切れたとき用のホイッスル。厚さの違うグローブが三種類。ドリルの替え刃のセット。ごついカラビナ。ついでにザイルと方位磁石、ドリンクボトル、レインウェア。
じかにクリッパーに下げているやつもあれば、外付けのバックパックやホルスターに入れているものもある。
漁師が使用するのはたいていロープなので、色の派手なザイルは挑発要素にもなる。ちゃらちゃらしていると思われるからな、ザイルを知らないやつには。
いまは、上着を部屋に置いてきているが、ハーネスはつけたままだった。
上半身は作業に集中するためにすっきりさせているが、腰まわりはとんでもない嵩張りかたをしている。刷毛とかもあるが、刃物があるので、ボトムの生地は厚い。
今日は陸に来ているから、いつもの装備には少し足りない。ヘルメットとアイゼンは、さすがになかった。ヘッドセットも。
(でも、陸でどうかと思う。その格好)
俺は嫌いじゃないし、用途も知っているが。危険物ばっかりだぞ、ふつうに見て。半分はホルスターで見えてないが、まずドリルの銃把がまずいんだよな。ピッケルも。
これで静かに暮したいとかほざくのが、まちがっている。
ふつうの人間はな、こんな装備してないんだ。だいたい、ハーネスもつけっぱなしじゃ脚が痛いだろうに。なんで平気なんだ、こいつ。
町のごろつきに絡まれるのは、やつの不運などではなく、当然の帰結だった。
俺はこういうとき、いつも半眼になる。本音を云えば、ここから消えたい。
「ガキのいるとこで倒れたんだってな? 見かけ倒しか、その筋肉はよ」
取り巻きがいるっぽいガタイのいい男が、せせら笑った。追従して周囲も笑う。歪んだ笑いだ。
「《採掘師》だとか聞いたが、そんな弱っちくてもなれるもんなんだな。楽な商売だ」
「羨ましいこった」
「俺らも真似させてもらいてえってもんだな」
ぎゃはは、と下品に笑う。
おーおー、お約束過ぎてことばもないよ、俺は。典型的!
なんで漁以外で島から出てもないようなやつらが、ほかの島のやつと似るんだろうな。不思議でならない。
(まじでどこに行っても見るな、これ)
夜になって飯を食おうと宿の下におりたら、これだった。待ち構えてたのかよ。暇なんだなー、おまえら。
この島は豊かなほうだし、果実が実るから、漁をしなくても生きていける。どちらかといえば島民の性質は温厚なほうだ。職をなくしたとしても飢えないから、ぎすぎすしない。心に余裕のある者が多い。
こいつらは、ほかの島から移動してきているのだろう。そうしなくては食えない島から。
腕自慢なのは、見ればわかる。袖のない服からのぞいた腕は、どいつもこいつもムッキムキだ。胸板も厚い。刺青はないから、罪人ではなく、漁師崩れなのだろう。なんにしろ、こういう筋肉の作りかたは、俺の好みじゃないな。
どいつもこいつも、俺やウィーザーより身長もあった。《採掘師》は体重が重いと、やってられないからな、しょうがない。筋肉はつくが、細身だったり、もともと小柄なやつが多い。
ウィーザーが体格で劣るから、こいつらは、こんなに余裕な態度なんだ。
ちらりと周囲を窺えば、宿の主人とその妻は、部屋の隅っこで震えていた。モリモリ筋肉がのった腕の持ち主に、刃物をつきつけられている。食事のいい匂いがしてるんだがな。しばらくお預けか。
(なにが目的なんだかな)
横で、ぼそっとウィーザーが零した。
「――俺、ほんとに陸が嫌いになりそうだ」
「そうか」
かわいそうにな。半分以上、自業自得だと思うけど。あちらの要望はおまえにあるから、さっさと行って片をつけてこい。
渋々といった態で、ウィーザーは前に出た。俺は後ろに下がって見物だ。いやな顔をしているが、こういうのが嫌いじゃないのは知っている。
(――いつから、荒事が平気になったんだっけか)
最初はびびり散らかしてた気がするが。人間、慣れるもんだな。十年もすりゃ、そりゃそうか。
俺はどこに行っても、まず喧嘩を吹っ掛けられない。いつも、あいつといっしょにいるのに。なんでなんだろうな?
黒髪に、長袖のタートルネック。生地の厚いボトムが作業者だと知らせはしても、自慢にならないが、あいつより細くて、弱そうな見た目をしているのに。
身長はあいつとおなじくらいあっても、眼鏡のためか、肉体派だとは思われないのにな。というか、そのせいなのか?
(女なのは、たぶん、気づかれてない)
バレていたら、絡まれかたが変わるからだ。
外見どころか、声でも女だと思われないんだな、俺は。気づかれると面倒が増えるので、ラッキーなんだが。
宿の周囲は、いつのまにか町の人間が囲っていた。一階に入ってきている者もいる。俺はすんなり見物人たちに埋没した。俺は女にしては高身長だが、この島の人間は、男も女も背が高いやつが多いな。埋もれやすくていい。肉体労働者も多く、作業用のボトムが目立たない。まあ、黒の長袖を着ているのは、俺だけなんだが。
(やじうま、多いな)
部屋の外周を人が埋めている。宿の一階が食堂になっているが、そう広いわけじゃない。ここじゃ危ないかもなと思ったが、外に出るには、ごろつきどもの真ん中をつっきっていくか、見物人に沿って移動して、彼らを掻きわけていくしかなかった。
あー、宿の主人たちを助けるにも、ちょっと遠いしな。どうするかな。ウィーザーに任せときゃいいか。
こういう輩は、案外、刃物に慣れていない。却ってそこらの奥方のほうが度胸もあるし扱いがうまいってもんだ。毎日毎日、家事で包丁を握っているのは伊達じゃない。
釣るだけじゃなく魚を捌く技量があったとしても、なかなか、ひとには向けられないもんだ。
なので、あんまり心配していなかった。ただの脅しなだけで、ここで町の人間を傷つけたりもしないだろう。血が流れなければ問題ない。
周囲を見渡して俺が考え込んでいると、「リック……」と、低い位置で、弱い声に呼ばれた。
「ウィーザー、だいじょうぶ……?」
セイラだ。また涙目で、俺の上着の裾をひっぱっている。危ない場所だってのに、親にでもくっついてきたのか。
俺はその手をとって、彼女と目線を合わせるためにしゃがんだ。ほんとかわいいな、この子。子供がそんなに好きではない俺でも、この子の騎士っぽく振る舞いたくなるくらいには。騎士なんて、もう物語のなかにしか存在しないが。
平気だよ、と俺は応えた。
「あの男は、血が嫌いなんだ」
きみが心配するような事態には、ならない。
ぱち、とセイラが不思議そうにまばたきした。
「……逃げる、の……?」
ああ、失望させたならすまない。だけど、その問いには首を振れる。
縦にじゃない、横にだ。
「違うよ。俺のキャプテンは逃げたりしない。そういう男じゃないんだ」
見ててごらん。
あれは、この俺が、キャプテンと仰ぐ男だ。
体格で劣っていても、弱いわけがないんだ。
期待には応えてくれる。
俺とセイラとが見守るなか、赤毛の男は相対するごろつきに、首をかしげて問うた。
「おまえの頭のネジは、どっちだ?」
「はあ?! なに云ってやがんだ、てめえッ!」
そうだな。ふつう、喧嘩の最中に訊くことじゃないな。
ところが、俺のキャプテンはこれで大真面目なのだ。
「ゆるめるのがいいのか? 締めるのがいいのか?」
「ふっざけてんじゃねえぞゴラァァァ!!」
語彙のないやつって、だいたい似た発言するよな。数か月前にも別の島で聞いた気がする。
俺は慣れたもんだが、怒声に、セイラがびくっと怯えた。ああ、子供には、大人の大声は怖いよな。だいじょうぶ、すぐ終わるから。ウィーザーがなんとかしてくれる。
なにしろ、血がダメなのだ。
だから、あいつは強くなった。
誰の血も見ないために。己の血も流さぬために。
敵がいるなら、瞬時に倒す。
そういうすべを身につけた。
顎や首、鳩尾。人間の急所となるところ。一撃だ。拳が多いが、ときには持っている鈍器――ドリルや水筒でやる。水がたっぷり入った水筒を侮ったら酷いめに遭うぞ。憶えとけ、ごろつきども。
というか、まじで、銃かもしれないもの(正体はドリル)を持ってるやつに喧嘩を売れる理由ってなんなんだ? ピッケルとかも怖いだろうが。人数で囲ってたとしても、武器っぽいものを恐れない理由ってなんだ。俺にはよくわからんが、それだけ頭が弱いんだろうか?
(まさかと思うが、銃を知らない……?)
部屋という制限があるのをウィーザーも考えたらしい。無法者たちは、立っていたその場に沈んでいた。主人たちを脅していたやつもだ。見物人のほうに飛ばしてはいない。
ひい、ふう……六人か。まあ、これくらいなら少ないほうか。
セイラがびっくりして、涙をひっこめた。ぱちくりと眼をまたたかせている。
「どうやったの?」
「どうやったんだろうねー」
見ててごらんとは云ったが、よっぽど動体視力がよくなけりゃ、見えないよな。スローモーションでお伝えできずに残念です。
あと、個人的には子供に見せたい絵面でもない。いちおう注釈を入れると、ドリルはさきっちょを使うと壊れるので、使用するのは腹や銃把の尻ほうだ。そっちのほうが頑丈だからな。あと、刃のほうは危ない。ウィーザーも俺も、べつに相手を殺したいわけじゃないからな。火の粉を払いたいだけで。
まあ、まず火の粉が降りかかってくるような格好をするな、という感じなんだが。目立たないのがいちばんだぞ、キャプテン。いくら装備に愛着があってもな。
セイラはびっくりしすぎて、口を開けている。
「ウィーザー、すごい?」
「すごいね。ほんとはね。でも、ときどきかっこわるいんだ」
「昼間みたいに?」
うん。子供には衝撃の絵面で、忘れられないよな。
「そう、昼間みたいに」
夕方だった気がするが。まあいいだろ。
「――おい、勝っちまった」
「勝てるのか、あれに」
わっと見物人が沸いている。なんだ、賭けでもしてたのか。ごろつきども、そうとう嫌われてるって?
しかし、そうではなかった。「やばいぞ」とか、「やつらが」とか、周囲で不穏な囁きが聞こえる。なんだ?
「――来たぞ、クラスタだ」
幸い、役人ではなさそうだ。
騒ぎを聞きつけて寄ってきた者か。入口に屯している見物人を掻きわけて出てきたのは、五人ほどの集団。老いも若きもいる。男ばかりだ。
「《採掘師》だと?!」
いちばん歳をくっている爺さんが唾を吐いた。不機嫌に寄った眉が、癇性さを伝える。爺さんと云っても、六十代くらいか。さっきのやつらほどではないが筋肉もあり、現役の漁師っぽい。
昔の人間は百まで生きたらしいが、現代の人間はそこまで生きられない。六十代でも長生きだ。この島の豊かさが可能にしているんだろうな。環境が過酷で、老人のいない島もある。
めんどくさそうな爺さんだなと思ったら、ほんとにめんどくさかった。
「女神を冒す痴れ者が」
俺は、またもや半眼になった。
あーあーあー、そういうひとたちですか。
ほんと、どこにでもいるな。女神信仰ってやつだ。この爺さんは、狂信ってほどでもないが。
女神を崇拝する過激派は、いる。
(めんどくせー)
相手をするだけで疲れる。幸いは撤回しよう。役人のほうが、まだましだ。
というか、本命はそうか、こっちか。ごろつきどもは唆されただけだな。爺さんもだろうが。
どのていど、この町にこいつらが根を張っているのか、わからない。ここでどう動くのが正解か、見えなかった。この見物人たちは、あちらにつく種類の人間か?
俺は、こういう輩と相対するとき、いつも悔しさを感じる。
ウィーザーの仕事ぶりを知ったら、そんな発言、できやしないはずだ。
正直、ごろつきなんかより、俺はこいつらのほうが嫌いだった。
×××
昔、六つだか七つだかあった大陸は、海の反乱でひとつになった。
土地は沈み、あるいは隆起し、かつてとおなじ形はしていない。
多くの国がなくなり、ひとも減った。
連邦政府が作られ、新しい地図ができるまで、何十年とかかったらしい。
いま人間が住まう島も、そのときの、荒れた海の影響を受けている。
島によっては塩害で、作物がなかなか育たない。作物が育たないから、家畜もいない。
そうした島にあるのは、海のものだけだ。魚介や海藻が、ひとびとの糧。
大陸では、樹があり木の実や果実も生る。
雨の多い島でも塩害は解消したが、雨の少ない小さな島では無理だった。大陸の一部には存在するヤギも牛も、島の者はほぼ見たことがない。噂に聞くだけだ。
燻製でも、肉は高価だ。豚でも牛でも、缶詰や干し肉ではなく、ただの焼いた肉を食えるのは、大陸の一部の者の特権。現地人か金持ちだけの食いものだ。島の人間が食べる肉は、たまに獲れる鳥くらいだ。
かつてあった資源は、そのほとんどが海の底。
俺たちは、女神に依存して生きている。
女神を神聖化する者も、なかにはいた。
それじたいを悪とは、俺は思わない。女神への感謝の心なら、俺も持っているからだ。
問題があるのは、宗教を隠れ蓑に、純化して凶暴化しようとする、人間の心のほうだ。
おかしい話だな。高尚であろうとする者のほうが、却って野蛮な行動をする。しかも、恥じもせず。
《採掘師》と女神崇拝者とは、昔から相性がわるい。もはや、お互いに歩み寄りはできなくなった。
女神が真にどんなものであるのか――《採掘師》の仕事を崇拝者たちは知らぬまま、そんなことになっている。
(あれが真にどんなものかは、俺も知らないが)
海を乱したのは神で、荒れた海をなだめたのが女神だとか、言い伝えはいろいろ。
大陸が減るほど――人間の住まう場所が減るほど海が荒れ狂ったのは、人間の心の荒みに神が絶望したからだとか云われている。人間に、見切りをつけたから。本当かどうかは知らない。
《潮の女神》は、大半が空を仰いでいる。海から突き出て、空を望んでいる。ひたむきに。あるいは怒りの表情で。
体は海に捉えられ、腕すらも伸ばせぬまま。
空を睨んでいる。
まあ、俯いている女神も、まっすぐ前方を見ている女神もいるから、空を仰いでばかりでもないんだが。
俺たちの仕事は、その女神を掘ることだ。
ちゃんと《採掘師》の協会もあるし、お上に許可も得ている。公務員でこそないが、政府公認の仕事だ。外請けみたいなもんである。
背丈の低い女神や、島に近い女神には、手を出さないと決められていた。いよいよ資源がやばくなったらの、最終手段だ。
俺たちの仕事をじっさいに見る者は、ほとんどいない。旅人や、海での仕事をする者だけが、知っている。島の漁師ていどでは、伸ばす足が短いので知らない。俺たち含む、特殊な職業の者だけだ。
狂信者たちに絡まれるたび、俺は、「なにも知らないくせに」と憤るが。
ある意味、女神崇拝者に知られるのは、まずくもあった。
宿にやってきた女神崇拝者たちは武器を持ってはおらず、俺たちに(というか、ウィーザーだけに)罵声を浴びせはしたが、あるていどしたら気がすんだのか、引きあげていった。
「女神に呪われろ、ハイエナめ」
こういうとき、ウィーザーはなにも口にしない。黙って聞いているだけだ。いや、もしかしたら聞かずに右から左に流しているのかもしれないが、ともかく無言だ。奴らが帰っても、とくに感想を述べたりはしない。「腹減った」と、宿の主人にメシを催促しただけだ。
さきほど助けられていたせいか、主人と奥さんはすっかり笑顔で夕食を並べた。恨まれなくてよかった。
伸びていたごろつきどもは、誰かが――たぶん女神崇拝者の仲間が担いで消えていた。
俺はいつ自分の血管が切れるか時間と戦いながら待っていたので、すんなり事がすんで胸を撫でおろしはしたが、ぶすぶすと燻ぶるものをかかえてはいた。畜生。あいつら、ぶん殴ってやりたい。
セイラは首をかしげている。
「ハイエナ……?」
「大昔にいた動物だな。いまでは、なんていうか、欲張りなやつとか、卑しいやつとか、泥棒とかに云う、喩えかな。まあ、悪口だよ。セイラは使うんじゃないぞ」
狩りの横取りをしたり、腐肉をあさる動物だったらしい。雌のほうが雄よりでかくて強かったとか云われる。
あの爺さんも動物のほうは知るまい。俺たちがそう呼ばれているのを知っていただけだ。俺やウィーザーがじゃない。《採掘師》が、だ。
「ひどい……」
俺の横にいたセイラは、心ない大人のことばに、また大きな眼に涙を溜めていた。ああ、ごめんな。怖がらせた。手に触れて名前を呼んでやったら、少しは落ちついたようだが。
こんなこともあるから、《採掘師》なんて目指すもんじゃないよ。少なくとも、こういったことがあっても、泣かないようにならなきゃな。心が強くないと、生きていけない。
女の《採掘師》もいなくはないが、厳しい世界だ。
俺たちは《ハイエナ》だけでなく、《ハンター》と呼ばれたりもする。
政府御用達でも、女神崇拝者には通用しない。
女神を害する悪なのだ、俺たちは。彼らにとっては。




