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第2話「無事に帰還したけど無所属野良冒険者になりましたが、なにか?」

 グランは夢を見ていた。

 そうとわかる、これは明晰夢(めいせきむ)だ。

 そして、追憶の奥で今も鮮明な思い出だと知る。

 自分と同じ冒険者だった父が、あの日のままの笑顔で小さな女の子を連れている。

 それは、グランが確か5歳前後だったころの記憶だ。


『私は天から子を授かった……あのバベルゼバブから、子供が落ちてきたんだ』


 その言葉に、びくりと女の子は怯えて父の足にしがみつく。

 よく覚えている、あれは後に妹として一緒に暮らしていくエアリアだ。

 グランは、そっと手を伸べ、握手を求めた。

 エアリアもまた、父親に促されてその手を握る。


『そうだ、今日から私たちは家族だ。グラン、この子はエアリア……仲良くするんだよ』


 父の言いつけ通りに、グランは妹エアリアの面倒をよく見た。

 実の兄と妹のように、仲良く暮らして共に修練を怠らなかった。それが巨塔の街、冒険自治区ルシフェアでの当たり前な日常……ここでは誰もが、生まれながらに冒険者で、冒険を支える技師や商人になることが普通だった。

 当然、グランはエアリアと一緒に冒険者を目指して己を鍛えた。

 そして知る……自分が辛うじて呪術師というマイナーな職業の資格を得た時、エアリアは教会の加護を得て聖女とまで言われるレベルの僧侶になったことを。

 それでも、二人の冒険は始まったばかりで、仲間を募って迷宮に挑んだ。

 それはもう、今や過去の話だった。


「あ……こ、ここは? 無事だ、生きてる。街? どこの! ルシフェアまで落ちたか?」


 ベッドの上に身を起こしたグランは、慌てて跳び起きた。

 下着姿も構わずに、小奇麗な部屋の窓にしがみつく。

 そして、安堵……ここは星の大地、巨塔が根を張る冒険自治区のルシフェアではない。

 第5層、セフティーフロアと呼ばれるバベルゼバブの中の街だ。

 噂では、5層刻みにこうしたモンスターの発生しないフロアが存在し、どんどん冒険者は街を開拓している。一番上の街は10層のラファエロで、どうやらグランは5層のミカエスに戻れたらしい。

 混濁する記憶が、絶体絶命の帰路を思い出させてくる。

 その無謀で無茶な旅路に、改めてブルリと身が震えた。

 ドアをノックする音に、思わずなにも考えずに「ど、どうぞ」と振り向く。


「おやおや、なにがどうぞなんだい? 少年、レディの前でその恰好はないだろう」


 現れた麗しい姿を見て、とっさにグランはベッドへ飛び込んだ。毛布を頭からかぶって、顔だけでその姿に向き直る。

 それは、肌も露わな水着のような、下着のような鎧を着込んだ華奢な女戦士だった。

 華奢とは言ったがその全身は筋肉で引き締まっていて、女性的な曲線を盛り上げている。美と武の調和した肉体は、ゆっくりとグランの縮こまるベッドに腰掛けた。


「まずは無事でよかった、私の名はミホネ。見ての通りの……戦士だよ? 少年は?」

「ぼ、僕は、グラン。呪術師です。あの、助けていただいてありがとうございました」

「なんの、気にする必要はない。私のギルドは少年のような者たちの保護が目的だからね」


 ミホネと名乗った少女は、年頃はグランより一つか二つ上だろうか。この国では珍しい黒髪で、それを長く伸ばしている。気だるげな態度を示すように、大きな瞳は暗い光が澱んでいた。美しい乙女なのに、奇妙な陰りがどこか蠱惑的だ。

 そんな彼女が、テンションの低い声で話を続ける。


「私たちのギルドは『アウトライナーズ』、少年のような追放者を保護して回ってるんだ」

「な、なんでそんなことを」

「バベルゼバブの探索は激化し、冒険者の格差が広がっているからね。より上を目指すために、邪魔な仲間を切り捨てる者たちがあとを絶たない。少なくとも、うちのギルドマスターはそれが嫌だというだけの話だよ」


 追放者……アウトライナー。

 噂では耳にしていたが、グランもはれてその仲間入りを果たしたという訳だ。記憶をたどれば、この半年で何人も脱落者を見てきた。そして、無視してきた。敢えて見ないようにしていたし、自分もああならないようにと頑張ってきたつもりだった。

 だが、グランが所属していたギルドは、そのギルドマスターが率いる一軍パーティは、簡単にグランを放り出したのだった。


「少年、君は確かギルド『英雄旅団』の所属だったね。あの有名な、聖女エアリアのいる最強ギルドだ。リーダーはまあ……ちょっとギルマスとしては難があるが、強い冒険者だ」

「は、はい」


 もともと、グランはエアリアについてくる付録みたいな形で『英雄旅団』に加入した。それほどまでにエアリアの法術は強力で、時にその祈りは死者さえ蘇生してしまう。そんな彼女を兄として守るためにも、同じギルドに入れたのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 しかし、その関係性は先ほど終わった。

 聖女とその兄、ハイレベルの僧侶と普通の呪術師では比べる価値もなかったのだ。


「僕は……いらない人間だったんだ。皆にとっても、エアリアにとっても」


 毛布の中で膝を抱える。

 自分の奥から込み上げる震えに凍えた。

 自分が凡才で、非力で、そして使い捨てられた。

 敵の弱体化が基本戦術の呪術師は、確かにコストパフォーマンスの悪い職業だったかもしれない。逆に、味方の能力を飛躍的に向上させるエアリアは、仲間と共にいる時は常にバフを欠かさなかった。その効力が切れることがなかったのである。

 そう思って俯けば、突然ふわりとぬくもりが包み込んできた。


「少年。この世にいらない人間なんていないんだよ。君はただ、使い捨てられただけだ」


 毛布の上からそっと、ミホネが抱きしめてくれた。

 その弾力と体温が、あっという間にグランの全身にいきわたる。

 背中をポンポンと叩きながら、ミホネのぬくもりが伝搬(でんぱん)してくる。


「少年、君はいらない人間じゃない。君の居場所を私たちは用意してるんだ。だから」


 ミホネの抱擁に、初めてグランは涙が込み上げた。

 今ここでこうして、自分を認めてくれてる、受け止めてくれてる人がいる。

 同時に、長らく一緒にそだったエアリアに、自分は拒絶されたのだ。

 込み上げる言葉が形にならず、ただただ黙ってグランは泣いた。

 そうして挫折を己に刻み込んでから、彼の新たな戦いが始まるのだった。

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