10.《運び屋》たち
二日とせず、依頼どおり船が着いた。
女神にのぼっていると、船の動きはすぐわかる。彼らの到着よりさきに、ウィーザーも下におりて待っていた。俺は足場で受取係だったから、そのままだ。
《運び屋》の船が近づくと、していたゴーグルを引き下ろし、ウィーザーは大きく手を振った。
「ヴァイパーの爺さん! ひっさしぶりだな、逢いたかった」
ゴーグルをしていないと、塩やなんかの欠片で眼を傷つけるので、採掘の必需品だ。俺も作業中は眼鏡をやめてゴーグルをしている。ワークパンツのポケットに入れていた眼鏡を出し、ゴーグルとつけかえた。
女神につけた足場は、女神の外周全部とはいかず、何割かにとどまる。この女神は横幅五十メートルくらいだが、足場はそのうち、片側三十メートルくらいか。表側につけてある。背面側にも足場が作れるくらい、余裕がありゃいいんだがな。船で曳航するものなので、そんなにでかくも重くもできない。
俺たちの船とは少し離れたところに、《運び屋》の船が着いた。近すぎると危ないからな。あっちはでかいし。向こうの船員が投げたロープをウィーザーが掴んで、引いてやっている。
足場に近くなった船から板が出てきた。ウィーザーがさっさか受けとって足場に渡す。やたらてきぱきした動きだ。
なんつーか。爺さんが好きだよな、おまえ。
「ウィーザーの小僧か、俺は逢わずにすむなら、それでよかったんだがな」
ヴァイパーは渋い響きの声をした、白髪の爺さんだ。髪は長く、一本にくくったものが尻尾のように後ろで揺れていた。
ヴァイパーに右脚はなく、そこは木の義肢が支えている。俺たちが生まれる前には《採掘師》だったらしいが、事故で脚をやってから《運び屋》になった。
ほぼ垂直に女神を登らなくてはならないから、義肢で《採掘師》をやるのは無理だ。義手ならなんとかなるが、脚はな。
憎まれ口をたたいてはいるが、ヴァイパーがウィーザーを気に入っているのは周知の事実だった。さっさとウィーザーはあちらの甲板に移ったが、ふたりの小突き合いを誰も止めない。
キースも、ウィーザーを追って、女神からおりてきた。ハロルドは上に残っている。全員でおりても、しょうがないしな。
そう思ったら、ハロルドが無線で話しかけてきた。
『副長、俺、いります?』
べつに、爺さんとのやりとりには要らないが。
「そうだな、俺がこっちにかかりきりになるから、おまえがさきにおりて、《飛行機》でほかのやつら回収してくれ」
寒いし足腰痛いし、上にいっぱなしってわけにゃいかないからな。チームの全員が、百三十メートルをするするおりては来られない。
《飛行機》は操縦できるやつが限られるからな。俺とアックスとが下にいたが、いまアックスは船での無線番だ。ハロルドにやってもらったほうがよさそうだ。
『了解。あと五分掘ったらおります』
「頼む」
キースにまかせてもいいっちゃいいんだが。キースのほうが、ハロルドより事務仕事が得意だからな。本人もわかってて、おりて来てるし。
ラミアは、いまの時間は受取係で足場にいる。
「ラミア、あっちに乗るなら爪外しとけよ、余所の船だ」
「はーい、副長。いつもどおり、うっさいね」
「ガニ股で歩きたいなら、そのままでいろ」
作業中、俺たちの靴には、金属の爪がついている。爪先側がハーネス、踵側がクリップになっている、ハイブリッド式のアイゼン。採掘係も、荷物の受取係もだ。
これがあるとないとでは、グリップ力がまったく違う。登攀用のもので、平地を歩くときは却って危ない。へたをすると、自身のズボンやストラップを踏んで転ぶ。転倒を回避するためには、両足の踵を接近させないよう、ガニ股で動かねばならなかった。若い女には厳しいアイテムだ。俺も平地で装着しているのは好きじゃない。美しくないだろ、ガニ股なんて。
八分丈のラミアはズボンの裾など踏まないが、ストラップはしてるからな。甲板に傷がつきもするし、外すに越したことはない。俺に倣い、ふくれっ面になりながら、ラミアもアイゼンを外していた。
以前、ラミアはショートパンツを穿きたがったが、ハーネスのレッグループで痣がつくし、まず痛いので諦めていた。
休暇時には短いのを穿いているけどな。そっちのが似合うのを俺も認めるが、安全には代えられない。男女問わず、レッグループに素肌があたるようなズボンに、許可が出せるか。
ボトムが八分丈だと、靴に塩の欠片が入る可能性が高いし、じっさいラミアの靴にはわりと入っているようなのだが、そこらへんは気にならないらしい。踏んだときに痛みがあれば、作業に支障をきたすのにな。事故るまえに禁止させたいんだが。長さですでに妥協しているから、聞きやしない。
キースはひとりでさきに気を遣っていて、とっくに爪はなかった。ウィーザーはそんな気遣いとは無縁なため、まだしている。とっくに向こうに乗り込んで爺さんと話しているから、あのまま外さずに終わるな、これは。
(さきに云っておきゃよかった)
ラミアにだけ注意しているのは、よくないな。あとで叱っておく。
ヘビ爺さんの船はいくつもあるが、今回は荷が大きいので、船も大きい。年季の入った金属の船だ。操舵に人数が必要なので、船員も多かった。
これも昔、女神から出てきた代物だ。この手のものは政府で使われるか、数があれば競売にかけられる。高かったんだろうなー。軍のマークがないので、レンタル品じゃない。
《運び屋》は、たいてい腰にザイルを巻いている。グローブはしているし、汗をぬぐう布を額や首に巻いていたりもするが、あとは自身の腕二本での勝負だ。隆々とした筋肉を見せつける者が多い。
装備が少ないぶん、俺たち《採掘師》より格好はすっきりしているが、なにげに暑苦しかった。実用的な筋肉は、俺も嫌いじゃないけどな。
《採掘師》は引退が早く、辞めたあとに《運び屋》になる者もいる。海から離れられないのだ。
若いやつもいなくはないが、だいたい《運び屋》は《採掘師》よりも年嵩だった。
コミュニケーションはちゃんととっておいたほうがいい。転職先になるかもしれないからな。
「爺さん、ウィーザー、こっちはやってくぞ」
「おう、リック。頼まあ。キースもな」
「了解」
爺さんはウィーザーを気に入っているが、職務の面で信用を置くのはキースらしい。キースは数年後には、ここに引き抜かれるかもな。
俺たちも下にいるうちの三人は、先方の甲板にあがった。荷運びの手伝いと数のチェックのためだ。俺が中身をたしかめてから、足場に運ばせる。金を払うのは、すべてのチェックが済んでからだ。足場にいったん置いて、ものによっては足場に置きっぱなしにするが、大半は俺たちの船に運ぶ。食糧を出しっぱなしにできないからな。
チェックリストは、複写式の紙だ。紙は技術が残ったので、大陸でも島でも生産されていた。木の数は、いつかと比べれば減ってるんだろうけどな。塩害の消えた地域では、植樹もしている。
「このチームはさすがに早いですね。動きが洗練されている」
キースが云うのに頷いた。
足場に渡した二枚の板を伝って、荷物を次々、運んでいく。人数がいるから、早く終わりそうだ。うちが受けとる荷物が終わったら、こんどは運んでもらう荷物を渡す。このぶんなら、一時間とかからない。
ヴァイパーは、俺の渡したリストで持っていく荷物を確認していた。ウィーザーもそばについている。
「お、でけえ鋼があるな。こりゃ昔の船かなんかの装甲かね」
検査もしていないし鋼かどうかは不明なんだが、大きめの金属をだいたい《運び屋》はそう呼ぶ。
「だと思う。この女神は埋蔵量がありそうだ。食品配達以外でも、あと三回くらいは来てもらうかもしれない。掘り出すもののサイズによっては、四回」
「そりゃいい。俺たちも仕事はあったほうがいいからな」
爺さんは、にやりと笑った。そりゃあ仕事はあったほうがいいよな。なけりゃ食えない。俺たちも、あんたらも。
「《飛行艇》が要りそうか?」
「まだわからないが、たぶん。鋼がまだ出そうな気がする」
「デカブツは大歓迎だぜ、俺はな」
《飛行艇》は、《飛行機》より巨大な機体だ。重くて大きいものを運べた。たまにしか借りないが、ごつくてかっこいいやつだ。けど、《運び屋》から借りるのも高い。
燃料を大量消費するからな。そして燃料は、女神が出してくれなきゃ枯渇するのである。女神から出たものを運ぶために《飛行艇》が要るのに、女神から出てきた燃料を消費しないとならないとは、これいかに。
「あー、人力けっこうきついサイズだし、鋼を渡すときは船を近づけたほうがいいかもな」
《飛行機》を使うほどではないと思うが。というか、そっちを見たらもうハロルドが乗って手を振っていた。操縦用のキーは船にあったので、無線番のアックスから受けとったのだろう。
船同士を寄せすぎるのも危ないんだが、鋼を落とす事故よりましである。大きい船よりは小さい船を動かして寄せたほうがいいので、あとでアックスに連絡しよう。あいつは船の操舵もできるからな。
「――う、あ……あ」
ふら、と、俺の脇でよろけた男がいる。《運び屋》にしては、まだ若い男だ。手ぶらだった。筋肉はついているが、あまり日に焼けていない。俺より背も低かった。爺さんのところの新人か。黒髪。一重瞼の奥の眼も、暗い色をしている。
「ああ、すまんリック。そいつ、さっきから様子がおかしくてな」
大きめな金属のボトルを軽々とかかえた《運び屋》が、通りがかりながら、代わりに謝った。ボトルには水が入っている。俺たちが依頼したものだ。ほかに食料も運んでもらっている。周囲は海で水だらけだが、飲めやしない。真水は貴重だ。装置もあるし濾過すれば海水も(まずいのを我慢して)飲めなくはないが、手間がかかるからな。
このボトルはなにやら特別な製法だか技術だかで水が詰められており、蓋を開けない限りは長く保てる。開けたら三日以内で消費しないとならないけどな。
「べつに、ぶつかってもないから平気だが。船酔いか?」
彼は長く爺さんのところにいる、ベテランの《運び屋》だ。俺より二十歳は上だろう。
「さあな。今回が初仕事で。すぐに慣れりゃいいんだが」
こちらの会話も、その男には聞こえていないようだ。
一心に、青褪めた顔を天に向けながら、男はぶつぶつと呟いている。
「女神の……顔がない……」
ああ、船酔いじゃなかったか。
(そりゃそうだ)
採掘してるからな。基本的に上からやってくから、最初になくなるのは顔だ。あたりまえの話だ。
顔もむろん、塩だ。前回、爺さんに渡した荷物のなかにあった。そのうち、どこかの家の食卓に載る。レストランかもだが。
「顔が……ああ……」
接近したここからじゃ、顔の位置だったところなど、見えはしない。ただの壁のようなものだが、ここに至るまでに眼にしたのだろう。採掘中の女神は、柱か、ただの岩に見える。神秘性はほど遠い。
ハンマーにドリル、採掘の音や、女神の体に渡されたザイルや防護ネットも、よくない印象を人々に与える。
これがあるから、島から近い女神は、崩さぬ決まりになっていた。
女神崇拝者じゃなくとも、女神に感謝する者は多い。神秘性に憧れる者も。
顔から崩すってのは、俺たちにとっては常識でも、初めて眼にする人間には、やはりキツイか。
だが、男の表情は、たしかにおかしかった。驚愕以外の、負の色に染まっている。
「おら動け、いつまでもお客さんじゃねーぞ、マーキス」
片手に荷をかかえた中堅組が、ぼんやりしている男の背中を叩いた。びくっと不自然に男が跳ねる。そして、ぎぎ、と油のない機械みたいな妙な動きで顔を動かし、誰かを探した。
焦点を結ばない、俺の顔を撫でていく目線が、危険な色をたたえていた。そして俺は、その色を以前にも、眼にしたことがあった。
男が探していたのが誰か、一瞬後には理解していた。
ダンッ、と男は甲板を蹴って跳躍する。さきほどまでの鈍い動きが嘘のようだ。
「女神に救いを!! 《ハイエナ》に報いを!」
マーキスと呼ばれた男は、ウィーザーに突進した。




