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7話 トレントと自衛

「やったにゃ!?」


 セドナの放ったフラグワードにも関わらず、葉を無くした巨木は動きを止めたままだった。

 杖を構えていたイザークも、暫くの後にその体勢を解いた。


「どうやら倒したようじゃの」


「こいつも魔物なんですか?」


「トレントという種類じゃの。このサイズになるとエルダーと呼ばれるが、このような森の浅い所ではあまり見ない筈じゃ……」


 エルダートレントの幹は、大人が両手を回してギリギリ指がつくかどうかという太さがあった。


「どれ、ちょっと待っておれ。風の女神よ、空の刃を以て敵を斬り刻め!」


 緑に光るイザークの杖から歪んだ何かが発射され、トレントを通り抜けていく。

 同時にその枝が根本からスッパリと斬り落とされた。

 これがゲームなら、ウィンドカッターとかそんな技名が付きそうな魔法だ。


「トレントの枝は普通の樹木より柔軟性に富んでおり、強靭さもある。釣り竿にはうってつけの素材なんじゃよ」


 そう言ってイザークはバシバシと魔法で枝を払っていく。

 炎魔法で攻撃した割には燃え落ちていないのが不思議だ。枝の表面は少し焦げているが、切断面を見るに一皮剥いてしまえば何の問題も無さそうである。


「枝は良いとして、流石に幹は持ち帰れんのぅ。勿体無いが、ここで処分をしてしまうかの」


 イザークは蜘蛛の腹を素材袋のような物に入れていたが、このトレントの幹クラスのサイズになると収納は無理なようだ。

 確かに勿体無いが、持ち帰れないのであれば仕方がない。

 俺はその場でトレントだった物の幹を蹴り飛ばし、塞がれていた道を空けた。


「それでは帰って、このトレントの枝とアラベンの糸で道具を作成しようとするかの!」






 幸いな事にエルダートレントと出くわした以外のトラブルは特に無く、俺達三人は行きとは逆方向の定期便の馬車を拾い、無事にラテオラへと戻って来れた。


 イザークはこの後は店に戻り、制作の作業に入ると言う。

 時刻はもうすぐ夕方といった所。なので俺達二人はイザークと別れ、少し寄り道をしてから帰る事にした。


 寄り道の先は、武器屋だ。

 セドナ自身の持つ爪の斬れ味もなかなかだったが、それを強化出来るような武器を探したい。


 そしてそれ以上に、俺が何も出来ない役立たずであったのが辛かった。

 なんでもいいので、俺も攻撃手段を持っていたいと思ったのだ。


 ひとまず冷やかし程度に、冒険者が良く行くという武器屋を覗いてみる事にした。

 イザークと別れる前にお勧めの店を聞いたのだが、そもそも武器の相場感も分からないような有り様である。まずは自分の目で確認する必要があるだろう。






 大通りに面したその店の名は『リーサルウェポンズ』。中に入ると様々な武器が壁に掛けてあり、触って使い心地を確かめている人もいた。


「ところでセドナ、今俺達っていくら持ってるんだっけ」


「にゃ。わたしのマサユキ様から貰った小銀貨三枚は手付かずにゃよ」


「俺もなんだかんだでプラマイゼロだから、二人合わせて小銀貨五枚くらいはあるのか」


 色々な事があったが、王様から支給された分を維持出来ているのでプラマイゼロである。

 昨日からイザークに奢って貰ってばかりだったから、感謝しないとな……。


 さて、まずはどんな種類があるのかなと。

 ナイフより少し大きいくらいの物から、ロングソードやツーハンデッドソードな物。槍やハンマー、アックスと言った長柄の物。そして弓矢等の飛び道具類。

 ゲームでよく見るような物は大抵が揃っていた。


 問題は、俺達に戦闘訓練を受けた経験が無いという点だ。勿論、武術の経験も無し。

 セドナに関しては持ち前の身体能力で今日は動けていたが、この先を見据えると何かを習う事も考えた方が良いのかな。


 ふと、セドナの手を見る。

 彼女の手は人間の物より猫の物に近い。というか、手首辺りから先はそのものと言っていいくらいである。勿論、手のひらには肉球もあるのだ。

 今は薄手の靴を履いていて見えないのだが、実は足の先も同様らしい。


 であれば、人間が使うような物はどれも難しいのかも知れないな。

 あれ? でも料理を作ってくれた事があった筈だけど、どうやってたんだろう。


 しかしその肉球、ちょっと触ってみたいな……。


「セドナって剣は持てる?」


「ホウキならなんとか持てるにゃ!」


 うーむ。なんとか、か……。


 そして俺に至っては、使い慣れた長物なんて釣り竿しかない。

 当然そんなもので何かを殴るなんて事はした事が無いし、やりたくもない。


 何も使えそうな物が見付からずそそくさと店を出た俺達は、イザークから勧められた店へと向かった。




 こちらは大通りから少し路地を入った所にある小さな店だった。

 先程の店とは違って、店名の看板は出ていない。一見しただけでは何の店なのかわからないくらいだ。

 場所は間違っていない筈なので、勇気を出して入ってみるしかない。


「こんにちは。ここってイリングワース鍛治店で合ってますか?」


「あんたは誰だ? メイド連れの客がこんな所に来るなんて珍しい」


 店に立っていたのは屈強そうな男だった。鍛治という力仕事で鍛えられたのだろうか。

 ちょっと怖い……。


「俺はマサユキと言います。ここで武具を取り扱っているとイザークさんに聞いて、寄らせて頂きました」


「俺はアルフレッドという。イザーク爺さんの知り合いなのか、あの偏屈モンが珍しい事もあるもんだ」


 へー、そんな評価なのかあの爺さん。

 しかしこのぶっきらぼうな対応、この人も相当な偏屈具合なんじゃないか?


「お前さんからも言ってくれや。釣り竿だの釣り針だの、儲けにならないもんばっか作らせやがって。さっきも素材を置いていったぜ、まぁこっちの取り分もあるから構わねえけどよ」


「はは……、言っておきます」


 なるほど、流石にイザークさんと言えど道具制作までは出来ないよな。あの店にあった商品はここで作られた物という事か。


「ところで、今日はどんな用だい」


「この娘に合う武器が何かないかと思いまして。生憎、私は戦闘に疎くてですね。彼女もまだ慣れていないので、まずは何か使い易いものでもあれば、と……」


「フェシル族か。どれ、ちょっと待っててろ」


 そう言ってアルフレッドは奥に引っ込んでしまった。


 店は先程のところに比べると大分質素な造りだった。展示品の数も少ない。

 しかし種類としては、スタンダードな物から一見してどう使うのか分からない物まで、様々な物が置いてある。

 値段は……ピンキリかなぁ?


「まずはこれだな」


 戻って来たアルフレッドが手にしていたのは、爪みたいな物だった。


「フェシル族は自前の爪を武器として使えるが、あまり多用するとやっぱ痛むからな。こういった手甲に鉤爪を組み合わせたやつが、攻防一体になっていて使い易いと思うぜ。ほら、着けてみな」


 アルフレッドに勧められて、セドナは鉤爪付きの手甲を着けた。

 両手をぶんぶんと振り回して、彼女なりに使い心地を試しているようだ。


「気を付けなきゃいけないのはリーチの短さだが、これに関しては格闘がベースとなる以上はどうしようもない。そしてもうひとつ、鎧の様なものを相手にするには力不足という所だな。そう言うのを相手にするには、爪の代わりに硬質な補強材を付けて対応する事は出来る」


 なるほど、斬り付けるのではなくて純粋な打撃力を得るのか。


「ちなみにこいつは鉄製の手甲が付いているから小銀貨三枚だが、爪だけの物なら小銀貨一枚でいいぜ」


 うおっ、いきなりいい線の価格帯の物をお出ししてきた。危うく「じゃあそれで」と言いそうになってしまった。

 買うのはこれだけじゃないから、即決してはいけない。


「後、俺が使える武器も何か見繕って貰えませんか?」


「わかった。で、おめぇさんは何が出来るんだ?」


 そう返されて、言葉が詰まってしまった。


「俺は……何が出来るんでしょうねぇ?」


「俺に聞くんじゃねえよ……」


「なにせ、戦いという物は全くの未経験でして……」


 現代社会にあって、物理的な攻撃はなぁ。犯罪だし。

 格闘技を見るのは嫌いではないけれど、やった事なんて一度もない。

 それ以外のスポーツだって義務教育でやったくらい、履歴書に書けるのは……普通自動車免許かな。まぁ、これに関しては釣りという趣味にほぼ必須みたいなものではあるしな。


「くそ、参ったな。そしたらほれ、裏庭へ行くぞ。とりあえずなんでも試させてやるからよ」


「あ、ありがとうございます!」


 そうして、二人の前で俺が恥を晒すだけの公開処刑が始まったのだった。


 裏庭にはテスト用と思われる丸太の的が用意されていた。アルフレッドは目に付いた武器を片っ端から持ってきてくれたようだ。


「当てなくて良いからとりあえず振ってみろ、ほら」


 その言葉に従って、様々な武器を試してみた。




 短剣。

 しゅっ、しゅっ。


「……まぁ、無いよりはマシって感じだが。リーチが無さ過ぎて、技術の無いこいつにゃリスクが高過ぎるな」


 片手剣、両手剣。

 ぶんっ、ぶんっ。


「……短剣より長くなった事で、そのデメリットだけが目立つようになったな。速度も無くて増えたリーチも活かせてない」


 槍。

 ひゅっ、ひゅっ。


「……まぁ突っ込んでくる相手に向けるだけで一定の効果は見込めるが、避けられてやられる未来が見えるな」


 弓矢。

 びょーん。


「……そもそもが難しい武器だからな。期待はしてなかったが、物にするなら相当の練習が必要だろう」


 ウォーハンマー。

 うおっ、くそ重い!!


「……屁っ放り腰すぎて、見てるだけで腰を壊しそうだなこりゃ」


 メイス。

 ぶんっ、ぶんっ。


「……当たればそれなりに効果は見込めるが、剣と同様にまず、相手に当てられる速度が出てないな」




 はぁ……はぁ……。すっげぇ疲れるこれ……。

 そしてアルフレッドの容赦の無いコメントが心を抉ってくる……。


「どうだ、なんかしっくり来るのはあったか?」


「わ、わかんないっす……。はぁ……。セドナから見て、なにか……はぁ、よさげなのは……あった……?」


「……マサユキ様はわたしがしっかり守護るにゃ」


 ぐっ……、つらい……。

 これで勇者として召喚されたとか、とてもじゃないが恥ずかしくて言えたもんじゃないわ。


「お前さん、本当に何なら出来るんだ?」


「魚釣り、ですかね……」


 マジで、他に誇れるもんがねぇ。

 せめて召喚した時に何かしらの戦闘系スキルとか付けて欲しかった。どうやってこの世界でこの先生きて行けばいいのか、その自信すら既に無くなってしまった。


「釣りねぇ……そういやイザーク爺さんの紹介だったな、すっかり忘れてたぜ。じゃあこれはどうだ」


 ほれ、とアルフレッドが投げてよこしたのは……。


 鞭?


 丸めてあるそれを解くと、五十センチ程の持ち手と二メートル程に革を編んだ縄部が現れた。

 イメージ的にはまんま、映画で見たやつだった。考古学者のあれだ。


 とりあえず的に向けて振ってみる。


「おっ?」


 空気を裂く音と共に、的として地面に刺さっている丸太に当たる感触があった。

 釣り竿の感覚で、色々な形で振ってみる。ピッチング、サイド、オーバーヘッド。

 それは昔に少しだけ齧ったフライフィッシングのキャストと、ショートロッドでやるベイトキャスティングの感覚を合わせたような不思議な感じだった。

 それらよりはもっと手首のスナップを使う感じなので、これをベイトリールでやったら確実にバックラッシュが起きそうな気はするが。


 やっている内に思ったよりバシバシと的に当たるようになってきて、だんだん楽しくなってしまう。


「ようやく当たりに巡り会えたようだな。もう暗くて見え辛いのに、なかなかじゃないか」


 そう言えばいつの間にか日没だ、そんなに長時間のめり込んでたのか。


「鞭なんて使うのは勿論初めてなんですけど、なんかしっくり来ますね」


「これはブルウィップと呼ばれるタイプで、殺傷力だけを求めるのならもっと短くて硬い棒みたいな物の方が出る。しかし、お前さんにゃこいつが合ってそうだな。ただ、これも硬い相手には攻撃が通らないと思った方がいい。後は使い方次第だ」


 もう何度か振るってみるが、手がそのまま延長されたかのような感覚があって心地良さすら感じてしまう。

 後は使い方次第、か……。


「決めました、これにします」


「わかった、それも小銀貨一枚で譲ってやろう。フェシルの嬢ちゃんはどうするよ?」


 流石に軍資金の大半を注ぎ込んでしまうのは、今後に差し支えが出そうだ。

 欲を言ったら、手甲も付けて防御力を上げてあげたいのだけど。


「一旦は鉤爪だけにしようかと。予算の問題もありまして」


「なら、さっきの手甲より少し防御力は落ちるが、革製のやつを付けてやろう。全部で小銀貨三枚でどうだ。すぐ死なれて折角の客が減るのも嫌だしな」


「セドナはそれでいい?」


「まったく問題ないにゃ!」


「よし、決まりだな。まいど!」


 リーサルウェポンズでならもう少し安価に買えたのかも知れない。しかしここまで世話をしてくれて、おまけに知識も提供してくれたんだからこれは全然良い買い物だ。

 こういう買い物はわくわくしてしまうな。悪い癖なんだろうけど。


 俺達はアルフレッドに礼を言い、家への帰路についた。

 日は既に落ち、辺りは真っ暗になっていた。しかし、なかなか充実感のある一日だった。

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