第一章:目覚め ― The Awakening
青い閃光の中を、オルカ号は空間を突き抜けた。
視界が白くぼやけ、耳鳴りが続く。
そして――次の瞬間、船は静かな宙域に放り出される。
『空間跳躍、完了。航法系の再起動に30秒を要します』
「……はぁ……はぁ……助かった……?」
レオンは操縦席に倒れ込み、しばらく呼吸を整えた。
窓の外には無数の星々。
どこか遠く、帝国の領域を越えた先にある“自由宙域”――その一角だろう。
『レオン、あなたが発した未知のエネルギー反応を解析しました。通常の反物質波とは一致しません。』
「……あの光のことか?」
『はい。まるで外部の力があなたを“保護”したようでした。説明不能です』
レオンはペンダントを見つめた。
淡い光がまだ鼓動のように瞬いている。
母の言葉がよみがえる――
星海の光は、恐れの中でこそ輝く。
「星海の力……本当に、俺の中にあるのか」
独り言のように呟く。
それでも、信じ切れない。彼はただの運び屋だったのだ。
英雄でも、戦士でもない。
***
数時間後、船のセンサーが何かを捉えた。
『通信反応あり。こちらへ向かっています。』
「帝国か?」
『いいえ、識別信号は民間のものです……ただし暗号化レベルが高い』
レオンは警戒しながら通信を開いた。
雑音の向こうから、落ち着いた女性の声が響いた。
《こちら、星の誓い所属のセラ・ヴァルン。あなたの船、帝国の追撃を受けていたようね?》
「……星の誓い? 反乱組織か」
《呼び方は好きにしていいわ。あなたを助けに来たの》
モニターに映し出されたのは、深紅の外套をまとった女性。
鋭い眼差しと、落ち着いた口調。
戦場の空気を纏ったようなその姿に、レオンは言葉を失った。
「……助けに?」
《ええ。あなたが“星海の反応”を起こした瞬間、私たちはそれを感知したの》
「感知した……?まさか、そのために追ってきたのか」
《あなたを守るためよ。帝国は、星海の力を封じるためなら何でもする》
短い沈黙。
レオンの心の奥に、再び不安が芽生えた。
「……俺に、その力があるなんて、信じられない」
《信じなくてもいい。けれど、あなたはもう“選ばれてしまった”》
セラの声は穏やかだが、確信に満ちていた。
《座標を送るわ。こちらへ来て。話をしましょう》
通信が切れる。
レオンは少しの間、何も言わず星空を見つめていた。
『どうしますか?』
「……行く。逃げてばかりじゃ答えが出ない」
***
反乱組織《星の誓い》の基地は、流星群に隠れた小惑星帯の奥にあった。
巨大な岩塊をくり抜いた内部には、古い艦船や修理ドローンが並び、数十人の人影が忙しく動き回っている。
レオンが降り立つと、整備士の少女が駆け寄ってきた。
短い赤髪、油にまみれた手。
「おおっ、新顔か! あたしミラ!整備担当だよ!」
「え、あ、どうも……」
「セラが呼んでる。司令室はあっち!」
元気な声に背中を押され、レオンは半ば押し込まれるように通路を進んだ。
司令室には、セラが待っていた。
横には白髪の老兵――グレイが腕を組んで立っている。
その隣には、無口なアンドロイドが静かに佇んでいた。黒い装甲に青い光が走る。
「来たわね、レオン・サイル」
「あなたが……セラ?」
彼女は軽く頷いた。
「ええ。あなたが“星海の反応者”だと聞いているわ」
「俺はそんなつもりじゃ――」
「つもりじゃなくても、起きてしまったのよ。星海の力は選ばれた者にしか反応しない」
グレイが低い声で言った。
「坊主、お前がどう思おうと関係ない。帝国はもうお前を“標的”として認識している」
レオンは唇を噛んだ。
逃げ場など、どこにもない。
セラはモニターに帝国の艦隊データを映し出す。
「これは帝国の将軍――ヴァルド・ケイン。星海狩りの異名を持つ男。彼があなたを追っている」
映像に映るのは、鋭い目を持つ男。
顔の半分を金属で覆い、冷徹な光を放っている。
「彼に見つかれば、命はないわ」
「……どうしてそこまで星海を恐れるんだ?」
「星海は“秩序”を乱すからよ」セラが答えた。
「帝国はこの宇宙を“管理”するために、星海の力を抹消した。すべてを支配下に置くために」
レオンは拳を握る。
「母さんも……それに関わっていたのか?」
セラは静かに頷いた。
「あなたの母、リアナ・サイル。彼女は星海の巫女の一人だった。帝国に追われ、力を封じてあなたに託した」
レオンの視界が揺れる。
今まで知らなかった真実。
なぜ母が命を落としたのか――ようやく、答えの断片を掴んだ気がした。
「……俺は、この力を恐れてた。でも、もう逃げない」
その言葉に、セラはわずかに微笑んだ。
「いい目をしてるわ、レオン。あなたは戦う理由を見つけたのね」
その瞬間、基地の警報が鳴り響いた。
『警告! 帝国艦隊、空間跳躍してきます!』
セラの表情が鋭く変わる。
「早すぎる……ヴァルドの艦か!」
ミラが駆け込んできた。
「エネルギー反応三つ! 主砲の照準、こっちに向いてる!」
グレイが吠えた。
「防衛砲を展開しろ! 全員退避ルートを確保だ!」
セラがレオンに振り向く。
「あなたの船、使える?」
「損傷はあるけど……まだ動く!」
「なら――あなたの力、もう一度見せて」
レオンは頷いた。
恐怖の奥に、燃えるような決意が宿っていた。
***
戦闘が始まった。
帝国艦から発射されたプラズマ光線が、小惑星の外壁を焼き裂く。
反乱軍の砲台が応戦し、宙域は光の渦に包まれた。
レオンは《オルカ号》の操縦桿を握る。
「チップ、シールド最大! セラたちの退避船を守る!」
『了解。あなたの心拍が異常上昇――また力が反応しています!』
ペンダントが眩く輝く。
彼の視界に、敵艦の軌道が“見えた”。
まるで未来を覗くように。
「そこだ……!」
オルカ号が急旋回し、プラズマ砲を正確に撃ち込む。
敵艦が爆散する。
セラが通信越しに叫んだ。
《レオン、後ろ!ヴァルドの旗艦が来る!》
巨大な影が現れた。
漆黒の艦――ヴォイド・ガード。
その艦橋から、冷たい声が響く。
《……星海の継承者、レオン・サイル。ここで終わりだ》
ヴァルド・ケイン。
その眼差しは、まるで闇そのもの。
レオンは唇を噛み、操縦桿を握り直した。
「やってみろよ、帝国の犬!」
激しい閃光が走る。
オルカ号のエンジンが悲鳴を上げるが、レオンは叫んだ。
「星海よ……俺に力を!」
光が彼の体を包む。
オルカ号の機体が青白く輝き、ヴァルド艦の砲撃を弾き返す。
その光の中で、ヴァルドは微かに呟いた。
《……やはり、お前か。星の巫女の息子》
レオンの瞳が見開かれる。
「……母さんを、知ってるのか!?」
だが答えは返らない。
ヴァルドの艦は一瞬の隙を突いて撤退し、空間の彼方に消えた。
戦場に、静寂が戻る。
セラたちの艦が合流し、ミラが歓声を上げた。
「やった!逃げたよ!」
だがセラの表情は険しかった。
「いや……あれは撤退じゃない。観察よ。彼はあなたを“見極めた”」
レオンは静かに息を吐いた。
胸の奥で、星海の光がまだ脈打っている。
それは、終わりではなく――始まりの証。
「セラ……俺、もう逃げない。星海の力が何なのか、自分で確かめる」
セラは頷いた。
「ええ、レオン。あなたの旅はここから始まる。
私たちはそのために――あなたを待っていたの」
遠い星々が輝く宙域で、
彼の物語は静かに、しかし確かに動き出していた。




