03 密会
「戴冠式に関して、私が要望を出しても良いとようやく許可が下りた。」
「結構長かったな。」
コポコポと紅茶を注ぎ、アレアの分のティーカップを彼女の目の前に置く。
「………あら、あなたの分は?」
「あるわけないだろ。そんなとこ見られたら俺がクビになる。こんな事で駄々をこねるな。」
アレアは何か反論しようと口を開いたが、一歩下がって目を伏せるアレスに何を言っても無駄だと感じたのか、大人しく紅茶を飲み始めた。
「あの人、普段は豪勢にしているくせにやけに慎重でね?やっぱりどれだけ変わっても過去の教養は無くならないのね。」
「…………………」
「あら、怒らないで?あなたの"愛した"あの人を侮辱したわけではないでしょう?」
ね?と笑いかけてみるが、アレスはバツの悪そうな顔をして目を合わせてはくれない。
「(駄目か。やっぱり腹を括ったと言っても、幸せだった過去が消えるわけじゃない…分かってはいたけれど、私は彼の未来にはなれない)」
アレスがこの城に来てからずっと私の世界だったように、アレスにとってあの"王"が全てだった。
幼いながらに、初恋が砕け散った瞬間を覚えている。
そんな彼が、この計画に協力するだなんて…
なんて悲劇だろうか。同情してしまう。
「大丈夫、心配しないで。この計画は、全部私の私利私欲だもの。貴方が手を汚す必要はない。」
「私利私欲、ね…あんなに小さかった姫様が、なんて強欲になられたのか。」
「強欲かしら?でも、あの玉座が手に入るなら、私死んでも良いわ!」
「相変わらず矛盾してるな〜。」
彼女にとって、死は名誉と同じ対価らしい。
俺とアレアは協力関係といっても、違う点がいくつかある。
その一つが、俺にとってあの王を玉座から引きずり落とすことが目的であるのに対して、彼女はそれが手段の一つでしかないことだ。
きっと彼女は王の一人の人間てしての人格、背景、何もかもに興味がないのだろう。
羨ましい。
無関心は、時に自分を守る盾になりうる。
「でも、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいよ。俺は元軍人で、君より何年も年上で、君よりずっとあの人のことを解ってる。」
"だから、あの人の幕引きは俺がやる"とアレスは暗にそう告げた。
その言葉に、アレアはそう、とわかったのかわかっていないのかよく分からない返事をした。
「(実際その通りだから、貴方が良いなら私からは何の反論もないけれど…)」
"この国の王は偉大で尊大である。"
これがこの国の民が口を揃えていうお決まりの言葉だ。
王はこの国の法であり、この国の正義であり、この国の基盤。
現在に至るまでの発展、魔法の一般市民への普及、武力の整備…全てを一人で整えたとされている。
「(問題なのは、そのことについて誰も疑問視していないこと…。あきらかに見た目と年齢の辻褄があっていないじゃない。)」
歴史書には、500年前の記述さえあった。
それが本当だとするのならば、王は500年は生きているということになってしまう。
初めてここに来た時も驚いた。
魔法は時間すらも操れるのかと、それはそれは気味悪がったものだ。
「(もし、あの人が本当に500年も生きているのなら、長い間あの人と一緒に生きてきたアレスは一体何歳になるのだろう。)」
じっと彼を睨めば、なんの事やらとアレスが首を傾げてこちらに目を合わせる。
「…何?」
「ん?いいえ、貴方がそろそろ仕事へ戻らないと怪しまれてしまうかなって。まぁでも私としてはあなたとこのまま一緒に…「それもそうか。じゃあ"予定通り"に。」」
「…………ええ。」
アレスは愛の告白を盛大にスルーすると、手を振る間もなくそそくさと部屋を立ち去った。
そして、アレア一人になった部屋には、言いようもない孤独感が立ち込めていた。
まるで時間が遡ったように感じてしまう、そんな不安からか両腕で自分を抱きしめるかのように机にもたれかかる。
「(…証拠が残る殺し方は論外。拘束魔法は通じない。毒も、きっと効かない。
そんな人の弱点が"人間"だなんて。)」
なんて、哀れなのかしら。
だから、どちらにしろ貴方には殺せないの。
可哀想ね、アレス。
だって貴方は人間じゃないでしょう?