表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

第5話「これが妹、奇蹟の聖女ですが、なにか?」

 眩しい光がグランを包む。

 帰還用のアイテム『家路の水晶』を、ミホネは躊躇なく使った。

 それくらい、救出した僧侶の怪我は酷かったのだ。見た目はグランと同年代の少女、敬虔(けいけん)なシスターそのものといったいでたちである。だが、その信仰心を示す着衣はドス黒い血で染まっていた。

 持って半刻、応急処置で止血したが、すでにもう会話は不能になっていた。

 そして、目の前の視界が白く開けてゆく。


「よし、第5層ミカエス! 塔の出入り口だ! ミホネさん、彼女をすぐに――」


 見慣れた街並み、冒険者たちが行き交うバベルゼバブの根本へと戻ってきた。

 だが、振り向くグランは言葉を失う。

 キュオンも静かに首を横に振っていた。

 そう、決死の救出行の結果が今……屈むミホネの胸の中で終わろうとしていた。


「急いで誰か術師を」

「ちょっと難しいかなあ。えっと、グラン? こういうことも日常茶飯事(にちじょうさはんじ)だよ」

「キュオン! そんなこと言ってる暇があったら」

「これが、追放者……アウトライナーの末路……迷宮で放り出されるって、こういうこと。グランはほんと、運がよかったよね」


 にこやかでほがらかなキュオンの顔が、無表情に凍る。

 彼女もまた、過去になにかあったのかもしれない。

 そして、周囲の冒険者たちは冷淡だった。


「お? ギルド『アウトライナーズ』の連中じゃないか」

「今日も落第冒険者回収、ってか、その死体回収お疲れ様って感じだな」

「あいつらがいるから、迷宮がいつも綺麗なのはありがたいけどよ」


 これが、バベルゼバブの(いただき)を目指す冒険者たちの本音、そして真理だった。使えない冒険者を切り捨て、より強い仲間でパーティーを強化してゆく。

 全ては、あらゆる願いをかなえる奇蹟……聖櫃(アーク)のために。

 だが、全ての人間がそれだけを見ている訳ではない。

 少なくともグランは、以前から一人……一人だけ、そういう少女を知っていた。

 たとえ彼女が自分を追放しても、グランは妹を今も信じていた。


「そちらの方は危険ですね……今すぐわたしが治癒しましょう」


 昼下がりに突然、後光がさしたような眩しさが現れた。

 誰もが振り向く先に、華美なドレスをまとった少女が立っている。その手には、聖女の名に不釣り合いな巨大なメイスを握り締めている。その重さが嘘のように、足取りは軽やかだ。

 彼女の名は、エアリア。

 グランの妹として育った聖なる乙女である。

 現在、教会が認めた唯一の聖女にして、最強の僧侶……次代の黄道十二(ゾディアック)勇者(ヒーローズ)とさえ言われている女神だった。天使と呼ぶものもいるし、その名に恥じぬ容姿と能力を持った冒険者である。


「エアリア……」

「今すぐ治療が必要です。わたしの力ならば、傷跡一つ残さず処置できるでしょう」


 なぜかエアリアは、驚く冒険者たちに囲まれながら……ちらりとグランを見た。


「わたしは教会に洗礼を受けた聖女……僧侶の中の僧侶。この力は全ての民のために」


 また、ちらりと視線を送ってくる。

 昔から妹には、そういうとこがあった。

 あれは、一種の不器用な甘えなのだ。

 だから、グランは先日のことを忘れてエアリアに駆け寄る。


「頼む、エアリア! この子を助けてやってくれ! ……もう、僕が言えた義理じゃないけど」

「! う、うん……うんっ! 任せて、お兄ちゃん! あ、ちょっとこれ持ってて」


 満面の笑みだった。

 グランにだけ見せる、いつもと変わらぬ十年来の笑顔がそこにはあった。

 グランは先日の冷徹な突き放した表情を忘れたが、同時に任されたメイスの重さによろける。

 そして、エアリアはミホネに歩み寄る。

 その時、誰もが不思議な現象を目にして固まった。


「……私が治すしかないねえ。やれやれ……うん? ああ、君は……噂の聖女様じゃないか」


 相変わらずテンションの低いミホネの手が、静かな光に輝いていた。

 それは、治癒の法術の光だった。

 戦士のミホネがなぜ、僧侶の使う法術を?

 そう思った瞬間、彼女はそれを引っ込めた。

 そして、瀕死の少女を抱き上げるとエアリアに向き合う。


「すまないけど、この子を助けてやってくれないかねえ? 頼めるかい? 聖女様」

「それがお兄ちゃんの願いだから……なにより、わたしの使命だから」

「うんうん、ありがたいねぇ。一つ、ちゃちゃっと頼むよ。フフフ」


 グランは幼い頃から、エアリアの力をいやというほど知っている。人々を守り加護を与え、神々の奇蹟を借りて傷を癒す。エアリアの聖女の力は時に、死者さえも蘇らせてしまうのだ。

 あの子は助かる……追放されしアウトライナーになっても、まだ生きていける。

 そう思ったグランだったが、突如として覇気に満ちた男の声が響いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これはエアリアちゃん、グランとよりを戻したいって思っているのかな? あまり他人行儀をしないところを見るに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ