第15話「その人、追放者じゃなくて追放する人でしたが、なにか?」
恐怖の新体験が終った。
ラファエロの街から階段で一つ上、11層で一度だけ戦闘しただけだったのに。それなのに、グランは疲労困憊だった。
逆にミホネは、終始余裕で汗一つかいていない。
10層のラファエロに戻った時には、すでに日が暮れ始めていた。
「どうだったい? 少年。これが最前線のダンジョンさ」
斜陽の西日を浴びて、アンニュイな笑みをむけてくるミホネ。
全身がぐったりとして力が入らず、グランは愛想笑いを返すことしかできなかった。
「もう、なんというか……別世界ですね」
「そうだろうとも、うんうん。あれくらいの大物がゴロゴロ出てくるのがここからのバベルゼバブさ」
「はは、これじゃ確かに僕は追放される訳だ。たった一戦でこれだもの」
今までとは規模も敵意もまるで違った。
ケルベルスを一頭倒したが、グランはほぼほぼ全力を使い尽くしての勝利だった。
だが、そんな彼の肩をポンポン叩きながら抱いてくるミホネ。
「なに、気にすることはないさ。もっとしっかりパーティを組めば進める。私たちアウトライナー。追放者の集まりでもね」
「……そこに、僕の居場所はありますか?」
「なくても探すのさ。探して見つからなければ作る、そうだろ少年?」
相変わらずのジト目で、ミホネがニヤリと笑う。
不思議とその美貌が、グランには厳しさと優しさを同時に感じさせた。
そうこうしていると、階段の前に見知った仲間たちが現れる。シェイレーヌを先頭に、ぞろぞろと現れたのはアウトライナーたちだ。皆、なんらかの理由でパーティを追放された人間でいる。
先刻暴れまわった大柄な巨漢も、グランに絡んできたローグの少女も一緒だ。
「お疲れ様、ミホネ。グランも」
「やあ、シェイレーヌ。これから下へ?」
「ええ。5層のミカエスで一泊して、明日にはルシフェアに到着予定よ」
「皆にいい仕事があっせんされるといいねえ。気を付けて行くんだよ」
「ええ。その間、山猫亭の二号店をお願いね」
そう、シェイレーヌはこの第10層から、冒険者の引退を決めたアウトライナーを地上に連れてゆくのだ。その先に彼ら彼女らの新しい人生がある。
グランのように、追放されてもまだ冒険者を続ける者の方が珍しい。
命は一つ、人生は一度きり。
冒険者というハイリスクハイリターンな生き方だけが全てではなかった。
「キュオンとハウートは山猫亭にいるわ。引き続き追放者の保護をお願い。三日で帰るから」
「任せたまえ、シェイレーヌ。気を付けるんだよ? 君もまた追放者、アウトライナーなのだから」
「貴女もね、ミホネ。私は追放者っていうかまあ、自分から他の全員を追放したんだけど」
意外な言葉に、グランは驚く。
シェイレーヌも追放者だと思っていた。この第10層の街ラファエロで、山猫亭の二号店を取り仕切るギルドのサブマスター。その正体は、追放者ではなく『自分以外を全員追放した結果一人になった冒険者』なのだった。
瞬間、グランは思わず想いが口に出た。
思考を無視して、感情が言葉になったのだ。
「自分以外を全員追放って……シェイレーヌさんっ! あなた、なんでそんなあなたがギルド『アウトライナーズ』でサブマスターなんかしてるんですか!」
決然とした怒りがあった。
シェイレーヌもまた、魔導師として不得手があって、それでパーティを追放された人間だと思っていた。だが、逆だった。彼女は自ら言い放った……自分がパーティの全てを追放して独りになったと。
彼女の力量はグランも見知っている。
それだけに、許せなかった。
シェイレーヌは、自分に見合わぬ人間を斬り捨てる側だったのだ。
「……グラン、だっけ? 私はそう、幼い頃からの冒険者仲間を全員斬り捨てた」
「それなのになぜ! どうしてこんなことをしてるんです! ……あなたには人格も性格も無視して、能力だけで無用とされた人間の気持ちがわかるんですか!」
シェイレーヌは無言だった。
だが、彼女が連れる引退勢にざわめきが広がる。
そして、そんな現状を収めたのはミホネだった。
彼女は相変わらずテンションが低いが、その声は呟くようなのによく通る。
「少年、そして皆も聞いてほしい。追放者は皆、無能ゆえに否定され排除されたものが多いが……例外もあるんだよねえ」
どういうことだろうか?
このバベルゼバブの塔は弱肉強食、弱い者はどんどん斬り捨てられてゆく。
そうして追放者、アウトライナーになった人間には未来はない。
グランも最初はそう思っていた。
だが、義理の妹エアリアや、最強剣士ゼインに追放されたグランは違和感も感じていた。特に、エアリアはあの日あの時あの瞬間、敢えてグランをギルド『英雄旅団』から追放したように思えるのだ。
だとしたら……そう思うグランの気持ちにミホネが先回りする。
「君は確かに、最強クラスの魔導師なのに癖が強過ぎるね」
「そうよ……そんな私の極端な強さに、誰もついてこれない……置いてかれて死んでほしくないの。だったら、連れてかない。恨まれ憎まれ友情が失われても、もう一緒に冒険者しない」
グランは唖然とした。
同時に、あの日のエアリアの表情が脳裏をよぎった。
反発が一変、ミホネの言葉でシェイレーヌの解像度が透明になってゆく。
そういうこともあるんだ、とわかった。
自分もそうだったと理解した。
ゼインには捨てられたが、エアリアには解き放たれたようなイメージがある。あのまま無理を推して上層に向かえば、間違いなくグランは死んでいただろう。
「ま、いいわ。昔の話よ。私は古き友の全てを裏切り斬り捨てた。それでいいの」
「ふぅん、なら私も多くは語るまいよ? でも、今は同じ『アウトライナーズ』の仲間だ。君は誰も斬り捨てないし、誰も君を追放しない。それは覚えておいてくれたまえ」
そう言うと、ミホネはグランの手を握って歩き出す。
ドキリとしてしまって、そのままグランはつられて歩き出した。
振り向くと、多くの者たちを引率して下層に向かうシェイレーヌの濡れた視線と目が合った。彼女は静かに目礼して、なにも語らず一同と去ってゆく。
グランは複雑な気分に言葉を探したが、ちぐはぐなことばかり口からこぼれる。
「追放者を保護して集めるギルドに、他者を追放した人間がいるなんて」
「ふふ、そこだよ少年。私たち『アウトライナーズ』は、誰もが訳アリの冒険者なのさ」
「……シェイレーヌさんは、彼女は」
「そのうち本人と話してみるといい。そら、山猫亭が見えてきた。腹ごしらえと風呂と、白いシーツ、ほかほかのお布団……少年には可憐な女の子も必要かな?」
「か、からかわないでくださいよ!」
ミホネは愉快そうに喉を鳴らす。
この人はつかみどころがなくて、終始グランは遊ばれっぱなしだ。しかも、自らを異世界からの転生者と名乗り、その痩身に不釣り合いな怪力で巨剣と大盾を駆使する。均整の取れた筋肉質な肉体も、女性特有の豊満な曲線美で構成されていた。
それを見せつけるようなビキニアーマーがまた、なんとも目立つ。
「と、とりあえず今日は二号店で一拍ですか?」
「そうさ。明日はキュオンやハウートと一緒に、上層の攻略を目指すつもりだよ」
「あの先に……今日の先に挑むんですか」
「明日になれば今日は昨日さ。四人になれば、今日の何倍も楽になる」
そう言って、握る手を引き寄せミホネは身を寄せてくる。
密着する彼女からは、汗と一緒に甘い匂いがグランを包んだ。
「とりあえず、今夜は少し豪勢に夕食を共にしようか。少年、たらふくお食べよ?」
「それって」
「ケルベロスの大型種を討伐できたからねえ。牙や爪、なにより首が高く売れる」
冒険者たちはギルドに所属して制式に登録されることで、王国が管理する教養魔導庫を使えることになっている。ミホネは先ほどのケルベロスと戦いながら、価値のある敵の破片、素材を集めていたのだった。
「実は『英雄旅団』もまだ、13層までしか進めていない。彼らのあの戦力でも、13層の階段守が倒せないんだ。……それを私たちがやってのけたら、どうかなあ? フフフッ」
――階段守。
それは、各フロアの最後に君臨する強力なモンスターだ。それを倒さねば、上のフロアへの階段は解放されない。さまざまな対策が練られて実行されたが、結局階段守は倒さねば先に進めないというのが冒険者の常識だった。
そして、聖女エアリアを要する『英雄旅団』もまだ、その厚き壁を越えられていないという。そんな話をするミホネは、どこか楽しそうだった。
「キュオンの突破力、ハウートの補助と回復、そして少年。君の弱体術があれば、私が斬り込んでいける。……最悪、私の魔法や法術もあるからねえ」
本当にミホネは不思議な人だとグランは思った。
握る手になぜか、熱が生じて奇妙な汗が滲み出てくる思いだ。でも、そんなグランの震える手をミホネは離さなかった。そのまま彼女は、いつもの飄々としてのらりくらりな態度で山猫亭の二号店に帰り着くのだった。




