初めてのおつかい(龍さん編)
我が人の姿となってしばらく経った頃。
営業中に調味料を切らしたという大史は、我におつかいを命じたのだ。
「龍さん、近くのスーパーでごま油と味醂、生姜を買ってきてもらえる? なるべく急いでもらえるとありがたいんだけど」
「あいわかった! 我に任せろ!」
「1人で大丈夫かな。虎之介には調理を手伝ってほしいから手が離せなくて」
「問題ない。我を誰だと思っておる! 神ぞ!」
「もちろん存じてるけど、変なヤツについていったらダメだからね? 子供の姿なんだから用心しないと……」
「心配性だな。大丈夫だと言っておるだろう! では行ってくる!」
「えっ、あ、気を付けてね」
いつもは大史や虎と一緒に買い物へ行くため、1人での買い物は初めてだ。見た目が子供のせいか、我を子供扱いするのは常である。そのほうが都合の良い時もあるが、心配性の大史は何かと制限を付けたがる。近頃は子供を狙う変態が多いと聞くから、それを危惧しているのやもしれん。しかし、我は人間や妖怪よりも随分と長く生きているので、そのような危機回避など容易いものだ。
さて、大史からは5千円札を預かったわけだが……。
「ふむ、お釣りで何を買おうか。菓子やアイスでもいいが、どうせなら腹に溜まるものがいい。コロッケ、メンチカツ、鶏の竜田揚げ、フライドポテト……むふふ」
大史が作るメシも当然美味いのだが、スーパーで売っている惣菜もまた美味いのだ。こうしてゆっくりと歩いている暇ではない。出来立ての惣菜をいち早く入手するため、我は急いでスーパーへと向かった。
「ごま油と……味噌とニンニクだったような。いや、ミョウガと人参だったか? ええい、全部買ってしまえ!」
目当てのものを買い物カゴへ入れ、足早に惣菜コーナーへと向かうと、昼時のせいか人でごった返していた。なんとか人波をかき分けて売り場へと潜り込むも、惣菜をゆっくり見ることもできない。そうとなれば、手あたり次第の商品をカゴに入れるしかない!
戦利品を確保し、カゴの中身を確認した我は愕然とした。
「なん、だと……!? 全部ひじきの煮物ではないかっ……!」
山のように積まれていた惣菜パックが、まさかひじきの煮物だったとは。商品を返そうにも、あの人混みに入っていくのは一苦労だ。仕方なく諦めた我はそのまま会計しようとレジへ向かうと、予想だにしなかったヤツと出くわす。
「いらっしゃいませ。おや、龍殿ではありませんか!」
「……ぬしはここで何をしておる」
「アルバイトです!」
「は?」
和服に赤いエプロンを身に付け、にこやかに声をかけてきたのは蕎麦屋の団三郎だった。もしや蕎麦屋を廃業したのでは怪訝な顔で見つめると、団三郎は慌てたように釈明する。
「あ、違いますよ!? ほら、うちのファンクラブ会員の峯田和恵さん。こちらで働いているんですけど、あいにく風邪でお休みしてましてねぇ。ですから、私が代わりにアルバイトをしております。なんて言ったって、うちの太客……ゴホン。大事なお客様ですから。日頃のご恩を返さなくてはと思いまして」
「抜け目のないヤツよ」
「ふふ、恐れ入ります。しかし龍殿、こんなにもひじきの煮物を買っていますが、ひじきがお好きなんですか? ひじきは髪にいいと言いますからね。もしや、頭皮に深刻なダメージを抱えていらっしゃるのでは!?」
「断じて違う。ポイントカードを忘れたから、レシートに付けておいてくれ」
「かしこまりました! アルバイトの権限で本日のポイント2倍にしておきますね!」
「うむ。せいぜい店長に怒られるがよい」
何がともあれ得をした。大量のひじきの煮物は虎にでも食べさせておけばよい。我は大史が作ったまかないを食べるとしよう。
急いで戻らねばとスーパーを出た時、見知った顔の妖怪から声をかけられた。
「あら、龍ちゃん? この前のファンクラブ旅行以来ね」
「お! ぬしは……」
はて、名前は何だったか。
確か、占い師で団三郎ファンクラブ会長の“サバロール・猫まんま”とかいう珍妙な名だった気がするが……。
「さば……いや、猫のお姉さんではないか!」
「やだ、お姉さんだなんて。アンタってば本当にいい子ねぇ。今日は団三郎様がこちらにいると聞いて、買い物に来たのよ~。お世辞が上手な龍ちゃんには“サバ缶”あげちゃうわ。これ私の大好物なのよ」
「さば……そうか、ではありがたくいただこう」
正直、サバ缶はそれほど好きでもないが嫌いでもない。3つも貰ってしまったので、これも虎に食べさせるとしよう。
「あ、そういえば、この辺で子供を狙った不審者がいるそうよ。龍ちゃん可愛いから気を付けないとダメよ?」
「我が可愛いのは知っておるが、そのようなヤツなど目の敵ではない」
「頼もしいのねぇ。何かあったら、お廻りさんに言うのよ?」
「わかっておる」
まったく。どいつもこいつも我を子供扱いしすぎなのだ。
しかし、そうやって心配されるのは不思議と嫌ではない。
早く帰って来いという大史の言いつけを守るべく急いで店に向かっていると、またもや背後から声をかけられる。
「——— ハァ、ハァ、きみ小学生? 1人?」
振り向くと、そこには見知らぬ男がいた。
小太りな中年男は興奮気味に息を切らし、にやりとこちらを見つめている。
「誰だお前は。我は急いでおる」
「古風な喋り方だねぇ、可愛いねぇ。ちょっとおじさん家で休憩していかない? お菓子もあるしゲームもたくさんあるよ」
「我は腹が減っているから結構だ」
「じゃあ、ご飯でも買っていこうか? コンビニでいい? おじさんもちょうどお腹が空いていたんだ」
「なんだ、ぬしも腹が減っているのか。ならば、我がおすすめの店を紹介しよう」
「じゃ、じゃあ、連れて行ってもらおうかなぁ。そのあと、おじさんと一緒に楽しいことしようねぇ」
「ふむ、考えておこう」
この我に声をかけるとは命知らずなヤツよ。
恐らく、不審者の情報はこやつで間違いないだろう。まぁ、我が手を下さずとも、このまま店に連れてゆけばよい。
にやにやする男を引き連れて店へと戻った我は、勢いよく戸を開けた。
——— ガラッ!
「戻ったぞぉ! 変態1名、ご来店ーッ!」
「……大史、すぐ警察に電話しろ」
「わ、わかった」
我の背後にいる男を見た虎は、すかさず大史に指示を出した。すると、小太りの男は急に焦り出し、逃げようとしたところを捕らえられた。
「おい、この変態豚野郎」
「ヒッ!」
「うちの龍に何しやがった」
「お、お父さんですか? 何もしてませんよ! ていうか、ここってもしかしてヤクザの店!? ぼったくられるぅぅぅ!」
「待てコラ」
虎は再び抵抗した男を羽交い絞めにして動きを封じる。ただの筋肉馬鹿だと思っていたが、ここぞという時にはやはり役に立つ。
「今、警察来るから! 龍さん大丈夫!?」
「うむ。やはり店に連れてきてよかったな」
ものの5分程で警察官が到着し、小太りの男は無事連行。パトカーが到着した時は、つい興奮して乗り込もうとしたが制止されてしまった。警察24時で得た知識で事情聴取も手伝ってやろうと思ったのに、世の中の警察官は堅物ばかりだ。
その後、我は大史に事情聴取を受けることになってしまった。
「ねぇ、龍さん。頼んだもの買ってきてないよね。ごま油はいいとして、なんで人参やミョウガがあるの」
「しくじったか」
「いやいや、しくじってるレベルじゃないからね? それに、サバ缶や大量のひじきの煮物はなに?」
「虎に食べさせようと思って。最近、生え際がアレなのでな」
「なるほど」
その言葉を聞いた虎は、すかさず我の首根っこを掴んだ。猫のように。
「なるほど、じゃねぇんだわ。おい、誰の生え際がアレだって?」
「やーい! 虎の生え際反抗期ー!」
「お前も警察に突き出してやるよ」
「ふんっ、これは民事だ阿呆め」
「ぐぬぬ……」
我が論破すると、虎はおとなしく解放した。
いつの世も正義が勝つのだ。
「大史! 腹が減ったからまかないを作ってくれ」
「はいよ。ひじきの煮物がたくさんあることだし、ひじき丼にしようか!」
「……う、うむ」
解せぬ。




