1.血が駄目なヒーロー
俺たちは長い旅をしている。住所不定。生まれた土地はあるが、帰る場所はない。
依頼によって、あちこちの海に移動する。
仕事は、《採掘師》。
つまり、山師とおなじだな。職場は海と空なんだけどな。
《潮の女神》を掘って、糧を得てるってわけだ。
チームメンバーによっては、もうそろそろ、生まれてから陸にいるより、海にいる時間のほうが長くなる。俺は十年くらいだから、まだまだだ。
海にいても、《運び屋》が来てくれるから、燃料にも食糧にも困らなかった。
だいたい、ひとつの女神を三か月かけて攻略する。
陸には、年に何度も戻らない。
戻るのは、休暇時か、新たな依頼があったときくらいだ。
移動は船のときが多いが、今回みたいに《飛行機》を使いもする。俺はどっちも嫌いじゃないな。
数時間して着いたのは、俺たちが仕事をしている女神から、いちばん近い島だ。
島からいちばん近い女神は、俺たちが係わっていない、別の女神である。というか、この女神は、お仲間は誰も係わっていない。
「こっちの女神も美人だが、やはり小柄なんだな」
「島に近いやつは、だいたいは五十メートル級にもならないな。俺たちの出番はない」
地域的な例外を除き、島からはっきり見える女神、及び、五十メートル級以下の女神には、手を出さない決まりになっている。現在のところは。
「ずっとないままだといいな」
ああ、と俺は頷いた。
決まりには、理由がある。その決まりが動かされるときは、だいぶ事態がわるくなっているときだ。そうなってほしくない思いはある。
「さて、降りるか」
「話し合いは、あしたなんだろ? なんで今日、来てるんだ」
「午前からだから、遅刻しないようにだろうが。ここまで何時間かかると思ってんだ。空模様が怪しかったら、到着もできないぞ」
乗ってきた《飛行機》は、波止場で船と並んで海に浮かんでいる。傷つけられると帰りの足に困るが、尾翼のマークが連邦政府軍のものなので、これになにかしたら人生が終わるのは、誰にでも理解できるはずではあった。
俺たちは軍属じゃないが、連邦政府とか、お偉いさんに雇われて仕事をしている。《飛行機》は軍からの借りものだ。さすがにこれを買えるほどの稼ぎはない。一機でどれほどの金が飛ぶのか考えると、吐きそうになる。
(《飛行機》がもう一機あったら、仕事も楽になるんだけどな)
まあ、無理だが。
レンタル代も高くはあるが、それ以前に、数が少ないのだ。《採掘師》のすべてのチームと、《運び屋》に云われるまま貸していたら、こんどは軍で確保する数がなくなる。
《飛行機》の発見がつづかない限りは、難しい話だった。
×××
島には漁師が多い。頑健な体を持った海の男は、珍しくない。しかし、俺たちと漁師とでは、装備に大きな差があった。
俺のキャプテン、ウィーザーは、殊にそれがわかりやすい。腰まわりに装備が集中しているせいもある。座席に着くときに外していたハーネスは、陸にあがるとすぐに装着された。どうせ、またすぐ外すのにな。
筋肉はあるが背丈はそんなでもなく、威圧感もないし、よく笑う。不遜なこともあるが、悪童めいた笑みも、爽快な笑みも多い。相手によっては警戒心を解く。
そんなわけで、装備の珍しさもあって、子供が寄ってきやすいのだ。どこの島に下りても、数時間もせず、だいたい子供にたかられる。今回も例にもれなかった。
「ウィーザー、こっちこっち」
「そっちじゃないよ、あっちだよ」
波止場から町へ入るなり、十人ほどの子供にまとわりつかれている。
古い煉瓦の町並み。大通りには石が敷き詰められている。ここは町として栄えているほうだった。整地がされていない島もあるからな。
港として、ほかの島から物資や人が流れてくるぶん、豊かだ。外部から来る人間のために宿屋も食堂もある。俺たちには助かる島だ。
家々の庭にも、舗装が途切れた道の端にも、果実が生っている。いつでもなにかしら実ってるんだから、南の島ってのは、羨ましいもんだな。
大昔の塩害に苦しんでいる島は多い。食物が育たないのだ。
熱帯地方の島は、雨が塩を流してくれるから、ほかの地域より作物が多く育つ。この島も、そんな豊かな島のひとつだった。
子供たちの着ている服も、大陸の貧民街で見るより、ましな格好だ。Tシャツに、丈の短いズボン。布一枚みたいなシンプルなワンピースの子もいるけれども。どの子もさして汚れてはおらず、清潔だった。遊びの途中で土にこすったりはしているが、貧困ゆえの汚れとは違う。
服の枚数が少なかったり、生地が薄かったりするのは、南国ゆえだ。
俺は少し首周りを気にした。暑い。黒の長袖は、作業中にはちょうどいいどころか、このままじゃ寒いんだが。この島ではそぐわぬ格好だ。
だが、脱ぐわけにもいかなかった。袖まくりもできない。暑くても我慢するしかなかった。
ウィーザーはハーネスも外し、上着も脱いで、半袖になっている。身軽でいいな、おまえは。
「ウィーザー! こんどはあっち!」
「そうか、わかった。なにがあるんだ」
肩車されている男の子が、右を差した。広場のさき。子供の望みをウィーザーは無下にはしない。まあ、こんなていどならつきあってもいい。今日は時間もある。予定があるのは明日だ。
とてとてと後ろをついている子供が、自分を見てほしいとばかりにウィーザーの手を握ったり、脚に触れたりしながら笑った。
「なんもないよ、ただの空き地」
「そう、空き地」
なんでなんだろうな。子供は、高いところに登りたがる。ウィーザーの背中にしがみついたり、肩にあがりたがったりする。それが危ないと意識しない。落ちたらどうしよう、などとは考えない。(高いと云っても、ウィーザーの身長は平均的だが)
またウィーザーという男が頑丈で、子供のひとりやふたりに乗っかられても、びくともしないから、余計に子供たちがおもしろがるのだ。しがみついていない子供も、きゃっきゃと笑いながらついてくる。みな、ウィーザーの腰に届くかどうかの背丈だ。男の子も、女の子も。
子供にたかられはじめると、ウィーザーは装備のほとんどを外す。つけたままでは子供が危ないからだ。工具類には、刃物もあるからな。突起があれば押し、ピンがあればひっぱってみる、そんな無分別なガキの近くには置いておけない。よって、俺が持たされる。
子供は俺に近づいてきたとしても、乗っかろうとはしないから、まあ、妥当な処置だ。
これがあるから、こいつは着脱が楽なシンプルなハーネスを使うんだよな。俺としちゃ、面倒でももっと頑丈なのを使用してほしいが。
俺のハーネスは頑丈なやつだし、着脱がめんどくさいので、船に置いてきている。陸では要らないしな。むしろ、なんでウィーザーは持ってくるんだ、って話だ。
俺は自分と子供たちとの安全に気をつけながら、やつのハーネスを肩にかつぐ。俺より装備が(無駄に)多いし、重いんだよな、これ。俺が半袖だったら、肩にかついだ時点で怪我してるぞ、おい。
代わりに持ちたがる子供もいるが、いちいち要望を聞いていたらキリがないし、まず持てない。
試しにピッケルだけを持たせてみたが、「重ッ!」と驚いていた。それでも軽量型なんだ。一本だけの重さで驚いてたら、《採掘師》にはなれないな。
ウィーザー本人でなく装備に興味がある子供は、俺の横に並んで、仕事はなにか、この道具はなにに使うのかと、矢継ぎ早に問うてくる。いつものことだ。そのたびに俺は、《採掘師》の仕事を説明してやる破目になる。
この世界は、海が地表のほとんどを占めている。陸は二割もない。小さな地上に、人間は犇めきあっている。
大昔にはいくつも大陸があったって話だが、いまはひとつだけ。あとは島ばかりだ。
点在する島のどこででも、たいてい女神は見えた。むしろ、船で近くまで行くと、ただの壁にしか見えない。あれを女神と思えるのは、離れて見てこそだった。
「女神って、そんなにいっぱいいるの?」
いい質問だ。
「ここからは、ひとりしか見えないよ?」
そうだな。
海は広い。そりゃー広い。島より面積が大きいんだから、当然だ。人間の立つ場所より、ずっとずっとな。
女神は、ひとりじゃない。
そのうえ、いまも生まれている。
どこかの海で。女神の顕現じたいは年に一回でもあればいいほうだが、兆候は知れる。それを連邦政府がキャッチすれば、女神の誕生は、そのはじまりから、逐一調査される。
海から生まれ出る女神。
ざわざわと波を立てて海面から顔を出し、最初は小さなものが、やがて眼を瞠るほど大きなものになる。女神の脚――体の下の部分はどうやら海底に根づいているが、深部までたしかめられる技術はなく、憶測にとどまっている。
水面上にある女神の体は、腕すらない――というか、ほとんど体に癒着している状態なので、脚が脚として形があるのかもわからない。
ただ岩のようになっているかもしれないし、そもそも最初から女神は二本脚ではないのかもしれない。人間とおなじと想像されているが、そんな確証はどこにもなかった。
「どこかで?」
「そう、どこかで、だ」
女神が鼻を出してから、動きが止まるまでは、数週間かかる。徐々に徐々に、じりじりと海から出よう、天へと向かおうとする――らしい。
俺は《記録係》ではないので、じっくり見てはいない。話に聞いているだけだ。
いま、北の海で、女神が出ていることも。
一年半ぶりの女神の出現だった。
その件について、俺たちは陸にあがったのだが――まあ、子供にする話じゃないな。
「女神は、何人いるの?」
さあな。総数は俺も知らない。数は見ているほうだと思うけどな。十年で、五十は見た。
だから、いっぱいいるさ。ここから見えない海のどこかに。
連邦政府とか、軍とか、そこらへんの上部の連中は、把握しているんだろうがね。俺たちに開示される情報は少ない。
十を超える採掘チームが、年がら年じゅう、あちこち移動して掘っていられるくらいには、ある。
「さいくつしって、どうやったらなれるの?」
「ウィーザーとケッコンしたらなれる?」
それは、どちらもあんまりお勧めしないな。
子供の夢を奪いたくはないが、ちょっと興味があるていどで踏み込む世界じゃない。
というか、逢って数時間で結婚とか、どういう貞操観念なんだ、お嬢ちゃん。こんな風来坊についていこうとか、親御さんが泣くぞ。思わず懇々と説教してやりたくなった。
「――ほんとだ、空き地だな」
「秘密基地、作った!」
ウィーザーが肩車している子供の指さす方向へ進めば、ことばどおりに空き地が見えた。整地されていない、小石がごろごろしている場所だ。こんなところでも、この町の子供にとっては、大事な遊び場なのだろう。
俺は子供時代にこういうのに縁がなかったから、新鮮だ。ウィーザーも、たぶん子供のころにはなかったと思う。俺たちは島の出身ではなく、大陸の中央にいたからだ。
「そうか、秘密基地、いいな。俺も作りたい」
秘密基地とは、ボロいテントかな。小さすぎて、ウィーザーが入ったら壊れるな。
「おまえ、子供、好きだよな」
子供に好かれるのは、まずウィーザーが子供を好きなのだと、子供たちがけどるからだ。変な意味ではなくて。大人として、子供を護り、慈しもうとする。
背後から声をかければ、ウィーザーは子供をくっつけたまま、肩越しに振り向いた。
「ん? んー、そうだな。生んでくれてもいいんだぞ、リック。家族は多いほうがいい」
不意打ちに、うまい返事が咄嗟に出てこなかった。どう応えりゃいいんだ。
「……俺が妊娠したら、仕事はどうする」
迷ったあげく、口をついて出たのは、我ながらつまらない返しだ。
海のうえでは、妊娠出産など、とても無理である。母体も赤子も危ない。衛生環境もわるい。
「ああ、大事な副長様がそばにいなくなったら、俺が困るな」
困ると口にしながら、ウィーザーは楽しげに笑った。くそ。むしろ俺が途惑ったのをおもしろがってるだろ。余裕ぶりやがって。
つん、と横にいた女の子に、袖を引かれた。
「リック、赤ちゃんうめるの?」
「生まないよ。たぶんな」
生めなくはないんだが。
船長とおなじくらい身長あるし、見た目じゃわかんないだろうが、生物学的には女なもんでね。
まあ、説明が面倒なんで、云わないが。
「ウィーザーとケッコンするの?」
「……それは、どうだろうな」
十年前の俺も、二十年前の俺も、自分がこうなるなんて予想できなかった。夢想もしていない。
人生、どこでなにが起きるか自分では予測もできないので、そんな流れがまったくないとは断言できない。
なにかまちがったら、あるかもだ。
「生んでくれても」で察する子供はここにはいないが、とうに躰の関係はあるし、プロポーズもされている。断わっているが。
(避妊は大事だな、うん)
ほんとに気をつけよう。
海にいるときにはしないから、今晩、あるかもしれない。ないといいけど。俺はあんまり……嫌いじゃないが、乗り気でない。まあ、部屋を別にすりゃいいか。
そうこうするうちに、目指す場所は目前だ。
「競争ー!」
ウィーザーに乗っていた子供はどれも元気よく飛びおり、駆け出した。誰が早く着くかで争っている。子供の興味は移りやすい。
「おれ、ボールとってくる」
足の速い子供が、自宅に戻ろうとしたのだろう、急に方向転換した。そして、小石に足をとられ、見事に転んだ。それはもう派手に。ざっしゃあああー、と。痛いな、あれは。勢いがよすぎる。
転んだ子供は、身を起こしはしたものの、膝をかかえてわんわん泣き出した。近くにいた子供も、つられて泣いている。
あ、まずい。
これはまずいぞ。
舌打ちしながら、俺はウィーザーを見やった。案の定だ。
赤い流れを見るなり、目の前の男がぶっ倒れた。どうん、と、それはそれは大きな音が立ち、地面が揺れた。
「ウィーザー?!」
大人がいきなり倒れたら、そりゃ子供は驚くし、怯える。理由がわからないから、なおさらだ。
子供と遊んでいるほのぼのとした空間が、いきなり阿鼻叫喚に塗り替えられた。あっちこっちで、子供がぎゃーぎゃー泣きはじめている。
(クソッ)
動こうとした俺を止める手があった。
「ウィーザーどうしたの? 死ぬの?」
俺の裾をひっぱって、しゃくりあげながら訊いてくる。セイラだったか。この島では珍しい金髪の、いちばんかわいい子だ。意外に気丈だな。
「死なないよ。これくらいじゃ、あいつは死なない」
死因が血液恐怖症とか、笑えないしな。
なにしろ、血がダメなのだ。
俺がキャプテンと仰ぐのは、そういう男だった。
ほんのちょっと指を切ったくらいでも、途端におろおろしだす。自身の指でも、俺や周囲の人間、あるいは、擦れ違っただけの他人でも。
へたすりゃ、見るなり倒れる。
ばかなんじゃなかろうか。と、俺は、そういう場面に出くわすたびに思う。思うだけでなく呆れもする。ときには呆れるだけでなく、口に出してみたりもする。
それこそ血のような赤い髪をしているくせして。なんでそんなに、だめなんだろうな。
(原因は知っているが……もう十年だぞ)
放っておくのもなんなので、セイラにタオルを渡し、綺麗な水で濡らしてきてくれるよう頼んだ。島の子供だから、こういうとき(怪我とか病気とか)に海水が駄目なのは知っている。近い家に駆け込んで、家で使用する水で濡らしてきてくれるだろう。
(キットは、あるな)
自分の腰のポーチを確認した。こんなときのために、俺は応急キットを持っている。俺のこの抜かりなさに感謝しろ、ウィーザー!
「おい、おまえ。痛むか?」
「うっ、いた、痛いぃ」
俺は泣いている子供のもとに行った。俺はこういうとき、泣くなとは云わない。子供のころ、親に云われて、理不尽だと感じたからだ。
理不尽なんてことばを、まだ知らなかったけれど。
「ああ。男の子だって、痛いもんは痛いよな。気がすむまで泣けばいい」
こんなことで男が下がりはしない。まだガキなんだから、いいだろ。でもな。
「俺が血止めはしてやるから、涙は自分で止めるんだ」
「う、わ、わかった……うぇ」
俺は手早く子供の怪我の処置をして、血を隠した。わんわん泣いていた子供は、沁みる消毒液をつけられてさらに泣いたが、絆創膏を貼るころには涙も落ちついていた。
「よし、えらいぞ」
この子供がだいじょうぶなのを確認してから、ようやく倒れている男のもとに行く。心配して、たかっている子供を避けるのが大変だったが、こっちはべつに、頭を冷やすくらいでいいだろ。安静にしてりゃいい。ちょうどセイラが戻ってきたので、べしっと額にタオルを叩きつけてやる。
「この! 馬鹿!!」
大地に伸びた男に叫ぶと、その男は額を濡らすタオルの下、「わるいな」と、困ったように微かに笑った。
ばかだなー、ほんとばか。
「少しは慣れろ。子供が怯えるだろうが」
眼を伏せたまま、ウィーザーはぼそっと応える。
「だよなー……困ったな」
軽い答えだな。
「ちっとも困ってるように聞こえん」
いつもの元気がないのはたしかだが。こういうとき、この男の頭のなかは揺れている。ぐわんぐわんと音を立てていたりもするらしい。
話しかけずに放っておいてやるほうが親切なのかもしれないが、不満がたまりすぎて、黙っていられなかった。
「女神が血を流さなくて、よかったな」
「……ほんとにな」
小さく笑う。
女神が血を流す生きものなら、この男は採掘師にはなっていない。
それはとても大きな損失だと、俺は思うのだ。
この男ほど、女神を愛し、女神に愛されているやつも、たぶん、いない。




