12.女神の形を
《運び屋》に女神崇拝者と荷物とをまかせたのち、仕事の進みは早かった。ウィーザーがこちらに専念できたからだ。
ヴァイパーたちには、三日にいちどの頻度で寄ってもらっている。採れるものが多い女神だ。塩のほかには石炭が多いが、肩の下辺りから、鉱石や、先日のより大きい鋼の板が出てきた。
採ったものは《飛行機》でひろって船に下ろしたり、ザイルと籠とを使って下ろしたりする。
うちの機材や人員で難しい場合は、《運び屋》のもっと大きめの《飛行艇》を借りた。あっちに貸しがあるので、今回は無理を云い放題だ。作っとくもんだな、貸しは。
女神の中身が多いのは、俺たちにとっても嬉しいが、それ以上に人類のためにもなる。
「やさしいんだな」と、工具を振るいながらウィーザーは女神に礼を云った。
作業をしながら、これほど女神に話しかける採掘師もいない。断言できる。
「苦しいか? すまないな」
「ここを抜ければ楽になる」
「あと少しの辛抱だ」
「早く、あんたの笑顔が見たいな」
「笑ってみせてくれ」
「俺にじゃなくていい。人類に。あんたのチャーミングなところを見せてやってくれ」
「みんな、あんたを好きになる。いま以上に惚れちまうよ」
コーンとか、カーンとか、コツコツ音を立てながら、女神に云うのだ。つるはしとかトンカチとか使いながら。女神を掘り進めながら。
どんな詐欺師かと、つっこみたくなるな。
「俺の仕事が終わったら、最後に、あんたのなめらかな頬にキスさせてくれ」
これをニカッと笑いながら口にするんだからもう……耳を塞ぎたくなる。ぞわぞわするからやめてくれ。
リップサービスでもなんでもなく、本気なんだから、たちがわるい。人間の女相手には、こんなにしゃべらないくせにな。
あるていどまで掘り進めたら、女神から離れ、サイズを確認する。事前に撮っていた写真と比べ、規定をもとに、そこで掘るのをやめることもあれば、また数日掘ってから、改めておなじ確認をする。
今回は前者だ。ここで終了。条件がそろわない限り、女神を食い尽くすることは許されていない。潮時というやつだった。
規定で、女神の採掘は三分の一以下までと決まっている。
完全になくしてしまうのは、もともとの頭部のみ。あとは表面を削っていく。百五十メートル級の女神なら、頭部の二十メートルと、その下、三十メートルまでの表面、数メートルが限度。
旅客機とか、あまりにでかいやつが出てきたときには、雇い主に確認をとり、《記録係》やらが来たり、視察やらがあって、いくつか書類にサインしてから、限度以上を掘るが。まあ、そんな事態は稀だ。
あのときには《運び屋》の飛行艇でも載らなくて、でかい軍の船が来たんだよな。女神は半分のサイズになった。
今回は、でかいものは鋼の板くらいだったので、そこまでの大事にはなっていない。
全員を足場に集め、終了を宣言した。
チームは解散するわけではなく、次の現場もいっしょだが、ここでいったん別れる。一か月後に、いちばん近い島に集合。
ラミアが最後まで残ると駄々をこねていたが、キースに連れて行ってもらった。
「あたしだって、仕上げまで見たいのに!」
泣くほどのことかよ。
ぐしっと乱暴に涙をぬぐったラミアは、キースに俵抱きされながら、イーッと歯を剥き出した。
「副長のずるっこー!!」
ずるっこってなんだ、ずるっこって。俺は仕事のためにいるのであって、なにかそんな……ずるとか……なあ?
キャプテンひとりだと間の抜けたことをするから、無事に完了とか……報告とかも不安があるだろ。
キースとなら代わってもいいが、ラミアはだめだ。いろいろ心配になるからな。
二艘の船が女神を離れるのを見送って、ウィーザーはまた女神に登る。
ウィーザーの装備は、ほかの《採掘師》よりも多い。いつも持っていなくてもいいのに、刷毛や、やすりがあるのだ。仲間たちが女神から離れたあと、最後の仕上げに使う。
俺は足場で、上を見上げていた。
ウィーザーとの会話は通信機を介してだ。
『ラミアは、おまえがいないと寂しいんだよ、リック。だから拗ねる』
「そうか?」
『そうなんだ。正直に云えないだけだよ。だから、気を遣ってやってくれ』
移動するときは男女別ではなく、半数ずつで船に乗る。
ラミアがいようと、男どもの誰かが、別室とはいえおなじ船で寝るのだ。交替で船を動かしているから、仮眠しているのはひとりだけだろうが。
(そうか、俺がいないと女ひとりだな)
ウィーザーの云うとおり、気遣うべきだった。たぶん、アックスとキースとが防波堤になっているとは思うが。
今後は、最後に残る役をハロルドかキースに任せたほうがいいかもしれない。飛行機の操縦ができるやつじゃないと駄目だし。
協会との話し合いも、次はキースを連れて行こう。その次はハロルド。以降はどっちかにウィーザーの補佐をまかせられればいい。たぶん、渉外関係が得意なのはハロルドだと思うが。協会側に難題を押しつけられかけても、「無理っすね~」とか笑いながら、うまく躱してくれそうだ。
俺が負う部分を少しずつ、手放していくしかないな。
「おまえとの時間がなくなるが、それはいいのか?」
『問題はそこなんだよな。船でするわけにもいかないし。かといって、ラミアを放置じゃかわいそうだし』
船でするとか云い出したら、俺はチームを出ていくからな。行く場所もないが。
ラミアをひろったころには、船に置かずに同行させていたりもしたんだが。
「女の《採掘師》の募集でもするか?」
『うーん。人数がいても、こんどは風紀の点がなあ』
頭が痛い、という声音だ。眉を寄せているのが想像できた。
まあ、そうだな。以前のチームは人数が多かったが、色恋関係、どろどろしてたし。
チームに参加した最初から、俺はウィーザーと恋仲という設定になっていたので、ほかから声はかけられなかったが。若くはあったが、地味ななりで、色気もなかったしな。
あのチームの姐さんたちに俺が受け入れられたのは、罪人の証があることと、男っぽい外見をしていたせいだ。ラミアみたいな格好してたら、反応が違ったんじゃないかな。
ラミアはべつに、男の眼を集めたくてあの格好をしているわけじゃないが。じろじろ見る男がいたら、「キモ」って云うぞ、あいつ。冷たい眼でな。
「女だけのチームでも作れりゃいいんだが」
恋愛とか結婚とか考えない女もいるから、そういうのだけ集めたい。
女の《採掘師》が増えてくれるといいんだが。セイラが育つころには、俺は引退しているんだろうな。あの子が本当に《採掘師》を目指すのかも怪しいが。
協会に問い合わせて、ほかのチームから女だけ引き抜くってのもありか。
以前のチームの姐さんたちは、年齢的にもう引退しているはずだ。どこかの島で暮らしているだろう。
まだ俺には、引退後なんて想像もつかないが。海を離れて生活できんのかな。新たに《運び屋》のチームでも作ればいいのかな。わからない。
犯罪者の証をつけたまま島暮らしなんて、なにをすればいいんだろう。
あと五年もしないうちに、答えを出さないといけない。
『俺はおまえがいないとだめなんだが、リック』
こいつには、俺以外に眼を向けてほしい気持ちもあるんだが。
俺も、この刺青がある限り、誰かといないと暮らしてはいけないのだ。
その相手に選ぶのは、たぶん、こいつなんだろう。
だけどなあ。
それでいいのかと、迷ってはいる。答えはまだ、出ないんだが。
×××
征服した証に、女神の形を変えて、俺たちは去る。
海のオブジェ。
どこの神が、《潮の女神》をこうして形作ったか、誰にもわからない。それは人知の範疇にはないのだろう。本当に神の御業かどうかも怪しい。
少なくともその神は、女神にかける情もないようだ。
おそらくは、人間にも。
ならばそれは、誰のための神なのだろう。
《採掘師》のなかで、俺たちほど撤退に時間をかけるチームもない。
残っているのは俺とウィーザーだけだが、ふたりで充分な作業だし、ほかはいても、じゃまなだけだ。ほかの面子には、さきに陸に上がってもらっている。
そろそろ時化の時期で、次の現場には嵐が終わってから入る予定だ。それまでは、つかのまの陸上生活を楽しむ。――本当に俺たちがそれを楽しめるかどうかは別として、少なくともチームメンバーは。
俺たちがいられるのも、衛星ラジオのウェザーニュースを聴く限りでは、三日が限度だ。
そう伝えれば、キャプテンは「二日で終わらす」と頼もしい答えを寄こした。
俺たちが残るのは、掘ったら掘りっぱなしというのが、どうも性に合わないからだ。
これのせいもあって、政府からの依頼が増えているのだと、うちのキャプテンは気づいていない。
そもそも掘っているときから、やつの頭のなかには、《絵》ができているのだ、たぶん。
やつの指示には、効率的な採掘そのものよりも、「女神をどう作り替えるか」に頭が行っている節がある。
ゴーグルに隠された眼が、どんな表情を浮かべているか、考えなくたってわかる。きらきらと子供のように眼を輝かせて。
どでかい彫刻を、心から楽しんでいる。
そして宣言どおり、翌日にはそれができあがった。
キャプテン・ウィーザー作、《振り返る女神》。
丈を削られ、遠くなった空を望むことをやめた、海を見守る女神だ。
丁寧にやすりをかけられた頬はなめらかで。エメラルドの海をいつくしむ、やさしい表情をしている。
苦しげに天に伸ばされていた身は、ゆったりとかまえ、どこにも不自然さはない。
こんなもの、女神崇拝者に知られたら、端からこいつに作り替えさせるか、もしくは女神を歪めるなと、こっちにさらに暗殺者を送り込んでくるだろうな。ありのままをよしとするなら後者か。
俺は《飛行機》で離れ、最初にこの女神を撮った場所まで行って写真を撮った。これは陸で現像して、採掘を終わらせた報告書に添付する。
ここから見た女神は、俯きかけた顔もばっちり写るアングルで。まさか写真のことまで考えて掘っていたわけじゃないよな、と疑った。
これを見たお偉方は、また、うちに仕事を積むのだろう。
ほかのチームが放りっぱなしにしている、すでに岩と変わらない《顔のない女神》を、憂いている誰かがいるのだ。島からは見えない、旅人や海で仕事をする者でもなければ、誰に知られることでもない。そういうものでも。そのままにしておくのがいやで。
《採掘師》の誰もが、掘るだけでなく、彫る技術を持っているわけじゃない。
キースがうちのチームにいるのも、これのせいだ。女神を顔なしのままにしないウィーザーを気に入っている。
ラミアの云っていた、見たがっていた「仕上げ」。そのうち、近くを通ったときにでも見るだろ。海から離れないならな。
ウィーザーは、庭師としても才能あったんだろうな。立体の捉えかたがうまいんだ。
「キャプテン様様だな」
「俺じゃない。女神が、ああなりたかったんだ」
後部座席の男が、さらっと発言する。
「耳タコだよ」
いっつも聞かされている。
ウィーザーが掘り出すのは、女神の自我。
天への恨みを削いだ、女神の本心。
人間に恵みをもたらす女神が、怒りや悲しみばかり、かかえているわけがないと。
「キスはしたのか?」
「した」
不誠実な男だな。どの女神にもするんだ。
そしてその男は、さらに最低なことを云った。
「あれみたいに素直なのも嫌いじゃないが、次の女神は、もっと根性あるといいな」
あれだけ口説いていたのに、ひどい男だな。
本当、たちがわるいったらない。俺はため息交じりに訊ねた。
「どんなのがお望みなんだ」
「そうだな、空を落とすくらいの気概があったら最高だ」
「空を睨んで? 手をつきあげてか?」
そりゃあ最高だな。
たぶん、《恨みの女神》って名前がつくぜ。
届かぬ空へ手をのばして。焦がれて。恨んで。そのさきにあるなにかを掴もうと足掻いて。
ああ、俺は好きかもな。
その女神を掘るとなったら、きっと腕から攻略することになるが。すまないな。
その女神は、おまえに作り替えられたら、どんな顔を見せるのだろう。
恨み以外の心は、どんなに美しいのだろう。
見てみたかった。
似合わないと嗤われても、俺は美しいものが好きだった。女だからってわけじゃなかろうが。好きなものは好きなんだ。
×××
「なあリック、いつになったらプロポーズを受けてくれるんだ?」
「受けないよ、当分な」
俺やおまえが引退する歳になったら、考えてもいい。
「俺は、おまえと恋愛するより、おまえと家族になるより、おまえと、仕事をしてたいよ」
そうか、とウィーザーは返した。
「じゃあ、頑張らないとな」
というか、昔は男だと思っていた相手に、よくプロポーズとかするよな。責任を感じているだけなら、やめてほしいんだが。
さきゆきに、まったく不安がないといえば嘘になる。
大陸は狭い。海に《潮の女神》が生まれつづけなければ、資源はすぐに底をつく。
食い尽くさぬようにしている女神も、島の近くに出た女神も、いつかは手をかけられる。
それは、人類の終焉を意味する。
そんなことは、誰だってわかっている。とくに《採掘師》は。
だけど、だ。
だけど。
町でチームのみんなと合流し、数日後には、また旅だ。船で、《飛行機》で。それぞれ足は違っても、進む方向はおなじ。
意気揚々と舵をとって。また違う女神のもとに。
新たに生まれた女神を見にいく。
針路は北へ。エメラルドグリーンに別れを告げ、青い海のある場所へ。
そうだ、進め、そのさきへ。
世界はまだ、暗くなってはいない。




