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虚ろな目

 ある作家が、一人悩んでいた。


 流行りの小説が上手く書けないのだ。


「そもそもアンタ、童話書きでしょ?童話自体が流行ってないんだよ、せめて令嬢出てくる話書きな」


 作家の友人はそう言って横からあれこれ口を出してくるようになった。


 しかしそれは作家としてはむしろありがたい事で、あーでもないこーでもないと口を出されながら、ようやく流行りの話を書き上げた。


 タイトルは、『愛されヒロインの取り扱い方』。


 ***


 今日も平和なこの国には、それはそれは美しい王子様と、彼と婚約を交わしていたお嬢様がいました。

 しかしある日、お嬢様は王子様から婚約破棄されてしまいました。

 何故なら、王子様が他のお嬢様と恋に落ちてしまったからです。

 しかし、それは許されない事でした。

 婚約を決めた国王様や周りの人達にどやされて、あれよあれよと幽閉塔に幽閉されてしまった王子様。

 私はそのお世話役なのでした。


「王子様、お食事の時間でございます」


「ふん、また貴様か。……おい、この食事はなんだ? パンがないぞ」


「はい。今日はお肉と野菜のスープでございます」


「……そうか。ならいい」


 王子様はそう言うと、私が持ってきた食事をガツガツと食べ始めました。


 ……王子様は、私の事を嫌っているようでした。それは仕方のない事でした。

 私は彼のお世話役であると共に、監視役でもあったのです。

 彼は私を見るといつも怒っていました。


「……おい」


「はい、なんでしょうか王子様?」


「何故貴様が私の世話役なのだ? 私は貴様のような女が嫌いだ。不愉快だ。今すぐここから立ち去れ」


 彼は毎回、食事が終わると私にそう言ってきます。

 私は彼の言葉を素直に聞き入れて、部屋から出ることにしています。

 ……が、今回は少し違いました。


「……王子様は何故私を嫌うのですか?」


「……は? そんなの決まってるだろう。貴様が女だからだ。女は男より劣っている。私のような王子が、女如きを好きになる訳が無い」


 婚約していたお嬢様には断罪され、恋に落ちたお嬢様には逃げられて、すっかり女性嫌いになってしまった王子様。

 その言葉は、まるで自分に言い聞かせるようでした。


「王子様、あなたが幽閉されたのは女が悪いからではなく裏切った相手が悪かったからですよ」


「どういう事だ?」


「いわゆる"愛されヒロイン"を敵に回すと、こういう末路が待っているんです」


 そう、私がこの世の中の仕組みに気付いたのは、五歳の頃でした。

 幼馴染の男の子に恋をした私は、彼に愛される為に、自分なりの努力を続けました。

 しかし、彼は私ではなく、長い黒髪と青の瞳と妖精に懐かれやすい体質を持つ、いかにもな"愛されヒロイン"を好きになったのです。

 そこで彼の気を引こうと行動した私は、その"愛されヒロイン"を敵に回しました。

 その結果、私は彼に絶縁を言い渡されたのでした。

 そうして、これがこの世界のルールだと、幼いながらに私は理解したのです。


「意味が分からん、だいたいあいつのあのアザが醜いのが悪いんだ。あれでは化け物ではないか」


 ぶつくさ言う王子様。

 王子と婚約していたお嬢様の顔には花のようなアザがありました。

 そのアザは、人々から美しいとも醜いとも言われていました。


「王子様。あなたはこれから、たくさん辛い思いをするでしょう。ですが、ここで耐えればきっと幸せになれますよ」


「……何を言うんだ貴様は……。私は……このまま一生ここから出られないのだぞ……」


「それは王子様次第です。ロゼリエル様を必ずや幸せにすると誓い、行動出来るのであれば、あなたも報われるでしょう」


 王子様が婚約していた令嬢との復縁を勧める私の言葉を聞いた王子様は、終始おかしな顔をしていましたが、もう何を言っても無駄だと思ったのか、それから私に話しかけて来る事はありませんでした。


 それから数日が経ちました。


 そろそろ良いだろうという事で、王子様は幽閉塔から出してもらえました。


 そして、ロゼリエル様の前で謝罪の意を示し、許してもらえたようです。


 それからも、王子様は"愛されヒロイン"との付き合い方について聞いてくるようになりました。


「おい、貴様」


「はい、なんでしょうか?」


「"全力でデレる"をやってみたのだが道化のように扱われるぞ、私はどうすれば良いのだ?」


「……そうですね……。まずは彼女と一定の距離感を保つと良いかもしれませんよ」


「……そうか。分かった」


 王子様はそれからロゼリエル様の事を好きとも嫌いとも言わなくなりました。


「おい、貴様」


「はい、なんでしょうか?」


「ロゼリエルが隣国の王子とイチャつきだしたぞ」


「それは早急に嫉妬している事をアピールしなければいけません、もしそれで鬱陶しがられたら大人しくフェードアウトして下さいね」


 そんな日々を続けているうちに、王子様はロゼリエル様と完全に仲直りする事が出来たようです。

 そして、その頃にはすっかりロゼリエル様と愛し合う関係になっていたようでした。

 しかし、ロゼリエル様はそれから間もなくして亡くなりました。

 暗殺者から身を挺して王子様を守る形で切り殺されたのです。

 王子様は悲しみに暮れていましたが、しばらくするとロゼリエル様の分まで生きていこうと前を向いていました。


「おい、貴様」


「はい、なんでしょうか?」


「ロゼリエルが死んだのは私のせいなのか?」


 そんな問いが飛んで来る事もしばしば。


「いいえ違います。あれは運命だったんです」


 私はその度に、王子様にそう言い聞かせました。

 そうして時は経ちました。

 ロゼリエル様が亡くなってから数年後に王子様は隣国のお姫様と結婚しました。

 そしてお子様にも恵まれました。

 その中に、ロゼリエル様にそっくりな花の形のアザを持つお子様がいるのを見つけて、私はやれやれとため息を吐いたのでした。

 私が王子様にアドバイスする日々は一体何年先まで続くやら。


 ***


「まあまあいいんじゃない?長編化も出来そうで」


「するつもりはないよ」


「しなよ!流行りの裏返しって感じで新しいし、特定の層にはウケると思うよ」


 作家ははしゃぐ友人を虚ろな目で見ていた。


「ウケなくていい」


「何の為に書いたの?」


「書いてて思った。この作品は失敗だって」


「じゃあもう一回書き直してみたら?繰り返し練習するのは大事だからね」


「……うん」


 そうして、作家は新しく話を書き始めた。

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