勇者たちが魔王にかけた封印、解放される
「ムルテン、魔王の懐に飛び込むまで援護を頼む。アチカ、発動タイミングを逃すなよ」
「まかせろアーヴィン。どんな攻撃だって弾いてみせるぜ」
「わたしも準備できました。いつでも発動できます」
「では、作戦開始だ!」
わたしは指輪に魔力を込めてその力を発動する。
「まだ来るか勇者ども。貴様等の攻撃など通用せんぞ」
魔王が人間程度なら跡形もなく消し飛ぶ威力の火球を飛ばしてくるが、わたしの目前で消失する。
「ほう、なかなかの魔法防御だ。だがこれならどうだ」
今度は無数の触手がわたしに向かって襲いかかるが、それはムルテンの持つ魔法剣によりことごとく弾かれた。その隙に魔王へと突撃し目前で振り下ろした剣は素手で簡単に受けられるが、これも作戦通り。アチカの唱えたキーワードにより魔王とわたしは赤い光に包まれる。
「ふん、人間に使える魔法などわたしには効かぬと……なに、腕が固まっている?」
「そう、この指輪の力は範囲内の全ての魔法を無効化する。そしてアチカが唱えたのは魔法ではなく呪いだ。範囲内の全てを石と化す。魔王よ、わたしと一緒に封印されるがいい」
魔王の驚愕の表情を見ながら、わたしの意識も薄れていった。
突然視界が戻る。まさか作戦が失敗したのかと身構えたが、目前にいたのは穏やかな表情の青年だった。見慣れない様式の服を身にまとっている。
「お目覚めですか、勇者アーヴィンさま」
「魔王はどうした? 作戦は失敗したのか? ムルテンとアチカは?」
「落ち着いてください勇者さま。勇者さまとともに魔王が封印され世界に平和が戻り、もうずいぶんと時が経っているのです。そしてとうとう勇者さまの封印を解く方法が見つかり、解放することができたのです」
「それより魔王は。わたしの封印が解けたというなら魔王も復活したのではないか?」
「それも心配ないはずです。ああ、少々お待ちを」
青年はポケットから手のひらほどの石板を取り出し、表面を確認している。どうやら文字が書かれているようだ。
「魔王の拘束も完了したようです。ご案内しましょう。ああ、剣は収めてもらってよろしいですか?」
案内されて向かった部屋では巨大なガラス窓の向こうで魔王が光を帯びた拘束具によって動きを止められていた。
「呪いを解くだけならもうずいぶん前から可能だったのですが、同時に魔王も復活してしまうのも判明しておりまして。安全に拘束する方法も研究されてしばらく前には完成していたのですが、本当に魔王を解放していいのかという議論になり、この数年でようやく世論が固まり勇者解放法が可決されたのです」
青年が説明してくれるが半分以上がわからない。ただ魔王を簡単に拘束できるほど魔法が発展したのはたしかなようだ。
「一体どれだけの時間が経ったというのだ……」
呆然としながらつぶやいたわたしの言葉が聞こえたらしい青年が答えてくれた。
「勇者さまが魔王とともに封印されてから、今年でちょうど1000年になります」
◆ーー◆ーー◆
わたしが混乱から落ち着いたあと、ムルテンとアチカはどうなったのかという問いに「実際に体験していただいたほうが話が早いでしょう」とつれてこられたのはこの道場だった。わたしも訓練用という剣と防具を身につけ、先ほどの青年と対峙している。
「それでは、参ります」
青年の打ち込みは想像以上に鋭く、わたしもかろうじて受ける。その太刀筋には覚えがあった。
「その技、ムルテンのものか」
「はい、ムルテンさまは魔王を封印したのちにも更なる修行を重ねるとともに後進の指導に力を注ぎ、ムルテン流剣術の開祖として尊敬されています。わたしも師範の免状を受けております」
「それはムルテンらしいな。後進を育て剣術は伝えたか」
「では、勇者さま。今度はそちらから打ち込んでいただけますか。本気で構いませんよ。ムルテンさまの教えを継ぐものですから」
「わかった。ならば行くぞ。はっ!」
気合いを込めて打ち込んだ連撃は青年によってことごとく防がれ、返す剣がわたしの胸元に迫る。
「やはりその技でしたね。ムルテンさまが勇者さまの技に対抗するため研究を重ねて生まれたのがこの返し技です」
「ああ、驚いたよ。ムルテンは俺よりも強くなっていたんだな」
「そういっていただけると光栄です。では次にアチカさまの研究成果をご覧に入れましょう」
そう言うと道場に標的が運び込まれた。青年はそれに向かってなにかの仕掛けがついた短杖を構える。
「いきますよ」
そう青年が言った次の瞬間、火球呪文が放たれた。魔王の火球にも劣らぬ威力と感じるそれは見事に標的に命中した。
「すさまじいな。これがアチカの研究の成果なのか」
「はい。ですがアチカさまは称えられただけではありませんでした。勇者さまを呪った罪によりその魔力と呪文を封印する判決が下され、アチカさまもそれを受け入れられました」
これにはさすがに衝撃を受けた。
「まさかわたしのためにアチカが罪人となったとは。申し訳ないことをした」
「それはアチカさまも覚悟の上だったという記録が残っています。どうぞお気になされぬよう。それにアチカさまにはまだ魔法の知識がありました。自身の魔力の代わりに物体に魔力を込めて引き出す技術と呪文の代わりに魔法陣を組み合わせた魔法回路によって、魔力も呪文も使わず魔法が発動できるようになったのです」
「それが先ほどの短杖による魔法というわけか」
「はい。ですがそれもアチカさまの成果の一つでしかありません。魔力のないものでも魔法を発動できるようになって研究が進み、さまざまな魔法機械が発明されました。今使われている魔法はほとんど全てがアチカさまの理論を下敷きにしていると言っていいでしょう。先ほどの魔王を拘束した魔法もそうです」
「そうか、彼女も立派に名を残したんだな」
ムルテンの伝えた技はわたしを超え、アチカを継いだ魔法は魔王をも凌駕するものとなった。だが、ということは。
「わたし程度の強さのものは今では普通にいるということなのか」
「そうですね。正直なところ万が一勇者さまが暴走されても十分に制圧することが可能だと判断されたのも封印を解く許可に繋がりましたから」
「だが、それならばわたしはいったい何をすればいいのだ。この時代の剣技も魔法もわたしより上なのだろう」
「一番は歴史学者たちによる聞き取り調査ですね。何しろ1000年前を実際に知っている貴重な人物ですから。大きな事件の記録は残っていても小さい事件や日常生活は記録がほとんど無いのです」
「なるほど、了解した。だが一番にということは他にもあるのだろう」
「その通りですが、あとは勇者さまの選択も尊重したいと考えています。いくつか候補がありますし、その他でも何かご希望があればできるだけの努力はいたします。どうぞご検討ください」
そう言って渡されたリストに目を通す。すぐには決められなかったが、悩みに悩んでその一つを選択した。
◆ーー◆ーー◆
「いいか、若造ども。これより一か月、貴様等には魔法回路を使わずに生き延びてもらう。全ての装備を失っても生還するための訓練だ。まずは走り込みからだ。全員俺について走れ!」
わたしはそう言って走り出し、いきなりで混乱している新人達に更にハッパをかけていく。魔法に頼れない状況に応じた技術を習得させる鬼コーチがかつての勇者であるわたしの役割だ。
「魔法技術が衰退した未来で古代魔法知識を持つ主人公が無双する」ってのが目立つなあと逆をやってみたがこれゾルトラークだな。
堅物だったムルテンが若い嫁もらって子だくさんになっていたとか一時は迫害された魔族がやがて社会の一部と認められて権利回復したとかのネタも考えたけど冗長に過ぎるのでカット。