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砂糖をたっぷり入れたコーヒー

 次の日、やってきた友人を出迎えた作家は、書き上げた話を差し出した。


「どんな話にしたの?」


「令嬢だとありきたりだから、令息を主人公にしてみたよ」


「えー、女主人公じゃないとハーレムチートの古臭い作品になっちゃうよ」


「そうはならなかったから大丈夫」


「どれどれ」


 そのタイトルは、『銭色の花火』。

 童話調の話だった。


 ***


 昔々、ある国のすみっこに、森に囲まれた町があり、町のすみっこには有名な崖がありました。


 どうして有名だったかと言うと、世を(はかな)んで身を投げる人がその崖を選ぶ事で有名だったからです。


 そんな崖に、今宵もまた一つ、人影が現れました。


 ピン……ピン……と小さな金属音が夜闇に響いていました。

 星の降り出しそうな夜空に向かって、きらきら光る一枚の金貨が、潮風にさらされながら高く高く飛んでいっては、引き戻されるように持ち主のもとへ向かって落ちていきます。

 それを取り、また空へ送り出すその人は、町で有名ななまけ者のお坊ちゃまでした。


 彼も、かつてその崖に訪れた人々と同じように身を投げに崖へやってきたのでしょう。


 しかし、お坊ちゃまは崖のふちに近付き、聞こえる波の音が大きくなってくると、その歩みを止めました。


 その足は、それ以上は半歩ですら(がん)として動こうとしません。


 すると、彼は満天の星空から星の代わりに降ってきた金貨を、手の甲と手のひらで捕まえました。


 やや痛む手の甲にため息を吐いてから、彼は宣言します。


「表だったら行く、裏だったら帰る!」


 彼はそっと手のひらをどかしました。


「そもそもどっちが表でどっちが裏だっけ?」


 そんな事を言うお坊ちゃまでしたが、裏だったのでしょう、すぐに崖を去り、また金貨を宙へ弾き上げながら町への道を歩き始めました。


 帰ってきた町中では、貧しさのあまり家を失った人々がそこかしこに座り込んでおりました。


 中には物陰からお坊ちゃまの金貨を見つめる人々もおりましたが、彼がいつも持ち歩いている拳銃が怖いのか、彼らが物陰から動く様子はありません。


 そんな彼らを見て、お坊ちゃまは立ち止まり……。


「良い事を思い付いた」


 そう言うとまた歩き出したのです。


 屋敷への道とは反対の道を進んでいったお坊ちゃまは、噴水広場にやって来ました。

 噴水広場と言っても、はるか古代に作られた噴水は、今となっては壊れて止まったまま直し方を知る人もなくただ雨水を貯めるだけのものになっていました。

 それを直そうと言い出す人もいなかったのです。

 噴水を直せるほどのお金があれば、宴会の為の食べ物やお茶会の為の身なりに使った方がよほど良いのですから。


 しかし、そんな噴水にも水は溜まっているので、鳥や猫や、貧しい人々が集まります。

 金貨を後ろ手に隠したお坊ちゃまは、ちらほらいる人々の背中を見つめながら、おそるおそる噴水へ近付いていきました。

 そして、元気な声であいさつしたのです。


「おはよう、噴水のヌシ」


 もう空は白み始め、星々も姿を隠していました。


 すると、噴水にたむろする人々の中で一人、水底の()から掘り出したのであろうさびついた古銭を服の端で磨いていた男が不機嫌に振り向きます。

 彼こそが噴水のヌシです。


 その噴水広場の噴水には、お金を放り込んで願い事をすると、はるか昔に広場に噴水を建てた王様の魂が聞き入れてくれる、という伝説があり、特にその王様の時代の古銭が好んで投げ込まれます。


 そこで、町にやってくる旅人や、お坊ちゃま達のような貴族のお客に伝説を教えて古銭を売りつけ、放り込まれたそれを拾ったり掘り出したりしてまた売りつける、というのを繰り返している事で、彼は町中に数多くいる貧しい人々の中でも有名でした。


「商売の調子はどうだい?」


 男は目を丸くしてお坊ちゃまを見ました。


「突然どうされた? まさか今更コケにして笑い飛ばしにでもいらっしゃったんですかい、お坊ちゃま? そんなら間に合ってますぜ?」


 と、男はコケやサビを拭き取った緑色が落書きの笑顔のような形になった服のすそを広げて見せました。


「楽しそうだね」


「やってみなさるかい?」


「いや、それよりもっと楽しい事をしようじゃないか」


「と言いますと?」


「今は身投げの崖からの帰りなんだ、しかし命拾いしたおかげでいらなくなったものがあってね」


 お坊ちゃまが隠していた金貨を差し出すと、噴水のヌシは目の色を変えました。


「これをお前が何に使うか見てみたい」


「ははあ、こいつぁなんたる光栄! ありがたい気まぐれだ!」


 敬礼を真似た奇妙な動きと祈りの仕草を真似たぎこちない動きを見せてから、噴水のヌシはうやうやしく金貨を受け取りました。


「なんだい坊ちゃま、私にはくれないの?」


 近くで上澄みの水と海の貝を古びた小鍋とたき火でぐつぐつ煮込んでいた女が、横から口を挟みます。

 他の人々も、同じ事を言いたげにお坊ちゃまを見ていました。

 しかし、お坊ちゃまが持っていたお金はあの世での路銀にと持ち出した金貨一枚だけ。

 それを噴水のヌシに渡してしまったので、両手もポケットも空っぽです。


「彼が金貨を使い切るのを見届けた後、君にもあげたくなったらあげるよ。もしそうならなくても次の誰がしかにはあげるつもりだから、皆、使い方は考えておいてくれ」


 わっ、と噴水周りの人々がどこか嬉しそうにどよめきました。

 面白い事が始まったぞ、と言わんばかりに。


「それじゃあ噴水のヌシ、良い買い物を!」


 それからというもの、噴水のヌシは、まずみすぼらしい住みかを上機嫌ですみずみまで掃除し、一つしかない食卓とわずかな椅子を玄関先に出し、釣具屋へエサの虫を買いに向かいました。

 しかし、店に入ってきた彼を見て、店主は眉間にシワを寄せました。


「何の用だ貧乏人、ここは貴族の方々の為の店だぞ」


 しかし噴水のヌシはひるみません。


「そのお貴族がこの金を何にでも使っていいとおっしゃったのさ」


 と、店主に金貨を見せました。


「それは墓から盗んだという事か?」


「まさか!要するに、貧乏人に金貨を一枚与えたらそいつをどう使うのか知りたいってぇのさ」


「ふん、彼ららしいな。それで、何を買いに来たんだ?」


「一番高い虫さ」


「分かった、出してこよう」


 と、店の裏から店主が取ってきたのは、とても珍しい魚を釣る為だけの、とても珍しい虫でした。

 とても珍しいので、普通の魚は食い付きません。


「こいつがこの店で一番高い虫だ」


「よし、それをもらおう」


 そうして、噴水のヌシは珍しい虫と釣り糸と竿を買い、意気揚々と海辺へ向かいました。


 しかし、釣れるのは奇妙な姿をした魚ばかり、しかもその魚は見た目がダメならば味も酸っぱくてとても食べれたものではありません。


「ああ、全く!お貴族の遊びに付き合わされた!」


 噴水のヌシは途方に暮れて、不気味な魚達を海へ逃し、自慢の店になる予定だったみすぼらしくて小綺麗な住みかへとぼとぼと帰って行きました。


 しかし本当は、あの奇妙で酸っぱい魚は見た目も味も貴族好みで、とても高く売れる魚だったのです。


 その日、噴水のヌシの買い物の結末を知ったお坊ちゃまは、ケラケラと笑ってコーヒーを飲み干していました。


 そしてコーヒーハウスから出てきたお坊ちゃまに、話しかける人がいました。

 小鍋で貝を煮ていた女です。


「聞いたよ、噴水のヌシの買い物は終わったんだろ?次は私の番だよ、お坊ちゃま」


「ああ、君にも金貨をあげよう」


 お坊ちゃまは女にも金貨を渡しました。


「それじゃあ、おばさん、良い買い物を!」


 女は家に帰ると、隣に住む美人で同じく貧しいお針子を呼び出しました。


「どうしたの?いきなりあたしを呼びつけて」


「どうしたもこうしたもないよ!お前の顔、昔っから気に入らなかったんだ!今から十回、殴らせな!」


 そう怒鳴られて、お針子は縮み上がりました。


「嫌に決まってるでしょう?なんだって今いきなりそんな事を言い出すの?」


「これをやると言っても嫌だなんて言うかい?」


 女はお針子に金貨を見せました。

 するとお針子は目の色を変えて、しばらく考えてから、言いました。


「十回だけよ、それ以上は承知しない」


 女は素早くお針子の手を取り、金貨をにぎらせました。


「決まりだね!歯を食いしばりな!」


 こうして、金貨で顔を十回殴る権利を買った女は、その十回でお針子の顔をめちゃめちゃにしてしまいました。


 この結末を知ったお坊ちゃまはウキウキした足取りでお針子に金貨を渡しに行こうと町を走りました。


「もし」


 しかし、ふと誰かに声をかけられ、立ち止まります。

 見ると、物陰から子供がお坊ちゃまを見ているではありませんか。


「ボク、何か用かい?」


「あなたが金貨の旦那ですか?」


 どうやら、噂を聞きつけた町人の一人のようです。


「金貨が欲しいのかい?」


「はい、次は僕の番じゃダメですか?」


「いいよ、君に金貨をあげよう」


 お坊ちゃまは子供に金貨を渡しました。


「それじゃあ、ボク、良い買い物を!」


「ありがとうございます!」


 子供は柔らかく笑って、どこかへ駆け出していきました。


 それからしばらくして、子供と会った辺りにやってきたお坊ちゃまは、言い争う夫婦を見つけました。

 夫婦が言うには、子供がどうやってか賭け事に参加して、負けて奴隷にされてしまったそうなのです。


「うちは別にそこまで貧しい訳でもないのに、あの子はなんであんな事を……」


「お前がうちを貧しい家かのように言い続けるからだ!」


「だって、贅沢を覚えてはいけないでしょう?」


 そうやって言い合う夫婦を、お坊ちゃまは内心クスクスと笑いながら見ていました。


「さて、次は誰に渡そうかな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、町の人々を見回して歩くお坊ちゃまに、また、声をかける人がいました。


 道端に屋台を構えた占い師です。


「もし、金貨の旦那様。次は私の番にして下さいまし」


 しかしお坊ちゃまは相手が占い師であるのを見て言いました。


「この町の終わりにパーッと遊びたいとか、町から逃げ出す路銀にとかならあげないよ、そういうのは見飽きてるんだ」


「いいえ。そんな事はいたしません。今日あなたの金貨を頂ければ、この町の終わりを止めてご覧に入れましょう」


 それを聞いたお坊ちゃまは少しムッとしましたが、すぐに笑いながら屋台のテーブルに金貨を置きました。


「やれるものならやってみるがいいさ」


 占い師はその金貨で買えるだけの花火を買うと、町から去っていきました。


 その夜、町に魔物が大勢入ってきて、人々に襲いかかりました。

 それは人の心を操る魔物で、狙った町の人々の心を貧しくし、町が(すた)れ始めたところを狙って襲いに来るたちの悪い魔物でした。

 魔物が暴れ回る中、お坊ちゃまは町の人々にいつものようにあいさつしながら狂ったように笑っていました。

 町を管理している家の息子であるお坊ちゃまは、この事を知っていたのです。

 そして、大嫌いな故郷が終わりを迎えるので、お坊ちゃまは嬉しくて仕方がありませんでした。


 しかし、そんな彼の背後、町の外の方で、ありったけの金色の花火が上がりました。

 順番もへったくれもない、あるだけの花火を同時に撃ち上げたような大量の金色の光が空を焼きます。

 その光を見た魔物も、音を聞いた魔物も、人々を襲うのをやめ、一目散に町から逃げ去っていきました。


 この事は伝説となり、その町では定期的に花火があげられるようになりました。


 そして、お坊ちゃまは、次の町長となって働きに働く羽目になり、最期は働き過ぎで死んでしまったそうです。


 ***


 読み終えた友人は即座に言った。


「これはウケないよ」


「だろうね」


「せめて魔境に追放とか、勇者とか、そういうのを題材にしないとさぁ」


「だよね」


「なんかバッドエンドだしつまんないよ」


「そうだよね、もう一回書き直すよ」


 作家は、砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲み干した。

砂糖を死ぬほど入れたコーヒーはガンギマリになれますよ。

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