表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

第8話「敬虔な信徒だけど異世界の邪教にどっぷりなシスターですが、なにか?」

 なにはともあれ、どうにかグランたちは新たな追放者……アウトライナーをまた一人救うことができた。裏路地の小さな宿屋兼酒場、拠点である山猫亭へと彼女を運んで、そこでグランは力尽きた。

 あの魔剣ダーインスレイヴを正面から受け止めたのだ。

 呪術を流し込むためとはいえ、彼の手はもうすでに流血で感覚がない。

 だが、後悔はない。

 自分のように、ゼインから切り取られた人を守れたのだから。

 そう思っていると、その本人が歩み寄ってくる。


「あの、皆様……助けていただいて、ありがとうございます。わたくしはハウートと申しますの」


 異端にして邪教徒の僧侶、その名はハウート。

 基本的には教会のシスターたちと同じ姿をしているが、細かな意匠は違うし十字架も見当たらない。薄暗いどんよりとしたジト目は、美しい顔だちをどこか陰気にかげらせていた。

 だが、彼女は炎の灯る髑髏がかざられた杖をかざす。


「我らが奉じる炎の厄神よ……はるけき星の海を越えて今、奇蹟を……イア! イア!」


 突如、グランの手の痛みが溶け消えた。

 まるで、あたたかな炭火に当たっているかのようなぬくもりが、傷口を塞いでゆく。

 驚きにグランはハウートを見やったが、エヘヘと湿った微笑みが帰ってくるだけだった。

 だが、キュオンが驚いた声をあげて、ミホネも「へえ」と唸る。

 そう、ハウートの癒しの法術は体系こそ違えど、一流のものだった。


「すごいじゃん、ハウートちゃん! ねね、このままボクたちのギルドに入らない? ボクたちはアウトライナーズ、各ギルドからの追放者、アウトライナーだけで結成されたギルドなんだっ!」

「まあ……よろしいのでしょうか。わたくしのような者がいてはお邪魔では」

「ちょうどヒーラーがいなくてこまってたしさ。いいよねっ、ミホネ!」

「まあ、ギルマスのネルカブザドルがいいというならねえ。私はむしろ大歓迎だけど」


 不意に、ミホネがハウートの前に歩み出て、そしてぐっと彼女の細いおとがいに手を当てクイと上げる。それだけでもう、陰気なハウートの印象がキラキラとしたものに一変した。

 頬をあからめるハウートに対して、ミホネはいつもの底が知れない笑みをむける。


「さっきの法術、確かに教会の僧侶たちが奉じる神とは違う……全く違う神々の一人だったね」


 グランは驚きに目を白黒させてしまった。

 そもそも、神々という言いように底知れぬ違和感を感じる。教会は神ただ一人をあがめていたし、唯一にして絶体無二の存在だからこそ神なのだ。だから、複数形の言葉には全く馴染みがない。

 だが、ドキドキと心臓音が聴こえてきそうな顔でハウートはなんとか言葉を絞り出す。


「は、はいぃ……我らが教義には複数の神々が……教会が古き邪神と呼ぶ、今は名も知られぬ神々が」

「すると、君の奉じる神はクトゥグァだね。生ける炎、クトゥグァ」

「な、なぜそれを」

「なーに、私の生まれ育った土地ではわりと人気の神様だったよ。ふふ、そうか……こっちの世界ではまさか、創作から生じたコズミックホラーが神話化してるんだねえ」


 グランには少し、よくわからない言葉と文脈だった。

 創作? コズミックホラー? そういう話は聞いたことがない。

 だが、ハウートは瞳を輝かせて突然口早になる。


「そうなんです! でも、口にするのもはばかれるので、我が神の名を今は心に秘めましょう。我が信仰には複数の神々がいるのですが、全て教会からは邪神認定されて。でも、まさかわたくしの教義を御存知の方がいるなんて! ……わたくし、協力できるのでしたらこちらで冒険者として働かせて頂きますわ。それで、あの、よければ皆様にも我が神の祝福を――」

「おっと、宗教勧誘はお断りだよ? だけど、よろしくハウート。あとでギルマスには私から話を通しておこう。部屋は沢山あいてるし、この山猫亭に今日からキミも住むといい」


 同時にミホネは、グランを見て不思議な笑みを浮かべた。

 どこかミステリアスで、酷くテンションの低い微笑みなのに……不思議と優しげだ。


「少年、君も今日からここで暮らしたまえよ。部屋はいくらでも空いているんだ」

「わ、わかりました。あ! じゃあ、ちょっと実家から荷物を……って、あれ? え、なに?」


 不意にグランは、倒れ込んだ。

 ただ、自然と奔り出そうとしただけなのに。

 それで思い出した。

 傷は治癒されたが、出血で失われた血液は減ったまま、そして体力も消耗している。癒しの術や医学で傷は治るが、失われた体力はすぐには戻らない。今のグランは、健康体な無傷の冒険者だが、疲弊しきった心身の弱っている少年でしかなかった。


「はは、情けないなあ……俺はこんな、弱くて。……やんなっちゃうよいな、まったく」


 だが、床に倒れ込むグランを不意に力強い腕が引っ張り上げる。その肌も露わな姿は、密着の距離で肩を貸して一緒に並び立った。もちろん、それはミホネだった。


「キュオン、お風呂わかしてくれるかい? ハウートにはゆっくり沐浴してもらって」

「りょうかーい! ミホねえは?」

「うん、少年をちょっとベッドに放り込んでくるよ」

「じゃあ、夕ご飯は少し遅めがいいかな。ネブじいにも言っておくね!」

「ありがとう、頼むさね」


 こうしてグランは、思い出したような疲労に苛まれるまま、ミホネに運ばれていった、

 新たなギルドでの生活、その最初の一日が終ろうとしている……だが、グランはまだ気づいてはいない。効率化を第一に追放者を踏みにじって多くのパーティが上を目指す、バベルゼバブの塔の真の意味を。そしてそれを、あのミホネだけが知っているという現実を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミホネさんはもしや、転移者? 彼女にもどんな謎があるのか? 傷は言えても血や体力案では回復しない魔法と言うのは クトゥルフ神話っぽいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ