第9話「ぐったり疲労困憊な中で衝撃の真実が重いですが、なにか?」
ミホネに背負われ、グランは山猫亭の客室へと運ばれた。
なんだか、凄く格好悪い。
すれ違う客たちは皆、ミホネと挨拶をかわしつつクスリと笑っている。顔を伏せて肩を震わせてる人もいる。皆、ひょっとしたらギルド『アウトライナーズ』のメンバーなんだろうか。
そうこうしていると、三階の奥の部屋へ連れてこられた。
南向きの角部屋で、簡素なベッドと机と椅子と、それだけだ。
だが、清潔なシーツのしかれたベッドに身を横たえると、とたんに疲労が強く感じられた。
「今日は色々あったからね、少年。すこしお昼寝でもするといいよ」
「はい……正直、疲れました。でも、よかった」
「ふふ、少年には御礼をしないとね。とても助かった。あそこで止めてもらえなかったら、28手先で私が詰んでいたかもしれない」
「そういうの、わかるんですか?」
「まあ、戦いは理詰めでばかりは動かないけどね」
着替えを促されたので、億劫だったがグランは身を起こす。
向こうをむいてくれているミホネの、その丸出しの白い背中が少しドキッとした。が、思春期の淡いムズムズよりも、今日は疲れた体の重さが勝った。
ローブを脱いで、普段平服として使ってるズボンとシャツに着替える。
そしてグランは、改めてベッドの上に座った。
「終りました、ミホネさん。ど、どうも」
「うん? ああ、それじゃあ少しお昼寝するといい。それとも」
突然、身をかがめたミホネがぐいと上体を寄せてくる。
すぐ目の前に、精緻な美貌がムフフと微笑んでいた。
「それとも、お姉さんの添い寝が必用かな? 少年」
「い、いやいや、いやそれは!」
「嫌なのかい? そういわれると、少し傷付くぞ?」
「そういう意味じゃなくて、嫌じゃないんですけど……あ、でも」
逃げるようにベッドに身を投げ出して、そしてグランはちらりとミホネを振り向く。
不思議な笑顔はとても綺麗で、テンションが低くて瞳に暗い光が輝いていた。
そんな彼女の謎を、先日からずっとグランは気になっていた。
「寝物語、という訳じゃないんですが。ミホネさん、どうして追放者に……アウトライナーになったんですか?」
そう、ミホネは驚くほどに身体能力の高い戦士だ。その痩身が嘘のように、片手で巨大な剣と盾を自在にあやつる。そして不思議なことに、先程は魔法を使うようなそぶりも見せた……謎が謎を呼ぶ不思議な女戦士。彼女をあのギルド『英雄旅団』が追い出したのが物凄く不自然に感じたのだった。
ミホネは「おやおや」と片眉をピクリと跳ね上げる。
そして、そっとベッドに腰掛けた。
うつ伏せで枕を抱くグランの耳に、しっとりとした声音が心地よい。
すぐにうつらうつらしはじめたが、なぜかミホネの言葉ははっきりと届いた。
「そうだねえ、少年。……君は私が、異世界から転移してきた人間だと言ったら……どう思うかな? 信じられるかい?」
異世界? 転移? 一瞬、なにを言われてるのかがわからなかった。
だが、ミホネが嘘を言っているようにも感じない。
そんな絵空事な嘘をつく理由を、彼女が持っているように思えないからだ。同時に、思う……卓越した戦闘能力を持つ女戦士でも、ありもしないことを吹聴するような人間は、正直正気を疑われてもしかたがなかった。
そういうキャラ付けなんだ、ですまされないレベルの相互理解が迷宮では求められる。
そういう中で、信用できない人間は遠ざけられて当然とも思えた。
「なんで、そんなこと言うんです?」
「……そうだね、ふふ。戯言だよ、少年。じゃあ、おやすみ。夕食には起こしにくるよ」
「そういう意味じゃなくて、ですね。どうして、信じられるかなんて……信じますよ」
「少年、君は」
「聞かせてくださいよ。僕、もっと……ミホネさんのことを知りたいです」
自分で言ってから、赤面に顔が熱くなった。
それで思わず、隠れるように枕を抱きしめ顔をうずめる。
だが、耳まで真っ赤になってる自覚があって、その熱さが恥ずかしかった。
そして、ミホネは一瞬の沈黙のあとに再び口を開く。
「真島美火音、それが私の名前。西暦2057年5月18日生まれ、18歳。日本という国の首都に住んでた女子高生だよ? そう、だったんだよ」
聞いたこともない土地の話だし、そもそも西暦ってなんだろう? だが、やはり虚偽の臭いを全く感じない。嘘にしてはあまりにも、ミホネの声色は透き通り過ぎていた。
「大学受験を控えた1月1日。ああ、私の国ではお正月という特別な季節なんだけど……その時、私はなにかがあってこの地に飛ばされた」
「え、じゃ、じゃあ」
「手続き上はルシフェア生まれの冒険者ということになってる。ネプじいが手配してくれてね。ただ、私はどうやら普通の人より筋力が強いらしい」
それは知っている。
軽装の機動力と俊敏性を重視した最低限の防具に、巨大な剣と盾……そのアンバランスな装備を見事に使いこなして、常に冷静な戦いを展開して追放者を救ってきた。
その彼女がまさか、こことはことなる世界から追放された少女だったとは。
だが、驚きこそすれグランは忌避も嫌悪も感じなかった。
「ミホネさん」
「うん? ああ、変な話をしてすまないね」
「いえ! 僕の妹も、あの塔から……バベルゼバブの塔から落ちてきたんです」
「ああ、そういえば……聖女様はそういう生い立ちらしいね」
「僕だって、十二黄道勇者が一人、蟹座のアベルの息子ですよ。父が大英雄で、妹が聖女。なら……新たな仲間が異世界人でももう、驚きませんから」
いや、正直驚いてはいる。
異世界からの転移者という話は、子供が読む絵草子にさえ存在しない。
そもそも、グランたちが生きるこの現代の他に、別の異世界が存在するなんて信じられなかった。なのに、ミホネがそうだと言われた瞬間から、グランはもう信憑性を疑わなくなっていた。
ミホネは目を丸くして一瞬固まって、そしてポンとグランの尻を叩いた。
「つまらない話をしたね、少年。さ、少し休みたまえ。……ありがとう」
「い、いえ」
「私たちは皆、あちこちで追放された問題児の集合体だ。でも」
「でも?」
「そんな私たちだからこそ、あの塔を……バベルゼバブの塔を駆け抜けられると信じている。皆、聖櫃に祈る願いを胸に秘めているしね」
ミホネは立ち上がって扉の方へと去ってゆく。
グランは聞けなかった。問うてみたくても言葉が出なかった。
ミホネの願い、聖櫃でかなえたいことはなんだろうか? それも気になったが、自然と知れた気がした。むしろ、奇妙な実感が確信になっていた。
ミホネは、聖櫃の力で元の世界に戻ろうと思っているだろう。
それは、グランが妹のエアリアを故郷に帰してやりたいと思うのと同じだ。
生まれ育った世界を追放された人間の痛みを、グランの想像力は実感にしてくれていた。
「あ、あのっ! ミホネさん」
「うん? なんだい、少年。やっぱり添い寝が必用かね?」
「いえ……ただ、ありがとうございました。またあとで」
「ああ、夕食の時にね。私も少し休むとしよう。それに……御礼を言うのはこっちのほうだよ、少年。さ、少しでも体力を回復させないとね」
いつもの飄々とした笑顔で、ミホネは去っていった。
その背を見送る視界が滲んでぼやけて、そして狭く暗くなってゆく。
グランは安らかな眠りに落ちる中で、新たな仲間の秘密をそっと心の引き出しにしまうのだった。




