9.楽しいお仕事
『副長ー! 出たぜ、乾電池だ! 細めのやつ。見える範囲では二十本。その奥も暗いから、たぶん、もっとある』
興奮した声のアックスの連絡に、俺も少し気分が浮き立った。つい、拳を握る。
「でかした。五本以内なら優先的におまえが確保していいぞ、アックス」
『やったぜ。ドリルの電池が怪しかったんだ』
基本的に掘ったものは雇い主に渡すが、乾電池だけは、出てきた半分を《採掘師》側で確保していい話になっている。ドリルとか、無線にも必要なものだからだ。
(半分は許可しておかないと、全部をくすねるチームが増えるからなんだろうな。発見の報告すらしないで)
実例があったと見える。
うちのチームでは、その場で電池交換してもいいように、これだけは「見つけたやつが優先」となっていた。
規格が合わないのもあるから、優先されてもどうしようもないときもあるが、アックスの発言からしてドリルに使えるサイズだ。
二十本以上なら、最低でも十本はチームで使える。どれくらい保つかは不明でも、いい掘り出しものだった。
不思議なことに、この手の小さいものは、ビニールにくるまれたまま、女神のなかに存在する。未使用品なのだ。
何百年もまえ、世界が水没する以前に作られたのだろうに、新品みたいだった。ちゃんと使えるし、使えない乾電池は出てきた例がない。俺たちのチームで見つけるものは、だが。
塩は金属も腐食させるが、乾電池に限らず、女神から出てくるものは、みな綺麗なままだった。なにか、膜のようなもので守られている。
「いいな~、ラミアも電池、欲しかった」
頭上を見上げながら、ラミアが口を尖らせている。
「アックスは独り占めはしないさ。あの感じだと、倍はあるだろ」
「期待しちゃいますね」と、ハロルドが手庇しで云った。アックスのいるほうを見ている。まあな。あるのは確定してるし。
少しして、アックスが籠をおろした。みな、採掘時には籠を背負っている。中身がいっぱいになったり、重さがあるていどいったら、下に寄越す。あまり重いと籠が壊れるからな。
女神にはネットが張ってあるから、海上五十メートルほどで籠は止まった。
籠が止まるまえに、ジャケットの袖に腕を通していた男がいる。半袖のまま行こうとしていたら、こいつを止めてたな。
「俺、行きます」
下からピッケルとアイゼン装備のハロルドが、ひょいひょい登って行って、籠を確保した。籠につけられていたカラビナを外し、ハロルドが背負っていた籠と交換する。ハロルドが大きく腕でまるを描いたので、俺がアックスに回収完了と連絡した。
「籠を交換したから、そっち使え」
『了解。お気遣いどうも』
「ハロルドに云うんだな」
籠は個人用ではなく、チーム用。普段の作業でも交換はする。
回収した籠を背負ったハロルドは、ふたつあるネットを器用にくぐりつつ、するするとおりてきた。身長のあるハロルドは、そのぶん瘦せ型だ。体重があると厳しいからな、この仕事は。
「副長、だいぶありますよ、これ」
ハロルドが見せてきた籠の底のほうに、束がある。籠の容量からすると全然いっぱいじゃないし、このていどなら籠も荷重に耐えるが、アックスは下にいる俺たちが早く使えるよう、気を利かせたのだ。
「かぞえてくれ」
「え~と、いち、にぃ……」
ハロルドに数えさせたら、五十五本あった。アックスが五本を確保しているから、見つかったのは六十本。五本ずつのパックになっている。
「わー、やった。みんなもらえるね」
ラミアが飛び跳ねて喜んでいる。いいけど、アイゼンつけたままやるなよ。足場の板が傷つく。へたすりゃ、おまえも怪我するぞ。
「数もちょうどいいな」
「助かりますね」
三十が雇い主用で、残りの二十五本のうち、七本がいま使っている無線の電池の交換用。あとは個人で二本ずつだな。アックスを抜いて九人だから、ちょうどだ。
ドリルよりも無線が優先。ドリルはほかで代用も利くが、無線の代用品はないからな。交換したら、いま使っている電池は希望者にまわしてもいい。使用済みなので、いつまで保つかはわからんが。
サイズの合う乾電池を一本も出してくれない女神もいるから、これはありがたい。俺はちょっと女神を拝んだ。横でハロルドもやっている。
「ありがとー、女神様。愛してるぜ」
乾電池を出さない女神は、植物や動物を出すから、どっちにしろありがたいんだけどな。ただ、俺たちがすぐに恩恵にあずかれるのは、乾電池のほうってだけで。
「ウィーザーみたいなこと云うなよ」
「そういや旦那、静かですね」
上にいるウィーザーがなにも発言しないが、あの男は個別通信じゃない限りは切っている。アックスの電池発見の連絡が聞こえていないのだ。
べつに、発見の連絡は義務じゃない。昨日のハロルドみたいな「でかくて無理」とか、アックスの「すぐ使えるもの」とかは、してもらうけどな。小さなものなら、籠で足りるし。
いつもは、個人の担当の時間が終わって、交替のためにおりてきてから、なにが出たかを知る。だから、ウィーザーが無反応だからといって、なにも掘れていないとは限らない。
「聞きたいのかよ、あれを」
「いえ、遠慮します」
無線に声が乗っていないだけで、ウィーザーは黙ってはいない。採掘しながら、ずっと女神に語りかけているタイプなのだ。「愛してる」なんて序の口である。
俺らが聞いただけでも、「素敵だ」「美しい頬だな」「なめらかな肩だ。傷つけるのが惜しいが、すまないな」「俺にくれるのか、ありがとう」「見つけやすいところに宝を置いておいてくれてる、きみはやさしいな」「きみに出逢えて俺は幸運だ」なんてのがある。
これを、工具を女神に振るいながら口にしているのだ。いっそ猟奇的である。女神に感情があったら、なにを思うんだろうな。いや、俺はウィーザーはだいぶ女神に愛されている男だと考えているが。
ずいぶんまえ、まちがって無線のスイッチが入ってしまっていたときだ。最初は無言で聞いていたメンバーも、五分も過ぎたら「キモイ!」「黙ってくださいお願いします」「ラミアも云われた~い」「口を閉じろ、いますぐ!」「吐きそう」と文句の嵐だった。いや、ひとり文句じゃないな。
「今日もあれ、やってんでしょうかね」
「だろうな。恒例だし」
「黙って掘れないんですかね」
工具を振るえば塩の欠片が飛ぶし、塩以外にもなにかないとも限らないから(うっかり見えてなかったお宝を欠いたりな)、作業中、口は閉じるのがふつうなのだが。あいつ、マスクも装備したほうがいいんじゃねえかな。
「女神を口説いてるつもりなんだろ、我らがキャプテンはな」
「なんていうか、……不毛……」
ハロルドから笑顔が消えている。やめろ、真顔になるな。
まだ作業位置が高いので、交替には《飛行機》を使ったりもする。交替人員をふたり乗せ、ふたり回収するのだ。
なので、《飛行機》を操縦できる者が、下にいないとならない。
俺か、ウィーザーか、キースか、ハロルド、アックスだ。この五名は、全員いっしょには、女神に登らない。最低でも二名は下にいる。
いまは俺とハロルドが足場にいるわけだ。
やがて、交替でおりてきたウィーザーは、籠に真珠とサファイアとを入れていた。サファイヤは原石。わりとでかい。
いいんだけど。いいんだけどさあ。
(高く買いとってもらえるやつではあるが)
もっと実用品が出ないかな、と思ってしまうのは、俺に限った話でもあるまい。
今日のMVPは、文句なしでアックスである。乾電池、最高。




