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9話 店番と釣り具

 帰り道では獣に出会う事もなく、順調に王都ラテオラへと戻る事が出来た。時間も昼半ばといった所で、夕暮れまではまだある。

 まず行く先はギルドだ。キツケ草を納品する事としよう。


 相変わらず旧王城としての風格が漂う建物のドアをくぐり、ギルドの受付嬢へと納品の報告をした。


「あら、今朝の方ですよね?」


「失礼します。納品の受付をお願い出来ますでしょうか」


「そんなに畏まらなくてもいいですよ」


 と、彼女に笑われてしまった。ついサラリーマンの時の癖が出てしまったようだ。


 受け取っていた依頼書と納品袋をカウンターの上に出すと、中身の確認が始まった。依頼書の内容と、納品数の確認。更にはどうやら品質チェックも入る様で、なにやら細かく見られている。

 その後、採ってきたキツケ草は魔法陣の描かれた紙の上に置かれた。それに手を翳したギルド受付嬢の身体が薄っすらと黒紫に光った。


 そういえば、知り合い以外が魔法を使うとこって初めて見たな。この世界の人達はやっぱり普通に使えるんだな……。


「はい、確かにキツケ草ですね。間違いはないんですが、その……少々、お待ち頂けますか?」


「わかりました」


 そう言って彼女は、キツケ草を持って奥に引っ込んでしまった。

 隣のセドナと目が合う。


「なんか不味かったかな?」


「わたしもそんな詳しくにゃいけど……でも、間違ってにゃいとは思うんにゃけど……」


 彼女も「確かにキツケ草です」と言ってたしな。

 という事は、品質に何か問題があったという事だろう。採り方が雑だったとか、傷んでいたとか?


「申し訳ありません、お待たせしました」


「何か問題でもありましたか?」


「いえ。問題では無いんですが、普段中々見ない物の良さだったので、少し確認をさせて頂きました」


 良かった、それなら納品拒否なんて事にはならなさそうだ。


「この質でしたら、成功報酬と追加報酬で合わせて小銀貨二枚で引き取らせて頂きます。宜しいでしょうか?」


 小銀貨二枚!?

 確か依頼受諾時の話だと、追加報酬込みでゴミ拾いの倍。つまり小銀貨一枚は見込めるという話だったが、更にその倍の値段が出て来たぞ。


「いえ、そちらが宜しいのであればそれで構いませんが……」


「ありがとうございます。このくらいの物であれば常にこの金額で引き取らせて頂けますので、また宜しくお願いしますね!」


 お姉さんの笑顔が眩しい。

 そして思いがけない臨時報酬も手に入り、俺もとても嬉しい。


「よし、セドナ。今夜はちょっと贅沢に買い物をするか!」


「やったにゃ!」


 ほくほく顔でギルドを出た俺達は、食材を少し多めに買い込んでから帰宅した。

 肉だ、肉が食えるぞ……。






 その夜、セドナと相談……まぁ別に大した話をした訳でもないのだが、その結果として当分はキツケ草の採集を日課にしてみよう、という事になった。


 幸いにもキツケ草の需要は薬草としてだけでなく食材にも使われる様で、ギルドには常に依頼があるようだった。

 あの湖周辺にはふんだんに自生していたので、俺達だけで採り尽くしてしまうという事もないだろう。


 本当はセドナと手分けして依頼をすればもっと稼げるのだろうが、万が一の会敵時にはセドナの戦闘力に頼らざるを得ない現状では仕方が無い。

 キツケ草の依頼を二人でそれぞれが受ける事も出来ないようで、あくまでひとつのパーティでひとつの依頼というのが原則らしい。これは王都から外に出る時にも衛兵に確認されるので、結構きっちりとした決まりであるようだった。


 まぁ別行動は、俺が武器の扱いに慣れて自立出来るようになってからだな。

 情けねぇけど……。


 そうなると、俺は俺でイザークの店番の仕事がある。

 今朝方、彼の所へ行った時にも改めてその話をしていたのだが、店番は朝から午前をお願いしたいとの事だった。イザーク的には朝マヅメをやりたいらしいので、その間の仕事となる。

 釣り人というのは朝早くから動き出し、夜遅くまで帰ってこない。もしくは夜になる前に動き出す事もあるが、夜釣りをする人間はあまり居ないらしい。

 照明魔法で照らすと魚が逃げてしまうからと彼は言っていたので、その辺はやはり現代世界と同じなのだろう。


 つまりこれからの行動は、日の出前から午前の半ばくらいまではイザークの店で働き、その後は夕方までキツケ草探しという事になる。

 セドナの出番はキツケ草探しの時だけになるが、その分戦闘面で動いてもらわなければならないので、彼女も特に不満はなさそうだった。

 むしろ「朝はいっぱい寝られるにゃ」と喜んでいたくらいだ。


 さて、シンプルに焼いただけの肉だったが大分堪能出来た。調味料とかも探してみたくなるな。

 ……そういえば、これは何の肉なんだろうな。牛、豚、鳥であれば一番近いのは牛なんだが、もっとこうワイルドさというか、獣臭さがある感じだった。


 夕食後は桶に汲んできた水をセドナにお湯にしてもらい、一日の疲れを拭き取る。とりあえず、今はこれが俺達に出来る最大の贅沢だ。


「おなかいっぱいだからねるにゃ……」


「ちゃんとベッドで寝ろよー、風邪引くぞ」


 セドナのベッドの下で毛布に包まりながら、風呂と自分のベッドのどちらを優先しようか、なんて事を考えながら就寝した。






 目が覚めると、ほんの少しだけ夜空が明るくなってきた頃だった。無事、寝過ごさずに起きられた事にホッとする。

 また、こちらの毛布に潜り込んで来ているセドナを起こさないようにそっと支度をして、俺はイザークの店へ向かった。


 俺より相当下とはいえ、セドナは整った顔をしている年頃の女の子だ。見た目的にも、そろそろ女性らしさがちゃんと出て来ている。

 そんな存在に毎回添い寝をされたら、普通ならいつかは間違いを犯してしまいそうだ。

 いい歳をしたおっさんの俺だって、当然男だ。まだ朝の勢いだってあるんだぜ。


 が、何故か彼女にはそれより別の感情が先に出てしまう。

 ネコチャン……。


 さて、彼の店は俺の家から中央通りを挟んで反対側にある。といっても真反対という訳ではなく、そこから更に東西に走る街道に面した区画だ。

 その目の前はパーチ港。まさに個人経営の釣具屋らしいポジションである。


「おはようございます、イザークさん」


「おお、待っておったぞマサユキ」


 店に入るとイザークは既に釣りの支度を終えており、常連らしい人達数人と談笑をしていた。

 その内の一人がこちらに話し掛けてきた。


「君が新人君か、宜しくな」


「これからこの店で働く事になりました、宜しくお願いします。今日は皆さん何狙いなんですか?」


「今日は多分トラチュージャの群れが回ってくるんじゃよ!」


 トラチュージャか、そう言えば前にもイザークが狙ってたな。

 どんな魚かはまだ見た事が無いのだが、群れって事は青物系の小型魚なのだろう。アジかサバあたりかな?


「それでは、後を宜しく頼むの」


「わかりました、皆さん行ってらっしゃい〜」


 手を振って彼等を見送り、一息ついてからカウンターへと座った。

 ……くそ、他人がやってるのを見ると俺も釣りがしたくなってくるな。


 さて、店番と言っても客は来そうにないから、商品の勉強でも改めてしておこう。各棚にある物にはどれも値札が付いていたので、相場感を覚えておきたい。


 まず釣り竿。リールの無い延べ竿と言えども、安い物でもどれも小銀貨クラスはするようだ。現代世界なら一桁万円半ばから後半だな。

 小物類になると現代の相場より高くなってくる。釣り針は二本で大銅貨が必要になるし、糸も同様に仕掛け三個分を買えば大銅貨だ。

 現代世界のような量産効果は見込めないし、どれもハンドメイド品になるのだからそのくらいしてもおかしくはないのだろう。

 一通り集めたら、下手したら大銀貨が要るくらいになってしまうな。これではまだ庶民の趣味とまでは言えそうにないだろう。パーチ港にいた釣り人の少なさにも納得感がある。


 テクノロジーはやはり未発達のようだ。魔道具という言葉を何処かで聞いた記憶があるが、釣り用の物なんて存在するのだろうか。

 少なくとも、ここにその類の物はなさそうだった。




 そう言えば、船があるならロープを使う筈だ。ロープを使うなら、滑車があってもおかしくはないな。


 ……滑車があるなら、それにハンドルさえ付ければリールになるじゃないか。

 いわゆる、ダイレクトリールという物だ。


 現代のベイトリールは、ギアによる変速とワンウェイベアリングによるクラッチ機構を備えている。それが無かった頃は、一回転すると一巻きが出来、投げるとハンドル毎逆回転する物がリールだった。

 これらはスプール軸を左右で支えるので、両軸受けリールと呼ばれる。


 その更に前は、片軸受けリールという物が主流だった。これは現代のフライ用リールやチヌの落とし込み釣りで使われる様な物で、長い糸を手元に所持する為のシンプルなリールだ。


 滑車という存在があるのなら、少なくとも片軸受けリールは多分再現が出来る。




 そしてリールを使うのなら必要になってくるのが、ガイドの付いた竿だ。


 ガイドとはリールから出た糸を、竿に沿って先端まで通す部品である。これは本体部分であるガイドフレームと、その内側糸が直接接するガイドリングからなる。

 糸との摩擦が起きる部分であるので、現代では放熱性の高いシリコンカーバイド製のガイドリングが主流だ。


 ガイドフレームは何かしらの金属で作るとして、リングはそれ自体が滑らかに研磨してあれば無しでも問題は無い。

 フライ用の竿では現代でも金属ワイヤーのみの物があったりする。まぁ、フライフィッシングは使う糸が特殊だから、リングが無くても大丈夫って物ではあるのだが。


 釣り針を作る金属加工技術があるなら、これもクリア出来そうな問題だな。むしろ現代社会には無い素材で、面白い物が作れるかも知れない。




 そうして妄想を膨らませていたら、イザーク達が帰ってきた。


「おかえりなさい、どうでしたか?」


「はっはっは! 今日は満足じゃわい!!」


 イザークと一緒に出掛けていった人達も含めて全員、桶に沢山の魚を入れて帰ってきた。

 シュッと細長い体に、黒い背中が腹にかけて緑色に輝き、黒いまだら模様が側面に流れている。

 サバ……かねぇ?


「これがトラチュージャですか?」


「いや、これはスカジャーじゃな。生で食すと腹痛が治まらなくなったりするが、焼いて食うと美味いんじゃ」


 げっ、この世界にもアニサキスはいるのかよ……。


「食い過ぎても腹を壊すから、セドナちゃんにはほどほどに渡すんじゃぞ?」


「えっ、頂いていいんですか?」


「食いきれん程あるからの! この国の人間は魚の美味さを知らないから困る、ご近所さんに渡しても断られてしまうからの」


 へ、へぇ〜……。

 すみません、俺もあまり食えないんです。単に釣りが好きなだけで。


「店の方はどうだったかの?」


「特に何もありませんでしたね」


「まっ、そうじゃろうな。ほれ、今日の分じゃ」


 日当を渡してきたイザークの返答は、まるでいつもそうだと言わんばかりの物だった。

 それなら店を閉めてしまっても良いのでは……? 俺に給料を出してたら赤字確定としか思えないのだが。

 本当によくわからない爺さんだ。


「ところで店の中を色々見させてもらったんですが……イザークさん、リールって知ってます?」


「それはマサユキの使っていた、あの糸の出てくる道具かの?」


「そうです。全く同じ物は難しいと思うんですが、もっと簡易的な機構の物なら作れるんじゃないかと思って」


「ふむ、面白そうじゃの。金は出すから作ってみるか?」


「えっ、良いんですか!?」


「当然、わしに使い方を教えてくれるという条件はあるが」


「そりゃもちろん! やります!」


 嬉しい提案で思いっきり前のめりで返事をしてしまい、イザークが逆に気圧された様な顔をしている。


「出来が良ければ、店にも置ければいいの。金払いの良い、欲しがりそうな奴を何人か知っておるぞ」


「ですね、そのつもりでやってみます」


「この間、紹介した鍛冶屋があったろう? そこで技術的な面は相談してみるといいじゃろな」


「確か、あそこで釣り針を作って貰ってるんですよね」


「そうじゃよ。アルフレッドはなんか言うとったか?」


「細かいもんは儲けにならんって愚痴ってましたね」


「じゃろうな。まぁあやつが損はしないようにしているつもりではあるが、より仕事を依頼出来るようになるなら喜ぶじゃろ」


 この爺さん、やっぱり謎の経済力があるな。

 実は裏社会の人間だった、なんて事は……流石に無いとは思うんだが。


 とりあえず助力を得られそうなので、午後はアルフレッドの店に行ってみよう。

 その前にセドナに魚を持っていってあげて、今日の予定の変更を伝えないとだな。


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