第5話「これが妹、奇蹟の聖女ですが、なにか?」
眩しい光がグランを包む。
帰還用のアイテム『家路の水晶』を、ミホネは躊躇なく使った。
それくらい、救出した僧侶の怪我は酷かったのだ。見た目はグランと同年代の少女、敬虔なシスターそのものといったいでたちである。だが、その信仰心を示す着衣はドス黒い血で染まっていた。
持って半刻、応急処置で止血したが、すでにもう会話は不能になっていた。
そして、目の前の視界が白く開けてゆく。
「よし、第5層ミカエス! 塔の出入り口だ! ミホネさん、彼女をすぐに――」
見慣れた街並み、冒険者たちが行き交うバベルゼバブの根本へと戻ってきた。
だが、振り向くグランは言葉を失う。
キュオンも静かに首を横に振っていた。
そう、決死の救出行の結果が今……屈むミホネの胸の中で終わろうとしていた。
「急いで誰か術師を」
「ちょっと難しいかなあ。えっと、グラン? こういうことも日常茶飯事だよ」
「キュオン! そんなこと言ってる暇があったら」
「これが、追放者……アウトライナーの末路……迷宮で放り出されるって、こういうこと。グランはほんと、運がよかったよね」
にこやかでほがらかなキュオンの顔が、無表情に凍る。
彼女もまた、過去になにかあったのかもしれない。
そして、周囲の冒険者たちは冷淡だった。
「お? ギルド『アウトライナーズ』の連中じゃないか」
「今日も落第冒険者回収、ってか、その死体回収お疲れ様って感じだな」
「あいつらがいるから、迷宮がいつも綺麗なのはありがたいけどよ」
これが、バベルゼバブの頂を目指す冒険者たちの本音、そして真理だった。使えない冒険者を切り捨て、より強い仲間でパーティーを強化してゆく。
全ては、あらゆる願いをかなえる奇蹟……聖櫃のために。
だが、全ての人間がそれだけを見ている訳ではない。
少なくともグランは、以前から一人……一人だけ、そういう少女を知っていた。
たとえ彼女が自分を追放しても、グランは妹を今も信じていた。
「そちらの方は危険ですね……今すぐわたしが治癒しましょう」
昼下がりに突然、後光がさしたような眩しさが現れた。
誰もが振り向く先に、華美なドレスをまとった少女が立っている。その手には、聖女の名に不釣り合いな巨大なメイスを握り締めている。その重さが嘘のように、足取りは軽やかだ。
彼女の名は、エアリア。
グランの妹として育った聖なる乙女である。
現在、教会が認めた唯一の聖女にして、最強の僧侶……次代の黄道十二勇者とさえ言われている女神だった。天使と呼ぶものもいるし、その名に恥じぬ容姿と能力を持った冒険者である。
「エアリア……」
「今すぐ治療が必要です。わたしの力ならば、傷跡一つ残さず処置できるでしょう」
なぜかエアリアは、驚く冒険者たちに囲まれながら……ちらりとグランを見た。
「わたしは教会に洗礼を受けた聖女……僧侶の中の僧侶。この力は全ての民のために」
また、ちらりと視線を送ってくる。
昔から妹には、そういうとこがあった。
あれは、一種の不器用な甘えなのだ。
だから、グランは先日のことを忘れてエアリアに駆け寄る。
「頼む、エアリア! この子を助けてやってくれ! ……もう、僕が言えた義理じゃないけど」
「! う、うん……うんっ! 任せて、お兄ちゃん! あ、ちょっとこれ持ってて」
満面の笑みだった。
グランにだけ見せる、いつもと変わらぬ十年来の笑顔がそこにはあった。
グランは先日の冷徹な突き放した表情を忘れたが、同時に任されたメイスの重さによろける。
そして、エアリアはミホネに歩み寄る。
その時、誰もが不思議な現象を目にして固まった。
「……私が治すしかないねえ。やれやれ……うん? ああ、君は……噂の聖女様じゃないか」
相変わらずテンションの低いミホネの手が、静かな光に輝いていた。
それは、治癒の法術の光だった。
戦士のミホネがなぜ、僧侶の使う法術を?
そう思った瞬間、彼女はそれを引っ込めた。
そして、瀕死の少女を抱き上げるとエアリアに向き合う。
「すまないけど、この子を助けてやってくれないかねえ? 頼めるかい? 聖女様」
「それがお兄ちゃんの願いだから……なにより、わたしの使命だから」
「うんうん、ありがたいねぇ。一つ、ちゃちゃっと頼むよ。フフフ」
グランは幼い頃から、エアリアの力をいやというほど知っている。人々を守り加護を与え、神々の奇蹟を借りて傷を癒す。エアリアの聖女の力は時に、死者さえも蘇らせてしまうのだ。
あの子は助かる……追放されしアウトライナーになっても、まだ生きていける。
そう思ったグランだったが、突如として覇気に満ちた男の声が響いたのだった。