02 舞台の幕開け-02-
幼い頃、父は仕事に行くと言ったきり帰ってこず、母は私を売りに出し、その時手に入れたお金で兄を学校へ入れたらしい。
そして他人の人生の為の資金になった私はというと、暗い暗い地の底で、毎日毎日もう一度あの星空を見ることだけを考えて過ごしていた。
だって星空だけは平等に人間を照らしてくれるのだと信じていたから。
きっと絵本の喜劇と一緒で、私はハッピーエンドを迎えるために神様の手によって不幸を演じさせられているのだとも信じていた。
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バチンッ!!!
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突如平穏だった空間に鳴り響いた音、部屋にいや侍女達が一斉にこちらを凝視する。
そしてその視線の中心にいたアリアの頬はどんどん真っ赤に染められていく。
「(痛い…良かった、これは夢じゃない。)」
「ひひひ姫様!?!?どうなさいました!?!?」
ホッと1人安堵していたところに、大慌てで複数人の大人に囲まれる。
侍女は何を慌てているのか、冷やすものを…医者を…と騒々しく囃子たてた。
「何をそんな風に慌てているの?誰かに危害を加えられたわけでもあるまいに。」
「何をって…自分に痛みを与えるのも同等にあってはならない事でございましょう姫様…」
主君も心配なされますよ、と他の侍女が持ってきた水と布で私よりも痛そうに、頬を冷やしてくれた。
その手は高級な壺を触る時のように、とても優しく感じられた。
「貴方、優しいのね。そんなものを貰っても、私は"まだ"何も返せないというのに。」
「いいえ、何かを得るために愛を捧げている訳ではございません。お気になさらないで下さい。」
冷たい布とは反対にまるで聖母のように優しく温かい手の温度を感じながら、アリアは冷ややかな目で彼女を見下ろした。
「(…なら、聖母のような貴方は地の底に落ちた罪人を救いあげてくれるのかしら。いや、きっと無理だ。貴方は人間なのだから、人間は利益のない愛を与えてくれることは無い。)」
何も優しさを無下にしたいわけじゃない。
ただ、もう期待してはいけないと、分かっているのだ。
あの時、星空に夢を見た小さな少女は、地位を手に入れた。
地位はあの時欲しかった救済をくれた。
あの時、貧困に殺されかけた少女は金を手に入れた。
金はあの時欲しかった愛を買えた。
貪欲な少女が欲しがるのはあと1つ。
それは
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「"名誉"ね〜。」
ボリボリと音をたてながらリンゴを齧る青年は、目の前の夢と希望を語る同業の男・シャルを蔑んだ目で見下ろしていた。
「い、良いだろ勇者に憧れるくらい!!」
「でも、お前の憧れの勇者サマは地位も金も手に入れられなかっただろ。」
この国では、勇者の伝承がある。
かつて魔王の魔の手が伸びていたが勇者によってそれは未然に防がれ、希望でいっぱいの国になりましたとさ。めでたしめでたしというような子供の夢いっぱいのもので、憧れるものも少なくない。
そして、そんな英雄に憧れるもの達は大方、大人になる頃にはこの城の役職に付くことを将来の夢に据えるらしい。
それほど、臣民からの現在の王への忠誠は強いのだ。
「いやいや!そんなものに固執するのは正義じゃない。名誉を得る人間ってのは、総じて人格者…金や地位なんて目もくれない奴ばかりさ!」
「じゃあそれを欲しがる奴らは悪者ってことか?」
「えっ!?う、う〜ん…そう言われると。全員が全員そうであるわけではないだろうし、いやしかし…」
「…大体、地位も金もいらないって言えるのは総じて現状に満足しているやつだ。名誉もどうせ副産物だろうよ。そして満たされていない者ほど、自分より上のヤツらが持っているものを欲しがる。
名誉を手に入れたとしても、自分がまっさら綺麗な存在になれるわけでもないのに。」
理解ができない、と残りのリンゴを種ごと噛み砕くと、そのまま"仕事仕事〜"とその場を去ろうとする。
「ちぇ〜!夢も希望もねぇヤツ!!!」
「お、心外だな夢はあるぜ。」
え、何!?と先程とは打って変わってキラキラした瞳でシャルはアレスを見上げた。
アレスは珍しくニッと口角をあげる。
「世界征服!!!」
「……はぁ?」