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第7話「謎のダウナー美少女が滅茶苦茶強い追放者なんですが、なにか?」

 一触即発、巨塔を見上げる第5層の街で、まさかまさかの決闘が始まろうとしていた。

 ただ、こういった光景は珍しくない、むしろ日常茶飯事だ。冒険者は誰もが聖櫃を求めてバベルゼバブを上へと進む。その過程で切り捨てられる者もあれば、無理矢理ギルドに連れ込まれる者もいる。

 そんな時、持って生まれた力と鍛えた技で抗うしかない。

 私闘はしょっちゅうだったし、そこまで至らなかったレベルの弱者がグランなのだった。


「ミホネさんっ! ……まずい、まずいぞ。ゼインは本物の一流冒険者……魔剣使いの実力者だ」


 グランは、血に濡れつつ治療の終わった少女を抱き上げる。確かによく見れば、シスターを思わせる着衣には教会公認の十字架が刻まれていない。それどころか、なにやら禍々しい雰囲気の意匠が施されていた。彼女が持っていた杖を拾い上げれば、露骨に水晶の髑髏が先端に輝いている。

 やはり異教徒、背教者なのだろうか?

 ならば、ギルドを追放されるのも無理ないかもしれない。

 辺境とはいえ、冒険自治区ルシフェアは王国の法と教会の徳が最も尊ばれていた。

 必定、異形の神を奉じる者を誰もが快く思わない。

 けど、命は命で、人は人……か弱い少女が死んでいい理由にはならない。

 そのことを無言で叫ぶように、ミホネは盾を捨てて巨剣を両手で握った。


「ギルド『英雄旅団』……構成員、87名。何人もの一流冒険者を抱え込む大御所ギルド。ギルマスのゼインは最強の精鋭パーティを率いる魔剣使いの剣士、だったねえ」


 相変わらずテンションはどん底レベルにやる気を感じないが、暗く濁ったミホネの眼光にゼインも構える。そう、彼の手には片手でも両手でも使えるバスタードソードタイプの魔剣が握られていた。

 その刀身から、ゆらりと空気を揺るがす異能の力が目視でもはっきりと見える。


「その情報は古いな、ミホネ。今や我が『英雄旅団』は100人以上! ……お前を追放した時よりも、さらに強く躍進しているのだ」


 ゼインの言葉に誰もが息を飲んだ。

 ほかならぬグラン自身、初耳で驚く。

 追放された自分を救ってくれた少女は、もともとは自分と同じギルドに所属していたのだ。

 では、なぜ? どうしてミホネは追放されたのだろうか?

 あの戦闘力に加えて、冷静沈着で判断力と洞察力に富む戦士だ。そして先程は、戦士とは思えぬ魔法の光をちらりと見せた。ミステリアスでやる気が感じられないが、間違いなく強い冒険者のはず。

 そして、それはすぐにグランの知れることになる。

 どちらからともなく、互いの呼吸を合わせて重ねるように二人が地を蹴った。


「我が魔剣を前に、そんな鉄塊ではなあ! やっぱりお前は頭がおかしいんだ、ミホネッ!」

「うるさいなあ。……殺さないように手加減したげるからさ、ゼイン。少し痛い目を見て(ヘコ)んでよね」


 誰もが感嘆の声をあげる中で、二人は切り結んだ。

 グランも知っている、ゼインが持つ魔剣は特殊な力を持って鍛えられた業物(わざもの)だ。相手の防御力を無視して、ダイレクトに持ち主の剣技を相手に叩き込む。恐らく、大盾をミホネが最初に捨てたのも、それをわかっていたからだろう。

 白い肌の露出もはなはだしいミホネと違って、ゼインは全身を防具で覆っている。

 軽装だが、顔以外は全て高価なレア防具で包まれていた。

 そんな二人の剣戟が響く中、グランはさらに信じられない声を聞いた。


「はーい、はじまったよー? オッズはゼインが6でミホねえが4、さあ賭けた賭けた!」


 なんと、キュオンが勝手に博打(ばくち)を始めてしまった。そして、見守る聴衆も冒険者も、我先にと財布を取り出す。

 同じ目的を共にする、同じ志の冒険者……聖櫃を求める探求の徒が戦っているのだ。

 それなのに、周囲はすぐに熱狂の渦が逆巻き燃え上がる。


「今日こそ引き分けはなしだぜ! おれはゼインに……魔剣ダーインスレイヴに賭ける!」

「ミホネちゃあああああん! 負けるな、今日こそ勝ってくれ! 今日の稼ぎを倍プッシュだ!」

「はいはいうるさい、追放者ごときを推すとか信じらんない。ゼインに全乗せがマストっしょ」


 キュオンは皆から貨幣を集め、中には紙幣で大きく張ってくる者もいる。

 驚くグランの唖然とした視線を感じて、キュオンは振り返った。

 その時の彼女は、まるで張り付けたような無機質な笑顔だった。


「冒険者同士の決闘、珍しくないよね? なら、稼がなきゃ。ギャンブルって、胴元が一番儲かるんだよぉ?」

「いや、儲かるって…」

「ボクたち『アウトライナーズ』は弱小ギルド、貧乏だからね。それに、助けたい人のためにはお金もかかるから」


 キュオンの無邪気で無垢な印象が一瞬で消え去った。

 実利第一、貪欲とさえ思えるような言葉で彼女はギャンブルを煽ってゆく。

 そして、ゼインとミホネの戦いは徐々にヒートアップしていた。


「私はまあ、知ってるんだよねえ。ゼイン……自分より強い人間が許せなくて、私を追放したんだろう?」

「違う! 決してそんなことはない! 俺は、お前のような世迷いごとをほざく人間を信用できなかったんだ!」

「おや、そうかい。……まあ、いい。自慢の魔剣で私を切り裂いてみたらいい」

「言われずともそうする、そうしたい! 今っ、お前を八つ裂きにしてやらなきゃ気が済まない!」


 なにがゼインをそうさせるのか。

 自分からミホネを追放したなら、あそこまで固執し執念をさらけだすこともないだろう。それに対して、昔ギルドマスターだった男に立ち向かうミホネは余裕だった。魔剣ダーインスレイヴを前に、無銘の巨大なグレートソードを軽々と叩き付ける。

 あの魔剣はグランも知っている、あらゆる防御の術をすり抜ける神秘の業物だ。

 だが、それを『守りを捨てて攻めで受け止める』という危うい戦術でミホネは封じていた。

 そして、腕は互角……武器は違えど、二人の力量は全く同じ、誤差レベルの違いしかなかった。

 ゆえに、同時にお互いの喉笛に切っ先を突きつけて戦いは停止した。


「くっ! また引き分けか! ミホネッ! それだけの腕がありながら!」

「うーん、どうしても押し切れないねえ。今日はあと17手先で詰むと思ったけど……強くなったね、ゼイン。うんうん、偉い偉い」

「どこまでも馬鹿にしてっ!」


 その時、異教の少女を抱えたままグランが二人の間に割って入った。

 視線を合わせてミホネを見やれば、彼女は悪びれた様子も見せない。一方で、先日自分を追放したゼインからは殺気に満ちたまなざしの刃が刺しこまれた。


「どけっ、グラン! お前も死にたいのか! ……俺は、エアリアを悲しませたくは、ない」

「使うだけ使って使い捨てた、そういう人の言葉は軽いよね。……よそう、ミホネさんもどう? こんなことはやめよう」


 それだけ言うと、グランは自ら進んで魔剣ダーインスレイヴの切っ先に向き合う。

 いつでも殺せる距離の中で、忌々しそうにゼインは舌打ちを零した。


「どけっ! お前は……エアリアの気持ちがわからないのか!」

「わかってないのはそっちだろ、彼女は……僕の妹は、誰であれ救いを求める命を助ける! そこに教会だ邪教だは関係ない!」


 魔剣ダーインスレイヴの切っ先をグランは握り締める。

 迸る鮮血と共に、彼の呪術がゼインに流し込まれた。

 実力差がある上に、ゼインは様々な魔法や法術に対する耐性を持った防具を身に着けていた。どれも高価でレアなものだったが、グランが握り締めているのは防御破りの魔剣だ。

 その刀身を通して流れる血から放たれる術は、確実にゼインの戦意を萎えさせた。

 魔剣の力を逆手に取って、ゼインの纏う数々の耐性を全て無効化したのだ。


「くっ……なめた真似を。どうやら決闘という雰囲気じゃなくなったみたいだな」

「ゼイン、エアリアのことを頼むよ。あの子は優しい、それゆえの暴走も時にはある。だから」

「教会の聖女だぞ! 守るさ、当然! 彼女の気まぐれだ、本来背教者には死がふさわしい!」


 それだけ言って、魔剣を一振りするや鞘に納めてゼインは去ってゆく。

 その背を見送りながら、グランもまたその場に崩れ落ちるのだった。

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― 新着の感想 ―
ゼイン、何と言うか歪んでますね。 グラン達と彼らの今後も気になります。
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