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第1話「最強パーティから追放されましたが、なにか?」

 少年はダンジョンを彷徨(さまよ)っていた。

 それは、天地を貫く巨大な塔……誰もが夢見て駆け上がる、星海(そら)に通じる道。

 その先に、神代の(いにしえ)より残されし聖櫃(アーク)があるという。

 あらゆる奇蹟を閉じ込めた聖櫃は、どんな願いでもかなえてくれると言われていた。

 呪術師グランも、幼い頃からそう聞かされて育ってきたのだった。

 だが、その夢に挑む旅路が突然、失われた。

 彼は今、一人で危険な迷宮を帰路についているのだった。


「ここで、死ねるか……それに、これ。これを使ったら……僕は彼女の言葉を受け入れてしまう!」


 グランの手には、小さく輝く宝玉があった。

 冒険者たちはそれを『家路の水晶』と呼んで常備していた。どこの街でも売り切れることが多くて、中には買えなかったばかりに迷宮へ消えたパーティーも少なくない。

 レアアイテムではないが、需要が多過ぎて品薄なアイテムだった。

 それが今、グランの手の中で小さく光っている。

 使えば即座に、旅立った街へと己の全てを転送してくれる。

 だが、殺気と血の臭いに満ちた迷宮の中で、グランはそのアイテムを起動させなかった。


「生きて、帰る……この足で、歩いて帰るんだ。……あの子の渡したこのアイテム、使わない!」


 グランは生来、根暗で卑屈な少年だった。

 だが、そんな彼に誇れるものがあった。

 それは確かに、たった数分前まで存在したのだった。

 ここで少し、物語のページを巻き戻す。

 ほんの少し前、グランは叩きつけられた言葉の吐息や勢い、その冷たさを覚えていた。





 その塔は『バベルゼバブ』と呼ばれていた。

 世界の片隅、辺境の片田舎(かたいなか)に屹立する巨大な古代遺跡だ。その存在は世界中の好奇心と探求心を集め、多くの人間が冒険者として踏破を目指して昇っていった。

 だが、この100年の間で、登頂を果たした人間は存在しない。

 天の果てにあるという、聖櫃を目にした者もいなかった。

 それでも、人類は空の果て、蒼穹(そうきゅう)の彼方を目指した。

 そのためなら、なんでも迷わず選択する、非情なまでの合理性が冒険者を駆り立てていた。


『なあ、グラン。もう疲れたろう? ここまでほんと、お疲れさまだぜ』


 その日、グランは半年ほど一緒に迷宮探索を共にしてきた仲間の、そのリーダーたる剣士に微笑まれた。実際、できることは全部やってきたし、呪術師というマイナーで非力な職業ながらも、しっかりパーティーの戦力として貢献できていると思った。

 リーダーの笑みが、ニチャリと歪んで嘲笑(ちょうしょう)に変わるまでは。


『ここまででいいぜ、グラン。ここから先はお前はいらない』

『えっ? 今なんて……いや、どうして』

『お前さ、呪術師って能力は達者だけど……非効率なんだよなあ? だろ、みんな!』


 パーティーの誰もが頷いた。

 あの子以外の誰もが、異口同音にリーダーの言葉へ追従する。


『確かに呪力は便利だ、助かる。でもなあ、あくまでそれはデバフだからなあ』

『そうそう、モンスターが出るたびにデバフをかけて……今、お前はへばってる訳だ』

『バフはいいんだよ、彼女のバフは万能だ。効果が続く限り、何連戦してもバフは俺たちを守る』

『でも、デバフは……相手への弱体化は、その相手が死ねば消えるだろ? 新手は無数に現れるのに』


 そう、グランは呪術師……その能力は、呪力によって敵を呪い、あらゆる能力を弱体化させるものだった。公式の冒険者ギルドでも認められた職業で、人数は少ないながらも同業者はそれなりに活躍している。

 はずだった。

 だが、呪術師という職業は他にこれといって特徴的な長所を持たない。

 本来、呪術師の能力は巨大な強敵、フロアごとに配置される階段守(フロアガーター)などとの戦闘で真価を発揮するのだ。例えば、防御力10の雑魚からその硬さを30%削るより、防御力500の強敵から30%削る方が本領発揮というものである。

 だが、このダンジョンは上に進めば進むほどにモンスターが強くなる。

 グランのパーティーはエンカウントする全てがボスクラスの戦いを強いられていた。

 その都度、呪力を使ってきたグランはもう、疲労困憊だったのだ。


『つーわけでさあ、グラン。お前はここまでだ。助かったぜ? それなりにはなあ』


 リーダーがそう吐き捨てて、先に進もうとする。

 その背に手を伸ばしたグランは、目の前に可憐な少女が立ちはだかるのを見た。

 彼女は怜悧(れいり)な無表情だが、まるで太古の女神像のように美しい。

 そして、そっと胸元から『家路の水晶』を取り出す。


『お兄ちゃん、これで街に戻って。ここから先は、わたしたちが進む』

『くっ、エアリア! 待ってくれ、僕はまだ……それに、お前だけじゃ』

『お兄ちゃんはもう、戦えない。お願い、帰って……死んでほしくないから』


 彼女の名はエアリア。

 グランにとって妹も同然の、同じ家で育った血の繋がらない家族だ。普段から感情の起伏に乏しいが、その美貌と(はかな)さが多くの同世代を男女構わず虜にしていた。しかも、とんでもなく強い力を持つ僧侶であり、教会の加護を得た聖女としてのエアリアはあらゆる法術を使いこなす。

 治癒や解毒はもちろん、味方の身体能力や闘争心を増幅させる様々なバフを仲間に施せた。

 そんな彼女の異常なまでの強さを、その理由をグランは知っていた。

 だからこそ、聖櫃を目指したのだ。

 その夢がついえたのが、つい先ほどだった、





 グランはふらふらと、ダンジョンの下り階段を探して歩く。

 次にモンスターとエンカウントしたら、もう戦えない……仲間のために呪力を振り絞って、弱体化の異能を使い続けたグランはもう、体力的にも精神力的にも限界を迎えていた。

 それに、たとえ万全の態勢だったとしても、このフロアでは生還は難しいだろう。

 謎の巨塔『バベルゼバブ』は、上層に向かうほどにモンスターが強くなってゆく。

 現在は7層、かなり探索と調査が終えられた区画だが、冒険者の少年が一人でうろついていい場所じゃない、グランは呪術師、相手を弱らせるのが仕事だ。それは必定、グランが弱らせたモンスターを倒してくれるアタッカーがいることで、初めて価値のある仕事をこなす職業なのだった。


「あ……下り階段が。次は6層、その次は……5層は街がある。生きるぞ、生きるんだ……エアリアのためにも。あれは……あんな悲しい顔をする時のエアリアは、嘘をついてる表情だ!」


 グランは見つけた下り階段を転げ落ちる。

 その時、重武装で上を目指すパーティーの一段とすれ違った。

 浴びせられる視線は冷たく、聴こえた言葉はここ最近の情勢を如実に語っていた。


「おいおい、あれ……どう見てもソロ冒険者って感じじゃないでしょ」

「最近はやりの追放者ね。つまり、使えない奴。あるいは、使い終わった奴」

「ま、しっかりな。もう少しで第5層、街があるフロアだ。せいぜい足掻(あが)くんだな」


 言われなくても生きてやる、言うだけの奴には反骨心が励起する。

 だが、準備万端の精鋭パーティーと思しき連中は、妹のエアリアが進む先、上層へと足早に去っていった。今はもう、エアリアは自分という足手まといを使い捨てて、リーダーたちとさらに上に向かっているだろう。

 しゃくな話だが、今は生還のために5層の街、塔にして迷宮たるこの地の中間都市に戻るしかない。

 だが、そんなグランの前に殺気が(うごめ)き包囲してくる。


「チッ、モンスターか! ……ここまでか。僕は……意地でも帰還の安易な選択肢を選ばないぞ。だって……僕は聖櫃に願いがある! あの子をいるべき場所に帰してやりたいんだ!」


 妹分のエアリアがくれた『家路の水晶』を投げ捨てた。それが砕けて割れる音を聞きながら、長杖(ロッド)を構える。この手の武器は術者系職業の定番だが、はっきり言って戦闘用の武器ではない。自分が使う術の力を増幅させるための、いわば祭具といった意味合いが強かった。

 もちろん、呪術師たるグランには白兵戦の技術が乏しい。

 いよいよ覚悟を決めた、その時だった。


「少年、無事かい? その目……諦めに屈しているにしては眩しいね」


 突然、目の前でモンスターの一体が血柱に変わる。

 比較的レベルの低い、ゴブリンだ。それでも、強力な腕力と耐久力を持つモンスター、術師系職業のグランなら1on1でもかなわない武闘派の怪物である。それが今、典雅な声と同時に真っ二つになった。

 それで、他のゴブリンも動揺に騒ぎ出す。

 人間でもモンスターでも同じだ……死の恐怖に迫られた時、平常心は吹き飛んでしまう。

 それを演出した美少女は、グランの前に降り立つと剣を構えなおした。

 酷く軽装で肌も露わなビキニアーマーに、武骨な大剣は片手で振るえるのが不思議なくらいに長大だ。そして、左手にも重装備の騎士が持つような巨大な盾を構えている。

 彼女は肩越しに振り返って、飄々(ひょうひょう)としたゆるい笑みを浮かべる。


追放者(アウトライナー)、一人確保、だねえ。さあ、まずはモンスターを片付けよう。みんな、いいかい?」


 同時に、数人の影が頭上に舞った。

 それを最後に、グランの消耗した意識は視界を滲ませ記憶を曖昧にさせる。

 限界に達して倒れた自分が、肌も露わな謎の少女戦士に抱き留められたのだけは、その柔らかさとぬくもりだけは、はっきりと感じられるのだった。

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― 新着の感想 ―
捨てるものあれば拾うものあり。 グランがどう生きるのかが楽しみです。
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