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8話 キツケ草とギル

 新しい物を買えば、試したくなる。

 当然使いこなす為には練習が必要だが、こういうのは使う事自体が楽しいと思える内にある程度数をこなすと、練習も苦では無いものだ。


 という「ただ使いたいだけ」の言い訳を作り、今日はギルドの依頼をやってみる事にした。


 朝食後、一旦俺はイザークの所へと昨日のお礼も兼ねて顔を出した。それから帰宅後に俺とセドナはギルドへ向かい、依頼掲示板にある手頃な物を探した。

 知らない所に行くのもわくわくするが、まずは陽光の森での依頼を見てみる。


「しかしセドナ、そのメイド服は何とかならなかったのか?」


「これはわたしの仕事着にゃので!」


 掲示板を眺める俺達は、周囲からも奇異の目で見られているようだった。


 そりゃメイド連れで冒険者ギルドに居たらそうなるわなぁ。

 従者を連れているのなんて、ある程度身分が高いと自分から喧伝しているようなものだろうし。


 そこかしこから「遊びかよ」「お貴族様はこれだから」なんて声が聞こえてくる。

 おかげで絡んでくる輩も手を出し辛いようであるから、彼らにはそのまま勘違いしておいて貰うとするか。


「でも、もうちょっと動きやすい格好でも……」


「仕事着にゃんだから、動きやすい格好にゃよ?」


 なんか拘りがある様だから、これ以上は言うまい。


 ふと「あんな小さい子に鞭を打つだなんて……」という声も聞こえてきた。声の主の目線は、俺が腰に下げた武器に対して向けられている。

 んん? 何か誤解していらっしゃいますね!?


 さて、どうするか。

 俺達がやりやすい相手は、体表がそれほど硬くないようなやつだろう。昨日相手をしたトレントみたいなものは、いくらセドナの魔法があっても俺達だけでは手に余る可能性がある。


「陽光の森の討伐依頼は、やっぱりトレント系が多いな。他にあるのは下水道のスライムの間引き、近隣の村近くに出たゴブリンの捜索……この世界にもゴブリンはいるんだな」


「こっちにあるのは採集系にゃね。薬草に鉱石、魔物の素材にゃ」


 こうして見ると、知識も戦闘力もない現代人が放り込まれて何とかなるような世界じゃないな。

 物の見分けも付かないし、セドナが居なかったら自衛すら覚束ない。

 チート的な物が無いと、こんな程度なんだな……。


「とりあえずは簡単そうな薬草採集でもやってみるか」


 薬草採集は、掲示板の中でも一番低難易度な依頼だった。この更に下には先日やった街中のゴミ拾いがあるが、報酬金額としては似たりよったりなところがある。

 ゴミ拾いは大銅貨五枚だったが、薬草採集の成功報酬は大銅貨三枚。これだけだと少なく思えるが、素材の納品数で報酬が追加される。

 これを最大までこなせば、ゴミ拾いの倍以上になるらしい。


「俺はさっぱりわからないんだけど、セドナは薬草の見分けは出来るのか?」


「昔、おうちのお手伝いでやったことがあるにゃ。そんなに難しいものじゃにゃきゃ、少しはわかると思うにゃ」


「それじゃ、頼りにさせてもらおうかな」


 受付のお姉さんがいるカウンターへと、掲示板にあった依頼書を持っていく。

 今回選んだのは、キツケ草という薬草の採集だ。

 採集は一定数まではその量に応じて報酬が追加されるらしい。採り過ぎを防止する為なんだそうだ。今回の最低納品数は五株で、最大納品数は二十株となる。


 お姉さんからその特徴を教えて貰ってから納品用の袋を借り、俺達はギルドを出発した。






 陽光の森は、ラテオラの東に広がる森だ。

 東門を出るとすぐ、ラテオラ内を西から東へと流れる川が海へと流れ込んでおり、その上に架かる橋を渡る事となる。


 以前にイザークと行ったのは陽光の森でも東端の方だったようで、今回俺達が行くのは西端の方である。

 ルートとしては橋を渡ってすぐの所から、川沿いに北へ進む形になる。


 川の本流はラテオラ内を流れているのだが、ラテオラを出てすぐの所で支流と合流してから海へと流れ込む。

 支流はラテオラの横を北から南へと流れており、その上流の方でキツケ草はよく見付かるらしい。


 橋を渡ると分かれ道があったので、そこを左折。この道が支流沿いにずっと北へと走っているとの事だった。


 以上はギルドのお姉さん情報だ。滅茶苦茶親切でありがたい。

 ただ、こういう情報はあくまでも初心者向けの物だろうから、あまり過信しない方がいいような気がする。

 釣具屋にある釣り場案内みたいなもんだろうしな……。


「そういえばマサユキ様、その釣り竿はなんにゃ? マサユキ様の物とは違うにゃね?」


 セドナは俺が背負ってた竿に気付いてたようだ。


「ああ、これな。実は朝、イザークさんから頂いたんだよ。昨日手伝いをしたお礼だって。今日は丸一日かかるだろうから、どっかで魚が釣れればいいな」


「ほんとにゃ!? 早くおひるにするにゃ!」


 まだ出発したばかりで、むしろ朝飯の時間だろ……。


「とりあえず目的地に着くまでは我慢な」


 目の色が変わったセドナを宥め、左手に流れる川の様子を見ながら北へと歩き続けた。

 大規模河川とまでは行かないが、河口近くでの川幅は百メートル以上はありそうだった。しかし支流の方はぐっと狭くなり、今いる所では五十メートルあるかないかという感じだろう。

 時折、対岸に水車小屋があるのが見える。街の人が利用する物なのだろうか。






 川も道も何度か左右に蛇行しつつ、かれこれ一時間程は歩いただろうか。

 川幅も更に狭くなり、中流域という雰囲気が出て来た。


 そんな時だった。前方右手の茂みから何かがふらりと街道へ出て来たのだ。


 野犬のようなその姿は、しかしそれより一回りか二回りは大きく見える。黒い毛並みに鋭い牙、太く筋肉質な手足は犬なんて可愛いもんではなさそうだ。

 こちらに気付いたその獣は、牙を剥いて低い唸り声を出している。


「……セドナ、こいつはやり過ごせるかな」


「向こうの出方次第にゃけど、やる気にゃね……」


 右手側は陽光の森、左手側は土手になっており河原へと下っている。

 水場を求めて森から出て来た所に俺達が出会してしまったといった形だろうか。

 距離は十メートル程、動き出したら一瞬で詰められるだろう。

 後ろから、セドナの唸る声が聞こえる。

 そっと腰の鞭へと手を動かすと、その獣もゆっくりとこちらへ正対した。


「セドナ、先にやる。フォローしてくれ」


「わかったにゃ」


 獣は咆哮と共にこちらへと走り出した。同時に俺も鞭を取り出し、後ろへと振りかぶる。

 獣が飛び掛かろうとした寸前、こちらの初撃が空気を裂く音と共に前足へと当たった。

 それに怯んだ獣は足を止める。が、それは一瞬の事で、また獣は牙を剥き出しにして飛び掛かってきた。

 俺はなんとか横に飛び退いて躱すが、体勢を崩したので膝をついてしまった。

 そこに良いタイミングで、獣の横っ腹にセドナが飛び込んだ。


「炎爪!」


 炎を纏った鉤爪が獣の皮を切り裂いて、裂傷と共にその傷口は焼かれたように爛れていた。

 衝撃で転がった獣は戦闘意欲を無くしたようで、こちらを一瞥した後にヨロヨロとしながら茂みへと戻っていった。


「上手く行ったようだな……」


「マサユキ様、やったにゃ!」


 急場をなんとか凌げ、安堵する。

 倒すまで行けなかったのは少し残念だが、わざわざ深追いする必要も無いだろう。殺さずに済むなら、その方が良い。


 少しの間警戒を続けた俺達だったが、脅威が去った事を確信して戦闘態勢を解いた。


「俺達の初勝利、でいいのかな?」


「負けてないからわたしたちの勝ちなのにゃ!」


「確かに……そうだな。やったな!!」


 負けてなきゃそれは勝ち、確かにそれはそうだ。俺もそのくらいのメンタルで生きていこう。

 まだ興奮冷めやらぬ頭で、俺達はハイタッチをした。






 狼のような獣との戦闘後も歩き続けた俺達は、分かれ道にぶつかっていた。

 特に看板や目印は無いようだった。


「これ、どっちだろう」


「キツケ草は水辺の近くに生えてるらしいにゃね」


「うん、だから歩きながらも川べりとか見てたんだけどな」


 これまで特にそれらしい物は見付かっていなかったのだ。

 川幅は更に狭くなり、河原には大きめの石が目立つ様になってきていた。つまり大分上流の方まで来ている筈なのだ。

 もっと遡って行けば源流のようになってしまうだろう。


 しかし、キツケ草はそういう所には生えないらしい。

 水辺ではあるが、石ころではなく土のある所を探した方が良いと、ギルドのお姉さんは言っていた。

 依頼書は今も俺の手元にあり、それにもキツケ草の葉の形や全体像のスケッチ、また匂いが強いという情報が載っていた。


「にゃんか、向こうからちょっとだけ変な匂いがしてくるにゃ」


 セドナが指差したのは、川沿いを行くと思われる道とは反対側へ分かれた道だ。

 流石にいくらフェシル族とはいえ、犬みたいに嗅覚がある訳では無いだろう。猫だし。しかし人族よりはその能力が高い可能性もある。

 太陽は登り切って無いので、まだ時間はありそうだ。ここは彼女の感覚を信じて、川と反対方向へ行ってみる事にした。






「お、これはこれは」


 そうして少し進んだ先にあったのは、湖。というより、広さ的には池の方が正しいのかもしれないような水辺だった。

 どうも湾曲した形であるようで、水際には葦のような植物が生えている。少し開けた所から水面を覗くと、水生植物もあるようだ。

 ここへの道中でこの池と似たような形に川が曲がっていたので、ここは三日月湖なのかも知れないな。


「この辺でなんか臭うにゃ」


 自分達が居るあたりは開けているが、対岸の方は森が広がっている。多分、陽光の森だろう。

 探すならこの近辺が良さそうだ。


 二手に分かれた方が効率は良いだろうが、先程みたく攻撃的な生物が居ないとも限らない。

 セドナと相談し、あまり離れずに探してみる事にした。


 と言っても、実は既に怪しい物を見付けている。

 黒紫に光る植物がポツポツと生えているのだ。適当にそれを抜いてみると、確かにツンとする香りを放っていた。


「セドナ、これってそうかな?」


 にゃにゃっと言いながら近付いてきた彼女にその草を見せると、おもむろに顔を近付けた。


 ……目を見開いて口が開き、動きが止まっている。フレーメン反応かな、これ。

 とりあえず依頼書を見てみると、形はまさにキツケ草そのもののようだった。


「……ハッ!?」


 ようやく我に返ったセドナは、ブルブルと首を振った。


「多分合ってると思うにゃ。嗅いだことのある匂いにゃ」


「よし、結構生えてるみたいだから最大の二十株を目指して一気に摘んでしまうか」


「そうなのかにゃ? 他の草と混ざってよくわからないにゃ……」


「んじゃ俺が見つけるから、摘んで貰っていいかな」


「はいにゃ!」


 多分、黒紫に光る物は全部キツケ草だろう。手当たり次第に場所を指示すると、セドナは爪を伸ばしてサクサクと草を摘んでいく。

 こうやって見えるという事は、薬草になるようなものにはオドが含まれてるのだろう。

 ただ、人間やさっき出会った獣が黒紫に見える事はやはり通常では無いようだ。これはトレントも同様だったし、何か違う理屈があると考えた方が良さそうだな。


 そうして、あっと言う間に最大数が集まった。納品用の袋に印が浮かび上がっている。


「これで終わりにゃ? 簡単だったにゃね」


「そうだな。周りにはまだ沢山生えてるから、当分はこの依頼だけやってもいいかもな」


「それじゃお昼にするにゃ!」


 そう言ってセドナはさっさと荷物を降ろし、弁当として作ってきたサンドイッチみたいなものを食べ始めてしまった。


 うむ、まだ全然時間の余裕があるな。

 折角水辺があるんだから、ちょっと竿を出してみようかな。


 イザークに貰ったのは延べ竿で、竿と同程度の長さの糸が結ばれていた。木を丸く削って作ったウキの下にオモリが付いており、更にその下には金属製の釣り針が付いている。

 実に一般的なウキ釣り仕掛けのスタイルだ。


 とりあえずその辺の草むらにいたバッタみたいな虫を捕まえ、針につけて投入してみる。


 水面では小さな浮草が、そよそよと吹く風に揺られている。僅かな波に、投げ入れられた仕掛けの波紋が広がっていく。


 反応は思ったより早く、ウキがひょこひょこと動き始めた。まだ突付き回してるだけだろうから、暫く待ってみる。

 するとウキが静かになってしまった。上げてみると、針に付けたバッタは影も形も無くなっていた。


 再びバッタもどきを捕まえ、投入。

 先程と同様にウキがひょこひょこ動き始め、今度はスポッと水の中に吸い込まれた。

 間髪入れずに手首を返して合わせてみる。


「おっ、おおっ。なんかきた!」


 グイグイと逃げ回る感触を楽しみながら竿を上げると、体高のある平べったい魚が針にかかっていた。

 下顎が白っぽく、エラのあたりに黒い丸がある。二十センチ弱のわりには、大分引きが強かった。

 うん、こりゃブルーギルだな。


「にゃ!? おさかな釣れたにゃ?」


 こいつ、目敏いな。


「ああ。これ、見たことある?」


「にゃあ〜ん、これはレポマクにゃ! 貰っていいにゃ!? 貰うにゃ!!」


 「いいよ、どうぞ」と言うより先に、魚はセドナに奪われた。

 爪で器用にササッと鱗は取られ、腹が開かれ内臓が出るのはあっという間の事だった。

 あまりの勢いにそのまま生で齧るのかと思ったが、セドナはレポマクを石の上に置いて炎魔法で焼き始めた。淡水魚は寄生虫がいるから、それが正解だな。

 どれ、もうちょっと釣ってやるか。


 先程同様に、レポマクと呼ばれたブルーギルを何匹か釣り上げてはセドナに渡す。今回は黒紫に光る奴は居なかったから、大丈夫だろう。

 幸せそうに焼き魚を食べる彼女を見ながら、自分も昼食のサンドイッチに齧り付いた。


 うん、こっちもうまい。


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