第11話「初仕事からして超高難度ですが、なにか?」
翌朝、グランはギルドマスターからの依頼を受けてバベルゼバブの迷宮を駆けあがっていた。
もちろん、ミホネやキュオン、そして昨日救出したハウートも一緒である。
四人は燐光を振りまくリリリルの飛ぶ先へと走った。
すでにもう、四つのフロアを踏破し、幾度となく戦闘を勝ち抜いてきた。
バベルゼバブの塔は、五層ごとにモンスターの入り込まない安全地帯があるとされている。そこは長年の先達の力もあって、開拓されて塔の中の街、中継地点へと発展していた。
「次のフロアが第十層……第三の街、ラファエリ。もうちょっとだ、もう少し、なんだ」
グランの疲労度はすでに限界に近付いていた。
だが、不思議と活力を絞り出せば脚は前に動く。
一度は戦力外と捨てられた自分が、今の仲間たちに調和し役に立っているからだ。
グランの呪術は、エンカウントしたモンスターたちを弱体化させた。デバフ、要するに能力弱体のスキルは相手の力をそぎ落としてゆく。
だが、その必要もない程度にミホネの剣が冴えわたった。
自称戦士、異世界から来た人間と称する謎の女の子は、今日も軽々と片手で巨剣を振るう。その討ち漏らしをキュオンが叩き、戦闘の合間にハウートが回復を施す。
誰もが皆追放者、アウトライナーにも関わらず、連携は完璧だった。
「お疲れー、ミホねえ! みんなも! この先、追放者はいないみたい。次の階段を上がれば第十層、三つ目の街ラファエリだよー」
奇蹟の源、あらゆる祈りの願望具……聖櫃。それを頂くバベルゼバブの塔には、その根元に第一の街ルシフェア、第五階層にミカエスを抱いている。そして今、冒険者の最前線は第十層のラファエリだ。そこが最前線で、その先には地獄が広がっている。
冒険者たちのための特区になったこの片田舎で百年あまり、そこで誰もが足踏みに近い状態で塔の上を見上げていた。
「ぜえ、ぜえ……さすがにきついけど、僕はやれてる。やれてるから、ここにいる!」
遠く向こうに、上に登る階段が見えてきた。
あの先は第十層、冒険者たちのセフティーエリアであるラファエリの街がある。
グラン自身、ここまで来るのは初めてだ。
以前は妹にして聖女エアリアと共に、英雄旅団というギルドに所属し、高みを目指していた。だが、力尽きてお荷物になったグランは、その場でギルドを追放されたのだ。
そんな過去の自分をもう、とっくに彼は追いこしていた。
「! 階段前に強い殺気! 大きいよー! ミホねえ、みんなも気を付けてっ!」
リリリルが光をこぼしながら戻ってくる。
同時に、彼女の燐光が少し先に巨大な影を浮かび上がらせた。
それは、第九層のこの場では最強レベルのモンスター。そして、冒険者たちにとっての試金石だった。
「あれは……ミノタウロス!」
思わず驚きに声をあげつつ、すぐにグランは手と手の指で印を結んだ。
その時にはもう、ミホネとキュオンは駆け出している。
向こうがこちら側に気付いた時にはもう、先制の呪術がミノタウロスを包んでいた。身の丈は人間の倍、筋骨隆々たる逆三角形の半人半牛は巨大な戦斧を振り上げる。
だが、敵意と殺意の一撃はミホネにもキュオンにも当たらなかった。
「うーん、いい呪術だねえ。こうも援護されちゃあ、うん」
「だよねっ! ミホねえ! ボクがまず、奴の剛力を封じるよっ!」
グランが最初に放った呪術は、敵のスピードを殺して行動を鈍らせるものだった。当たれば即死のミノタウロスが放つ一撃が、ゆっくりスローモーションで冒険者たちの影だけを破壊し床を粉々に砕く。
巨大な剣と盾を持ちつつ、軽装極まりないミホネ。
同時に、鉄腕鉄脚ながら生来のアジリティを爆発させるキュオン。
二人にはまず、相手に対しての回避率を付与すべきだとグランは判断した。
「次は、自慢の腕力を弱体化させる! 逆にハウートさん! ここは」
「はいいぃ……どうか我が神よ、偉大な邪神よ……皆様に堅剛なる加護を! イア! イア!」
グランの第二のデバフがミノタウロスの腕力を奪う。物理的に攻撃力が高く、人間ならば持ち歩くことさえ困難な超重量級武器を振るうモンスターも、呪術でその力を弱めることができた。
逆に、ハウートの奇妙な祈りが前衛の二人に防御力の高まる祈りを与える。
そして、疲労困憊ながらもグランはそれだけでは戦いを終えなかった。
あとは前衛のアタッカーが戦うのを見守ってもいい、しかしその小利口さを自分で拒否した。
「相手の足を引っ張るのだけは、得意なんだ! デバフッ、盛りますから!」
前衛が剣と拳とを振りかざす中に、グランは迷いなく飛び込む。手にした杖でミノタウロスの剛撃を受けると、弱体化させているのにグランは吹き飛ばされた。
だが、その距離で呪術を行使し、さらなるデバフをミノタウロスに盛る。
以前と違って、比較的安全なモンスターとの戦闘では行動を控えていたので、多少の披露はあるものの呪術のキレは増している。いわゆる絶好調だった。
「おやおや、少年……頑張り過ぎると危ないよ? ふふ、でも、今だねえ」
「ミホねえ、ボクの一撃で崩すから! ぶった斬れえええええええっ!」
キュオンが鋼鉄の義足で飛び蹴りを放つ。
瞬発力と反応速度をグランにくしけずられたミノタウロスは、緩慢な動きでそれをかろうじて防御した。
その間隙にミホネが踏み込む。
「やれやれ、なんともまあ……こうも噛み合うと変な笑みが込み上げる、ね、えっ!」
たたらを踏みながらも態勢を整えようとするミノタウロスに、光の線が走る。
それは、うら若き乙女が振り回していい鉄塊ではなかった。
常人ならば両手で構えても重さに遊ばれる、そんな刃が一閃に突き抜ける。
あっという間にミホネは、ミノタウロスを一刀両断に切り裂いた。
「なんとか片付いたねえ。少年、いいアシストだったよ? ふふ」
ミホネの笑みが相変わらず粘着質な湿った暗さがあったが、その瞳の闇は漆黒に輝いていた。そして、勝利を祝うと同時に仲間たちが集まり出す。
幸運にも、ミノタウロスが振り回していた斧槍は無傷で回収で来た。どうやらどこかの誰かが死んで落としたものを使ってたらしく、かなり高価な武器と知れる。それを今夜の宿愛に監禁すべく、グランたちは最後の階段を上ってバベルゼバブ第三の街、ラファエリへの階段をあがるのだった。




