第10話「彼女は彼で義手義足でしたが、なにか?」
グランが目を覚ましたのは、すでに月が夜空に昇ったあとだった。
そのあと、遅めの夕食を取る。酒場を兼ねた食堂は結構な混雑で、その半数近くが追放者……アウトライナーだ。
ミホネやキュオンといった顔見知りを探したが、どうやらいないらしい。
もう休んだか、それとも夜もバベルゼバブの塔に挑んでいるのか。
ただ、今この瞬間に困っている追放者はいない。
その存在を告げる可憐な妖精が、さっきからカウンターに座るグランに話しかけてくる。
「アナタ、結構やるのね! 呪術師ってコスパ悪いけど、強敵相手の時ほどありがたいもの」
「ほ、褒められてるのかな。あ、ありがとう、リリリル」
「どういたしまして! あ、ほらっ! 野菜も食べなさい? ニンジンって栄養満点なんだから」
「妹みたいなことを言うなあ……それにしても、妖精族。僕も初めて見る」
「でしょう? 本来アタシたちは森や泉で隠れて暮らすもの」
その彼女が、人間界、それも冒険者のひしめくバベルゼバブの塔を攻略するギルドの一員になっている。主な仕事は、ダンジョンを巡回しての追放者探しだ。
リリリルは小さいうえに飛行能力を持っているので、モンスターを避けられる。
彼女にもまた、追放者としてこの場に居場所を得た理由があるのだろう。
リリリルはワイングラスの縁に腰掛け、その下の酒をストローで飲んでいた。
「さて、ごちそうさま。あ、ギルドマスター」
奥の厨房に呼びかける。
そこでは、追放者だけのギルド『アウトライナーズ』を率いる老賢者が鍋を振るっていた。ネスカルザドブ……老いてなおも冒険者のゆくすえを憂う男である。伝説の十二人、黄道十二勇者の一人、天秤座のネスカルザドブである。
彼は料理の盛り付けをしながら、一礼するグランににこりと笑った。
「どうじゃ、ワシの料理もなかなかのもんじゃろ」
「美味しかったです、ありがとうございます。それに、部屋まで」
「今日からお主も同じギルドの仲間じゃ。ミホネやキュオン、リリリルたちを手伝っておくれ」
「……いいんでしょうか」
「よい。実によい、ワシが許すってもんじゃ。ミホネの国にはこんな言葉があるそうじゃぞ?」
――捨てる神いれば拾う神あり。
不思議な言葉だ。
まるで神様が二人以上いるような言いぐさである。神は天上にありて唯一絶対の存在、教会ではそう教わるのだが。その神が聖櫃を頂き打ち立てたのが、バベルゼバブの塔だと言われている。
「まあ、グラン君。今日は風呂にでも入って寝てしまいなさい。地下に浴場があるが」
「け、結構な贅沢ですね。この宿、こんな辺鄙な街はずれなのに、上下水道も」
「温泉も出るからのう。まあ、女の子が入ってたら出るまで少し待つんじゃよ」
一瞬、脳裏にミホネの裸体が走った。
普段から防具が裸同然なので、全く違和感がなかった。それなのに、常に気だるげな彼女は、妄想の中でも不思議な笑みでグランの心を熱くさせる。
酒を飲みほしたリリリルが、早速燐光を振りまき飛び立った。
「あっ、グラン今スケベなこと考えた! サイッテー!」
「いや違うよ、ミホネさんがあんな恰好だから」
「強い防具ってのは魔法の加護とかもあるから、軽くて動きやすいのがミホねえは好きなだけ。このっ、エッチ! めっ! 早くお風呂入って寝ちゃえ!」
半ばリリリルに追い出されるようにして、食堂を出た、
タオルや石鹸の類は浴場に常備されているらしく、粗末な貧乏宿にしてはえらく中身は整っている。外から見たら、まさかこんなボロ宿に温泉があるなんて誰も思わない。
階段を降りるとすぐ、湯上りで気の緩んだ冒険者たちとすれ違った。
その背を見送り先に進めば、すぐに巨大な石の引き戸が現れる。
女性が入浴中という札は、使用されずに隅っこにしまわれていた。
「はあ、長い一日だった……でも、やっぱりエアリアは優しい妹だな」
ガララと戸を開け、湯煙の中に進み出る。
その先に一人の影があったが、同じ男だと思ったし、小柄なその姿は同世代だなと考えた。だが、ランプが照らす薄暗さの中で、徐々に視界が鮮明になる。
「あれ、グランじゃん。おつおつー!」
「え……キュオン、さん? なんで、ここに」
「ボクだって汗かいたらお風呂にはいるよっ! キミもでしょ?」
「え、いや、まあ……って、ちょ、ちょっと! 脱がないでくださいよ!」
そこには、今は仲間のキュオンがいた。彼女は軽装の装備をさっさと脱ぐと、纏めて籠に放り込む。露わになる肢体はスレンダーで、適度な筋肉美が細く引き締められていた。
キュオンはツインテールに結っていた髪も解くと、全裸になってから――
「……え? あれ? つい、てる。キュオン、さん?」
「あれ、言ってなかったっけ? ボク、男だよ?」
「……えー、あー、うーん……そ、それなら、問題、ないのかなあ」
「問題ないんじゃん? で、よっと、っとっとっと」
突然、キュオンが鋼鉄の武具を取り払った。というよりは、合金製の右腕そのものを引っこ抜いてしまった。
驚きに絶句して、グランは部屋着を脱ぎ始めたまま固まる。
なんと、彼女の……否、彼の右腕は義手だったのだ。
「そいで、ほいっと! と、とととと!?」
「あ、危ないっ!」
右脚も義足だった。キュオンは、右肘、右膝から先が欠損していた。
正直驚いたが、とっさに前に出て倒れそうになったキュオンを抱きかかえる。義手義足の、女装格闘家。もう、説明されるまでもなく追放された理由がなんとなくわかった。
だが、キュオンは腕の中でエヘヘと悪びれない笑みを向けてくる。
「ボク、昔から体は男の子なんだけど、気持ちは女の子みたいな気がするんだ」
「は、はあ。……いや、誰が見ても普段は女の子に見えるんじゃ」
「男だってバレたら、ギルドを追放されてね。街に戻る過程で手足を片方ずつ」
「そ、そうだったんですか」
「ふふ、支えてくれてありがと。グランとはいい友達になれそう。それ以上も、もしもね?」
どきりとするが、片足で器用にキュオンは立って洗い場へ向かう。
その背を見送りながら、再度グランは猛ダッシュでタイルの上を滑った。
「っとお!? せ、石鹸が、こんなとこに」
「だから危ないですって!」
石鹸を踏んで転んだキュオンを、再度助ける。
結局グランは、そんな彼の背を流して頭を洗ってやり、一緒に温泉であれこれいろいろな話をした。風呂で他人の世話を焼くなんて、幼い頃のエアリアを面倒見ていたころ以来なのだった。




