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第12話「ダンジョンの最前線は殺伐としてますが、なにか?」

 バベルゼバブの塔、10階……5階刻みで存在する、魔物が全く侵入できないセフティーフロア。グランはこの地、下から数えて第三の街、ラファエリに始めて足を踏み入れていた。

 以前は、この直前にパーティから追放された。

 妹たる聖女エアリアをようするギルド、英雄旅団に使い捨てられたのだ。

 それでも今、新たな仲間とこの地に到達した。

 始めて見る最前線の街は、不思議なほどに当たり前で、そして特異な場所だった。


「少年、10階のラファエリは始めてだね?」


 ミホネが隣で微笑みかけてくれる。

 彼女はどうやら、この場には何度も訪れたことがあるらしい。それだけの強さを誇る冒険者だろうし、彼女が薄暗く笑う意味がグランにもはっきり感じられた。

 そう、始めて見た、

 冒険者という生業の最前線が、ここだ。

 そして、そこは下の街とはまるで違う活気に満ちていた。

 突然グランは、がっし! と二の腕を見知らぬ少女に抱きしめられる。


「お兄さん、冒険者だよねっ? ねえ、上を目指す? なら、それなら、あたしを!」

「え? あ、えっと? いや、僕は――」

「あたし、戦闘力は低いけど職業はローグだから……モンスターの素材稼ぎに貢献できる! 索敵も偵察もできるし、えっと、あとは……少しなら、夜の時間だって」

「す、すみません! 僕、もうアウトライナーズってギルドの一員なので!」


 少女は丁度、妹と同じくらいの年恰好だった。ローグというのは、戦闘では遊撃を担当し、迷宮の罠を見抜いたり隠された財宝を見つけ出す職業である。腕利きのローグなら、倒したモンスターが消滅する前に、希少な素材を回収することも可能だった。

 だが、彼女はうろたえるグランの言葉にフンと鼻を鳴らす。


「……なんだ、所属ギルドがあるんだ。フン! いいじゃない! よろしくやってれば!?」

「え、あ、えっと」

「仲間がいるんでしょ! 追放されたこっちは必死なの! あーあ、無駄な時間使った!」


 少女は態度を一変させ、さんざん毒づいて離れていった。

 グランには訳がわからない。

 だが、ポンと型を叩くミホネがうんうんと妙に楽しそうに話してくれる。


「災難だったねえ、少年。ここは10階、ラファエリの街。ここから先はまだまだ探索中で次の街はないのさ」

「えっ? それは、つまり」

「ここから上はさらに激しい戦いが待っている。強敵ぞろいだ。自然と、ここでパーティを再編成して、戦力外通告を受けた人間を捨てていく、そんな場所なのさ」


 どこかピリピリとした緊張感の正体を、グランは改めて思い知らされた。

 ここは最前線、この上にはまだ人類は橋頭保を築けていない。そして、その先に挑むために誰もがより強い仲間、使えるパーティメンバーを厳選しているのだ。

 まるで、ここは冒険者たちの選別の場だった。

 ここから先に進むために、誰もが当たり前に弱点を切り捨ててゆく。

 リスクを切り詰め、不安要素や不確定要素を英断で断ち切る。

 ここにいるのは、そうして戦力外通告を受けた冒険者たちが大半なのだった。


「彼ら彼女らは、アウトライナー……戦力外として見捨てられた追放者。でもねえ、私たちはそういう人間を救うために活動してるのさぁ」


 にへらと笑って、ミホネが歩き出す。

 キュオンやハウートが続き、追いかけるグランの鼻先にリリリルが張り付いてきた。


「驚いた、グラン? この街は聖櫃を求める人間たちの最前線……一応、トップレベルのギルドは12階くらいまで進んでるよ?」

「ゼインは、ゼインたち英雄旅団は」

「彼らは今も一番先を進んでる。聖女エアリアもいるし、正直物凄く強いパーティだよね」

「そんな場所で、僕は」


 今ならはっきりわかった。

 真実かどうかはわからないが、矛盾のない真相を知ってしまった。

 ゼインは最初から、最強の聖女エアリアを仲間にすることが目的だった。その手段として、そこそこのありふれた一般的な呪術師である兄のグランも雇った。そして、あくまでついでのグランは、ゼインたちがこの場所、ラファエリの街に行くまでの消耗品として使われ使い倒されて、そして使い捨てられたのだった。


「そうか、僕はやっぱり……」

「いやいや、少年。そう悲観することはない。かつての仲間に見捨てられても、君は今わたしたちとこの場所に立っている。そうだね?」

「それは、そうでもありますが」

「だったら今は今という時間を楽しもう。この先に、いい感じの居酒屋があるんだよねえ……ここより上、11階以上のモンスターから取れる素材の料理は、そこでしか――」


 不思議と優し気に見えるミホネの表情が、一瞬で凍り付く。

 なにごとかと思ったグランも、瞬時に身を硬直させた。

 悲鳴が連鎖する中で、筋骨隆々たる大男が斧を持って暴れていた。

 その表情は憤怒に満ちていたが、まるで母を強請(ねだ)る泣いた幼子にも思えた、


「あああ? なんだあ? なんで俺が追放者なんだ! 今までタンク職をやって、全員を守ってきただろうがよ! それが、なぜっ!」


 重々しい甲冑を着込んだ大男は、兜の奥で激昂を迸らせる。どうやら、彼もこの10階という区切りで追放者になったらしい。

 グランには、そのむくげきき巨躯の威容が圧倒的な強さを感じてしまった。

 だが、そんな屈強の戦士が切り捨てられる、それがここから先の世界。

 それがわかっても納得いかないのか、大男は先程のローグの少女に手をかけた。


「弱い奴は切り捨てて当然! けどなあ、俺は強いんだよ! なんで俺が追放されなきゃなんねえんだ! あいつら、俺を外したから死ぬぜ! ギャハハ、俺が守らなきゃ死ぬぜええええええ!」


 大男は、その身にジャストサイズな戦斧を振り回す。とっさにグランは、先程自分を罵倒して離れた少女を庇った。押し倒す形になったが、そのまま全身で守りながら呪術を励起させる。

 だが、そんなグランの行動より早く、身を震わせるような冷徹な殺気が走る。

 あっという間に、暴れ出した暴漢の冒険者は白く煙っていった。


「ぐ、あ、ああ!? ……これは、水属性の上位魔法、氷の」


 あっという間に、怒り狂う悪漢は氷の牢獄に閉じ込められた。

 属性魔法は火と雷と、氷……基礎中の基礎だが、この全てを使いこなせる魔法使いは数えるほどしかいない。しかも、氷の魔法をここまで先鋭化させた人間をグランは初めて見た。

 そして知ることになる。

 追放者の保護と再チャレンジを理念とする、アウトライナーズの一員たる大魔導師を。


「いちいちうっさいのよね、アンタ。ここから先は先取先制、やられる前にやれ……タンク職よりファーストアタックの強い人間が求められるの。……そもそも、アンタじゃこの上のモンスターを前に盾にはなれないわ」


 バリン! と巨大な氷の結晶が割れる。それで解放された冒険者の男は、その場に倒れて呼吸を貪っていた。

 そして、優雅に白いローブをまとったとんがり帽子の少女が現れる。

 冷徹な現実を語ったその人物は、随分と余裕で優雅な笑みを浮かべていた。


「お疲れ様ね、ミホネ。来てくれて助かるわ」

「まあ、これも仕事だからねえ。……ちょっと手厳しくないかい?」

「この男もアウトライナー……でも手を伸べるにはちょっと傲慢で自己中心的だもの」

「なるほど、ね」


 その少女はグランの前にも来て、慇懃に頭を垂れて挨拶を交わしてくれた。

 ギルド、アウトライナーズの一員にして、ミホネに並ぶ実力者の魔法使い……彼女の名はシェイレーヌ。自分もまたかつて、バベルゼバブの塔の11階でパーティを追放された人間だと名乗って寂しく笑うのだった。

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